人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

人間は生き通し。死というゴールテープの先を目指して生きましょう。矢作直樹 氏インタビュー【第1回】

 

 

生きとし生けるものすべてに平等に訪れるもの──それは誕生と死です。特に死に対して人類は恐れや拒絶を抱きながら歴史をつむいできました。時の権力者は必ずといっていいほど不死を求め、医療技術は微生物や不治の病に対抗し続けています。そんな中、矢作直樹氏は話題の著書『人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』を執筆。当時は最新の医療現場に身を置いていた矢作先生が日本人古来の霊性の感覚で生と死の本来の在り方を見つめた著書は、現代における死生観に一石を投じました。人生100年時代の今だからこそ問い直したい「人はいかに生きて、いかに死んでいくのか」を矢作先生に伺ってきました。

 

 

──2011年に矢作先生は著書『人は死なない』を執筆されました。東京大学附属病院で救急医療と集中治療、ふたつの部署の部長を勤めていらっしゃった頃ですね。現役の医師が描く本からすると異色の一冊に思えます。

 

日本人が書くものとしては、私はあの本で珍しいことは何ひとつ書いていないんですよ。古来の日本では人の死後、肉体から離れた魂が“あちらの世界”で生き続けると考えられていました。日本人の死生観は本来はそういうものでしたからね。

ところが西欧由来の科学主義信仰が日本に浸透し、社会は縦割化し、細分化したものに変わってきました。医療も例外ではありません。「右目の調子が悪い? それでは右目科を受診してください」というジョークが飛ぶような状況です。 「病人を相手にせず、病気を相手にするのが医者だ」と揶揄されてしまっています。自分が日本人であるということを忘れ、職人になってしまった結果でしょう。私たちはいかなる職業も関係なく、そもそも“日本人”であるはずなのに。

皆さんが忘れがちなことを、私は著書『人は死なない』で書いたまでです。それが異色と受け止められるとすれば、日本の在りようが変わってしまったということでしょう。

 

 

 

 

──日本人の死生観が変容したということですね。「死をどう捉えるか」が著書のテーマのひとつであるように思えます。死生観というとアメリカの精神医キューブラー=ロスが提唱した「五段階の死の受容プロセス」が世界的に有名ですが……。

 

キューブラー=ロスとはまた違いますね。キュブラー=ロスはがん宣告などで自らの死と直面したとき、死を受け入れていく過程で見られる精神状況を五段階に分けてネーミングしました。ですが彼女の説が日本人に当てはまるかどうかは検討する必要があります。

日本古来の考え方では、人間は生き通し。死生観において文化の違いは大きいです。

 

──誕生と死は表裏一体。とはいえ、“死”というものを確かな手ごたえで捉えることは難しいものです。たとえば人が亡くなる直前に、自らの死を予言しているかのような発言をしたり、闘病中にふいに死を受け入れているかのように泰然自若とした様子がみられることがあります。死に瀕しながら落ち着きある精神状態に達するのはどうしてでしょう?

 

体の衰えや疲れを感じてくると、「そろそろお迎えかな」という感じを抱くことがあるのでしょうね。自らの状態を受け入れ始めるといいますか……。

私は病院に勤めていた頃に多くの方を診てきましたが、死の直前に「死ぬのは嫌だ!」と強く抵抗する人には、あまり出会ったことがありません。

穏やかであったりあちらへ行ってきたようなことを口にする人には、「お迎え現象」が起きていたのかもしれませんね。あちらの世界から何かお迎えがやってくるお迎え現象を体験する人は少なくないんです。二十年程前にも、東北大学医学部の岡部健(医師。在宅ホスピスケアを中心とした医療機関を創立)先生がレポートで発表されていました。

私のいとこも在宅医をしていますが、死を迎える患者さんの七割ほどにお迎え現象が起こっているそうです。お迎えの向こう側を目にしたり自身のお葬式を感じることは珍しくありません。

昔に比べると、人が亡くなるという体験を得る機会が少なくなっています。昔は大家族が多く、近しい人の死を経験することは珍しくありませんでしたから、お迎え現象を目の当たりにするのが普通の時代があったんです。今は核家族が増え、人の死を近くで見ることが少なくなりました。そのためお迎え現象と言われてもピンとこないのでしょうね。このことは人の死に関する経験の差によるものであって、お迎え現象そのものの有無を左右するものではないんです。

 

 

 

 

──「人は死なない」という言葉が意味するところは、肉体が死んでも魂は残るということでしょうか。

 

魂が残るというより、魂はさまざまな次元のさまざまなところを行ったり来たりしています。私たちがいる此処(生きている人間がいる空間)に、私たちは今たまたま存在しているだけ。魂はたくさんの旅をしていて、その過程にいるということですよ。

こういったことは人間が生まれたときや3歳くらいまでは覚えているはずなんですが、大抵は忘れてしまうようですね。此処を中心にして物事を考えると、話が見えなくなってしまいます。

「死ぬのは嫌だ!」という思いが、生きるうえでの最優先になっている人が多いでしょう。苦しいマラソンを走っている気分で人生を過ごしている人もいますね。しかし私からすると、この考えは本来あるべきところから真逆にあります。「ゴールテープを切ったらすばらしいところが待っている」と考えたらどうでしょう。“あちらの世界”へ行くプロセスがわからないから不安に感じるのかもしれませんが、決して心配するようなことはあなたを待ち構えていませんよ。

 

 

 

 

──「そう言われてもやっぱり死にたくない!」と願ってしまう人間代表としてお聞きしたいのですが、“こちら”と“あちら”の世界というとどんなイメージを持てばいいのでしょう。未知の世界はやっぱり不安です……。

 

難しく考えなくていいんですよ。そうですね、あちらは遥かに自由なところだといえます。ひと言で表すなら「楽」なんです。肉体がありませんから、とっても楽。皆さん、安心して死んでいただいて大丈夫ですよ(にっこり)。

 

──たしかに、死を考えると落ち込んだり妙に焦ったり。安心とは対極の感情が巻き起こりがちですね。むしろ「死へ向かって走っていっていい!」くらいの気持ちを抱くのが、この世を生きるうえでは丁度いいのでしょうか?

 

ええ、そうです。ただしそういう見方をすると、人間はショートカットしようとしてしまうことがあります。自殺の一部がそうですね。

ですが死を意識する以上に、「あちらはもっともっといいところなんだ」という希望を持ってほしい。プロセスとしての死は、一瞬のことなんです。「そういうこともあるねぇ」くらいの気持ちで死を捉えていただいてかまいませんよ。

まずは「あちらに行けばいい思いをする」と考えてみること。さらにそこに行くまでの間、こちらで生きる自分を「お天道さまが見ているんだ」と意識してみましょう。

 

 

 

 

──魂をよい状態で保ち、やがては明るく死を迎えましょうということですね。ですが、あちらの世界を好意的に考えるのがなかなか難しい……。矢作先生はどうしてあちらのことをイメージできるんですか?

 

イメージではなく、覚えているからです。3歳くらいまでならけっこうな割合であちらのことを覚えているんですよ。誰にでも古い魂はいろいろと入っていますから。

皆さんは魂や転生と聞くと、どんなことが頭に浮かびますか? 転生とは、Aさんの魂がA’さんに移ったという風に思われますか? 実際はもう少し複雑です。詳しく話すと入り組んでしまいますが、決して特別な人だけがあちらの世界に行くわけではありません。私の親族は時代を遡っても、恬淡としているといいますか欲があまりないといいますか「足るを知る」の精神を持っている人が多かったようです。ですので、私もごく普通の家庭で育ちましたしね。

特別なことではないんですよ。戦前にはみんなが「お天道さまが見ている」などの感覚を共有していたと考えられています。全員がとは言い切れませんが、少なくとも多くの日本人の心にそういった意識があったのでしょう。

 

──私たち、なんで忘れちゃってるんでしょう。

 

精神の鍛練なんてものは必要ありません。「そこに行ってみたい」という気持ちがあって、そこからどんどん思い出す場合があります。たとえば魂について思い出す場所があって、そこを訪れると「あっ」という感覚が生じるんです。すると芋づる式に思い出すなんてことも。

 

 

 

 

──好奇心や特定の場所が刺激になるのですね。近年ブームとなった、生命のエネルギーが集まるとされるパワースポットとは違いますか?

 

その人の魂にとって大事な場所ですので、いわゆるパワースポットとは違いますね。

 

──すると宗教の聖地などとも別物でしょうか。

 

宗教とは関係なく、霊的体験と考えていいと思います。此処よりもう少し次元の高いものと、接着するんです。量子論の話になってきますし、形而上と形而下が不可分であるという観点を持たないとちょっと見えてこないかもしれません。

 

──かたちのないもの、かたちのあるものは真逆のようで、切り離されるものではないということですね。人間は見たり感じたり考えたりを、主に脳の働きによって行っています。脳は大きな能力を持っているとされますが、魂や霊的感覚も脳で知覚されるのですか?

 

脳には癖があるんです。たとえば魂の能力を100分の1に抑えてしまうような。いいえ、一万分の一かもしれません。脳は魂の能力を抑えるのです。体外離脱したことがある人だとわかります。「あぁ。意識ってこんなに遥か自由でいろいろなものを考えらえれるんだ」と。

 

 

 

 

──脳は、魂を制限してしまう側面があるんですね。自分の魂って、普段はどこに存在しているのでしょう。

 

全体です。雲をイメージすると近いでしょうか。固いものではありませんし、体の周りに層が重なっていると思ってください。

記憶は、肉体ですと脳にされます。しかし魂は比較的緩やかなんです。頭や心臓のあたりでも魂は記憶をしています。たとえば心臓移植をしたときにドナーの記憶が一緒に伝わってくる、移植前後で別人のように人格が変わる、そういうレポートが出ていますね。魂が記憶しているからです。脳を移植したわけでもないのに、魂の記憶で影響が起こります。霊的に考えれば至って普通のことですが。

 

──古来や霊的感覚では当たり前や普通とされることなのに、現代人はずいぶん離れてしまっているようですね。誕生、生、死を見つめ直すうえで、大事なことが抜け落ちてしまったような気がしてきました。それらを取り戻すにはどうすればいいんでしょう。

 

皆さん、生きるうえでのキーワードは「中今(なかいま)」にあるんですよ。

 

──な、「中今」……?

 

気になるキーワード「中今」とは一体どんなものなのでしょう。続きは次回インタビューで詳しく聞いていきましょう。次回配信をお待ちの間、自分の行動を「お天道様が見ている」と意識し、日々の行動を少しずつ変えてみてはいかがでしょう。変化を自覚すればするほど、人生が楽しくなってくるかもしれません。前へ進むことが楽しくなれば、死も怖くなくなりそうですね。それではインタビュー第二回目をお楽しみに!

 

 

写真:田形千紘     文:鈴木舞

 

 

 

 

幸せな人生を歩むヒントは「中今」。すべての瞬間を感謝とともに生き切る。矢作直樹 氏インタビュー【第2回】

日本の霊性と可能性。意識を上げて自らが変われば、世界が変わる!矢作直樹 氏インタビュー【第3回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

矢作 直樹

昭和31年横浜市に生まれる。
昭和56年金沢大学医学部卒業後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験する。
平成11年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授、同工学部精密機械工学科教授兼担。
平成13年より東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および同医学部附属病院救急部・集中治療部部長。
平成28年3月31日、任期満了退任。
平成28年4月(株)矢作直樹事務所を開業。

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