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大切なのは、ブレない生き方。一生続けられる仕事で毎日を楽しく。山口仲美氏インタビュー【第2回】

 

 

古典や国語学について多くのテレビ番組にも出演し、その魅力を伝えてきた山口仲美先生ですが、一時は仕事との向き合い方になやんだこともあったそう。刺激的なテレビ出演と研究者としての本来の自分……、その時に選んだ人生の選択肢とは?
インタビュー第2回目は研究者としてのエピソードや、文章分析学的視点から読む“源氏物語”や“川端康成”についてなど、知性くすぐるお話しが盛りだくさんです。

 

 

──『今昔物語』はサクサクと読み進められそうですね。何度も読み返したくなるような作品というと?

 

読み返して「いいな」と思うのは『源氏物語』ね。

今昔はねぇ……。新聞の三面記事を読み返したいと思う? 今昔物語は三面記事的だから、読み返したいというんじゃなくて、「へ~!こんなことあったの? そりゃ大変だ!」という驚きが魅力ね。何回も読み返すという作品とはちょっと違うと思う。でも、話数が多いから、長く楽しめる。

『源氏物語』は実に巧く出来ています。伏線がちゃんと張られてあったことを後で知ったり。事件が起きるときには、イヤ~な予感がするようにちゃんと布石されているんです。だんだんだんだん窮地に追い込まれて行って、「ついに事件が起こった!」となる。

紫式部は将棋が巧い人だと思うの。詰めていくんですよ。論理的なんです。筋立てをちゃんとこうしてこうして……と、詰めていくんですよ。『源氏物語』は将棋を指していくような作品。だから男の人の中には「将棋の指し手みたいで、源氏物語はつまんない。」と言う人もいるわ。将棋なんか指さない人間からすると「まぁ、楽しいわ!」となるわけ。

 

──対して、紫式部のライバルと称されることの多い清少納言のパーソナリティは?

 

清少納言は感性の人よ。ものごとの喩えをするときならこんな風。「あら、水晶みたいだわ。綺麗ね」。

紫式部は考えて、考えて「あの人は四月の暁頃の霞がかかった時の見事な桜をちらっと簾の間から見たような人」といったように、喩えを作り上げるのね。

ライバル心を抱いていたのは紫式部の方だけね。清少納言は彼女のことをな~んとも思っていないの。誰が何と言おうと、私は私っていうのが清少納言。人間として付き合いたいわと思うのは、清少納言ね。紫式部はちょっと陰気だし付き合いたくないかも!

物語を読んでいると、書き手のこともわかってくる。なんでもそうじゃない? 現代の作品でもそう。「これを書いている人って根性悪いわね」って思うことない?

私は「文体研究」というのをしているんです。文章から書き手の性格や作品の成立事情を探っていく。そういう研究を若いときにやっていたの。

 

 

 

 

──源氏物語は長編ですが、すべて紫式部の文体で変わらず書かれているのでしょうか?

 

それは私も調べたことがあるの。『宇治十帖』の作者が紫式部なのではないかという説があるの。(『宇治十帖』光源氏の死後の物語で、『源氏物語』の後半部のうちの十帖とされる。作者については、見解が分かれている)

比喩の仕方、文の長さ、リズム、オノマトペの使い方とかをちゃ~んと調べますと……やはり前編の『源氏物語』の文体と合っているんですね。だから私は『宇治十帖』は、前編と同じく紫式部が書いたのだという論文を執筆したことがあります。

人が書いた文章って、その特性を調べることができるんです。だけど、すごく地道な作業! アタシ、地味子ちゃんでね。センテンスの字数を数えたり、比喩を全部抜き出して何を喩にしてるか調べたり。

喩えってね、自分が知っているものでしか喩えられないの。誰でもそうよ。自分が知らないものを喩えにしますか? 宇宙に行ったことがある宇宙飛行士でなければ、宇宙のことを喩えにできないわ。知らないことって喩えにしないんです。その人が知っている範囲にあるというのが、比喩を分析すると出てくるんです。それが一致していると、同一の作者と推測されてくる。

古典じゃないけど、川端康成なんてね。ちっちゃい虫とかが大好きなの。女性の唇をヒルにたとえるのよ。『雪国』に出てくる愛する女性の唇が伸び縮みする様子をよ。吸い付くという感じでしょうね。川端康成って、比喩の分析から見ると、普通の人と違う感性をしていることが分かる。

人間はあまり好きでなかったかもしれない。彼の比喩を見てると小動物とかが多いわ。もう少し人間に興味を持ってる人だったら、「白の花模様が乳房のように見える」なんて、人間に関係のあるものを比喩に取り上げるから。川端康成の比喩には人間があまり出てこないの。

 

──筆癖から、書き手の性格や感性も見えてくる。もしかして、ゴーストライターも見抜けてしまいますか?

 

そうなのよ! フフフ。実際に見抜いちゃったこともあるの。とある知り合いの研究者が一般向けの本を書いた。その時、その人に本の感想を聞かれた。それで、「あの本読んだけど、○○さんが書いてないからダメよ!」って言ったら、すごく驚いてらした。「なんでわかったの?」なんて聞くの。「私は、文体の研究者だもん!」って言っておいた。そしたら、次にその方がその本の続編を出した。わざわざ「今度は自分で書いたんだよ! だけど前より売れなかった」と報告してくださったの。ゴーストライターが書いたほうが、文章は面白かったのかも。正直ないい方!

文体、文章にはその人の人柄が現れます。一番顕著なのは呼吸のリズムね。点をうったりする、句読点にそれが現れる。句読点は、その人の“呼吸”なんですよ。

あたしは呼吸が短いから、年がら年中、点や〇を打っちゃう。ところが呼吸の長い人ってね、くねくねくねくねくねくねくねくね~って長くてなかなか点や〇をうたない。その人の持って生まれたリズムなんですね。句読点ていうのは。

 

 

 

 

──山口先生は、テレビで古典の解説をされて人気を博していらっしゃいました。ところがあるときからテレビの仕事はセーブするようになったそうですが。

 

41歳まではテレビには全く出演していませんでした。地味子ちゃんで研究一筋。ところが、40歳を過ぎたある日、NHKの人が来て「今度こういう番組をやるんですよ」という説明をなさって、それだけで帰っていったんですね。しばらくしたら「この間お話ししたテレビ番組に是非出てください。たくさんの国語学者に会ってみましたが、山口先生にお願いしたくなりました」と言って下さったの。

「どうして、私?」と聞いたら、「山口先生は、言葉がハッキリしてるから」ですって。それで出演したのが初めて。そしたら、その後、テレビの仕事がたくさんきちゃった。

だけど、大学で教師を務めるのと両立しなくなっていっちゃったの。

そのときね、しっかり考えたわ。あたしは何になりたかったのか。

「あたしは研究者になりたかったんだ」

でもね! テレビって麻薬みたいなところがあるのよ。ちょっと有名になると嬉しくなるの。麻薬って癖になるように、みんなの前に出て有名になっていたいのね。そのときはよ~く考えた。やっぱりテレビに出るのはやめよう、あたしは研究者なんだ、と決めた。

それからは、大学の仕事や研究に差し障りがないときだけテレビに出していただくことにしたの。面白いとおもったときだけとかね。それで今まで来てる。すごく地味なのよ。

テレビはね、長い間コツコツやった研究成果もあっという間に吸い取っちゃうの、体力も。だから、体力なしのあたしは、すっごく疲れるわぁ~。

それに、あたしは、ムダなサービス精神が旺盛なのよ。だから、テレビに出ると、これ以上ないくらい視聴者にサービスしちゃうの。終わると疲れちゃう。誰ともしゃべりたくないわ~って感じ。

サービス精神が災いしちゃうんですね。サービスしなけりゃそんなに疲れないのに。大学の授業もサービスしちゃう。これ以上ないくらい熱を込めてしゃべって、研究室に戻ると、ふぅ~~~って。しばらくソファで休んでる。

 

──大学の話が出ましたが、学生って、古語とか意外に好きですよね?

 

そうそう、若者は、古語を若者言葉にも取り入れてる。学生がね、「さっきの授業、おほとのごもってた」とか言うの。つまり「さっきの授業、寝てた」という意味。「おほとのごもる」なんていう古語を使って、キャッキャッ言ってる。

授業中に学生がしゃべってるとするじゃない? そんなときは、見てると、しゃべっている学生に向かって、学生が口に人差し指を宛てて、「あなかま!」なんて言ってる。清少納言も枕草子で使っている「あなかま」。「あな、かまし」の略で、「ああ、うるさい」ってこと。

学生は、新しい言葉もどんどん作るけど、古語も取り入れて若者言葉を楽しんでるのよ。

 

 

 

 

──テレビや映画など古典に触れる機会は身の回りに多くありますが、研究者として、やはり“実際の文を読んでほしい”と思いますか?

 

ううん! あたしは「古典ってこんなに面白い」って思ってもらえたら○(両腕で大きなマルを作りながら)! 読んでほしいなんてその次のこと。「あれ、古典ってもしかしたら面白いかも~」って思ってもらえたら、まんぞ~く!

 

──古典って面白い! と思わされたのが、山口先生の著書『日本語の古典』(山口仲美著、岩波新書、2011年発行)でした。超名作を取り上げつつ、比喩や登場人物の言葉遣いの丁寧な解説もありで、古典の入門編として最高ですね。

 

古典の入口なんだけど、内容のレベルは高いんだよ~。この本は新しいこと満載なんです。あたしの研究成果をいっぱい盛り込んでいる。

入試にもよく出ますね。私の本って大学入試の問題としてよく出題されているんです。一番出るのが『日本語の歴史(山口仲美著、岩波新書、2006年発行)』、それから『日本語の古典』。それから『犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い』(山口仲美著、光文社新書、2002年発行)。

 

 

心の葛藤を乗り越えて、古典の世界をひも解いてきた研究者人生。迷いながらも突き進むエネルギッシュな人柄が眩しいことこの上ない。そんな山口先生は2009年、がんを宣告されてしまいます。次回のインタビューでは、闘病生活において古典がどのような影響を与えたかなどについてお話を伺います。

 

 

写真:田形千紘   文:鈴木舞

 

 

 

 

笑いあり、色気あり。古典は、生命力に富んだ物語の宝庫だった!山口仲美氏インタビュー【第1回】

「命があれば、何でもできる。古典はいつも、人生を輝かせてくれる」山口仲美氏インタビュー【第3回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

山口 仲美

1943年、静岡県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。
東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻修士課程修了。
文学博士。共立女子短期大学助教授、明海大学教授、実践女子大学教授、埼玉大学教授、明治大学教授を歴任。
2014年退任。現在、埼玉大学名誉教授。
古典の文体、日本語の歴史、擬音語・擬態語の研究者として知られる。
1987年に第12回金田一京介博士記念賞、2007年に第55回日本エッセ
イストクラブ賞など受賞。
2008年日本語学研究で紫綬褒章。

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