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山口仲美氏「命があれば、何でもできる。古典はいつも、そのことを思い出させてくれる」第3回

 

古典文学研究の第一人者、山口仲美先生のインタビューの第3回目は、先生の生き方に迫りました。著作「大学教授がガンになってわかったこと」で書かれた、闘病生活を通じて、古典文学が我々現代人に与えてくれる“生きる力”についてお話を伺いました。

 

――古典の研究のお話しをされているとき、とても生き生きとしていらっしゃいますね。現在も執筆活動をされているということですが、そのエネルギーの源は?

 

老い先短いもんだから!アハハハハ!

特に膵臓がんやってから「あと何年生きられるかな」という感じだったので、あれから今で4年半生きているんですよ。

膵臓がんってね、大体、100人のうち4人しか五年後生存率がないんです。すごく難治ガン。手術をした当初は、東京オリンピックの頃はもうこの世にいないだろうなって思ってたんです。

それでも、一年たち…..二年たち……。「あ、生きるかもしれない」と思っていたところに、著作集をまとめるっていう仕事が来て「死ぬ前にやっちゃいます!」と。

あとね、頭が働くのは80歳までだと思ってる。自分でわかるの。自分で分かるうちはまだいいのよ。ボケちゃってから「なんでもできますよ」なんて言うようになったらダメ。やっぱり頭ってリミットがある。

お医者さんも「あともう少しで5年になるからね、頑張れよ」って。5年経つとね、生存率がぐっと増すんですよ。だから5年は頑張れよと。でもね、5年経ったから安心というわけじゃあないんだけど、死亡するリスクは確実に減る。

そうそう。あたし、コーヒーは一日いっぱいまでって決めているの。ほんとは大好きだからもっとたくさん飲みたい。でも、飲みすぎるのはよくないと自制してるの。そして、今は、ブラックで飲んでる。ブラックは弱アルカリ性なんです。お砂糖を入れた途端に酸性になるの。いろんなこと気を付けて、体と相談しながらやってる。

 

 

――先生の著作の『大学教授がガンになってわかったこと』でも病気について語られていますね。中身はかなり赤裸々に闘病生活のことを書かれています。(『大学教授がガンになってわかったこと』山口仲美著、幻冬舎、2014年発行)

 

そのタイトル、あたし恥ずかしくってしょうがないのよ。あたしのこと“大学教授”だなんていうの~?って。自分ではつけないよね、こういうタイトル(笑)。

これからガンになっちゃうかもしれない人たちの役に立つといいなぁと思って、書きました。

「この本を読んで助かった!」という人が何人もいたの。自分は血便が出て痔だと思ったけど、私の本を読んで心配になって医者に行ったら大腸がんだったとか。同じような人が何人かいたわ。

膵臓がんが見つかりました、という人もいたわ。膵臓がんって何の兆候もなく進行してますから気づきにくいの。一番うしろにある臓器でしょ、だからわかんないんですよね。私が手術する時もお医者さんが「たぶん膵臓がんだと思うけど、もしかしたら副腎かもしれない。開けてみて、がんの場所をとりますから」って感じで、膵臓がんは、なかなか特定しにくい場所でもあるのよ。

坂東三津五郎さん(歌舞伎役者、俳優。2015年に膵臓がんのため死去。享年59歳)と全く同じ部位の膵臓がんだったの。だから三津五郎さんが亡くなったとき、「あたしも死ぬのかな」ってすごくショックでした。三津五郎さんは、手術のとき脾臓も取ったのかもしれない。

あたしの手術担当の先生は術後、「脾臓を取ると、ある種の肺炎にかかりやすくなるから、脾臓は取らないでおいておいたからね」と仰った。三津五郎さんは肺炎になっちゃったでしょ。大好きな役者さんだったので、三津五郎さんには生きていてほしかった。ふ~! 病気の話は湿っぽくなっちゃうわねぇ。

 

 

――ですが、著書によれば闘病中も『今昔物語』に描かれた人々から元気をもらっていたようですね。山口先生は今昔にパワーをもらい、そしてまた誰かにパワーを与えていらっしゃる。

 

この本の内容はね、“明るい闘病”!

『今昔物語集』から学べることといえば“たくましく生きるとはどういうことか”!

たとえばこんな話。岐阜県の長良川のほとりでは大水が出やすいの。だから、あそこらへんの人たちは屋根をすごく頑丈に作っていて、大水が出たときは屋根だけが切り離されてそれに乗って助かることを考えていた。ある時大水が出た。屋根だけぷかぷか浮いて、そこで煮炊きをして避難生活をしている人たちがいた。

だけど、屋根に煮炊きしている火が燃え移っちゃって、火災になった。そこにいた人たちはあっという間に焼け死んだ。そのなかに、たった一人、水に飛び込んだ少年がいた。それを目撃していた周りの人は「あ~あ。かわいそうに。どうせ溺れ死んじゃうよ」と思っていた。

少年は必死になって、溺れそうになりながらも、手に触った木の枝をつかんで離さなかった。二、三日たって大水が引いた。すると、少年は崖から谷底に向かって突き出している高い木の天辺の枝にいた。その木の枝をつかんでいたのね。ちょっとでも動くとゆらゆらしちゃう。崖の下に住んでいる人たちは、「あそこに子供がいる!」と見つけたものの、助けられない。崖の下まで、ものすごく距離がありますからね。

そんな状況で少年はこう叫ぶの。「このままここにいたら、ぼく死んじゃうよ~。大きな網を広げて!どうせ死ぬならぼく、飛び降りてみる!」村人たちはなるほどと思って大きな網を何重にも重ねて広げた。少年は、観音様を念じてその網めがけてとびおりた。ふりふりふりふりふり~と、少年は宙を舞いながら、飛び降りた。うまく網の上に落ちて、少年は九死に一生を得たのよ。飛び降りた直後は気絶してるんだけどね。もちろん、息を吹き返したわ。(『今昔物語集』‐巻26の3「美濃の国、因幡河(長良川)の洪水で人が流された話」より

“どうせ死ぬならやってみる!”この根性。あたし何時も、気分が滅入ったときに読むの。そうするとね、「どうせ死ぬんならやってみよう、やろうじゃない!」と力が湧いてくる。

古典は現代人を勇気づけてくれたり、コミュニケーション上手になるにはどうしたらいいか、男に好かれるにはどうしたらいいか、そういうことを教えてくれたりするんですよ。そうそう、私のお友達の男性が入院していたことがあったの。お見舞いに行ったら今昔物語集を読んでいて、「超面白いね!これ!」と言っていたわ。

古典のエネルギーがあたしを通して感じられるって? うん!楽しいもん! それも、高校生のときの博多人形先生から始まったんだよね(笑)。

 

 

――古典に元気づけられながら、がんと闘ってきたこの数年。最近は著作集の執筆がライフワークの中心になっているそう。ところが、思わぬ伏兵に筆の進みが思うようにはいかないのだとか。

 

著作集をまとめるまであと三年はかかります。すると78歳。だからもうギリギリ。若いころに書いた論文を今、直したくなってるけど、時間がどんどん経っちゃう。

もっとやんなっちゃうのはね、孫の面倒(いやと言いつつ、満面の笑顔の山口先生)! もうじき5歳と1歳4ヶ月の二人の孫娘のお世話。

このばぁばったらね、サービス精神旺盛だからさ。タッタラッタラッタラ~♪なんて踊ってみせるから、孫娘が大喜びよ。特に上の孫娘が「ばぁば、大好き!」なんて言ってくれるから、ますますサービスしちゃう。孫が帰ったあとはもうダメ! くたくた~。これが一週間に二回。

自分としては仕事のほうがしたいんだけど、まぁね。子供って伸びていく真っ盛りだから、面白おかしく教えているの。すぐだましちゃうの。「ばぁば、いくつ?」って聞くから、「ばぁばは、二百歳だよ!」最初のうちは「ふ~ん」って聞いてたけど、最近は「ばぁばホントはいくつなの?」って聞くのよ。

即興でいろんな作り話をするんだけど、それが結構受けるの。昨日も「ばぁば、あの冷蔵庫の話とか壁の話とかして~」って言うの。でもさ、その場でいい加減に作ってるから、「どんな話だっけ? ごめん、ばぁば、忘れたよ」。

なんかかんかとうまいこと言って、文字も読ませちゃう。「ばぁばは、赤ずきんちゃんのおばあさんよ。病気なの。ばあばにご本を読んでちょうだい」とか言って。すると、本を読む。孫は本なんて大っ嫌いなんだけど、ふふふ。普段はでっかい声なのに、本を読むときは小っちゃい声。チョー面白いの。だけど孫のお世話が一等たいへん! 逃れたいなっていう気が、白状すると、時々、します(笑)。なにせ、疲れる、二百歳だもん!

 

 

――逆立ちをするとおっしゃっていましたが(撮影時、「逆立ちする?」と茶目っ気たっぷりに提案してくださった)、逆立ち健康法でしょうか?

 

しない、しない! するのは、逆立ち気分のときだけ。ジョギングは毎日してる。だって「死にたくない」って思ってるから。必死だよ!あたしは今昔の世界の人間だもの。

今昔の登場人物たちを大好きな理由は、「命より大事なものはない」って考え方を持っているところ。

ほら、男の人って名誉を重んじて、出世競争に夢中で自分の健康も考えないで無理に無理を重ねている人がいるじゃない。そういう人に「地位と命、どっちを取るの?」って聞いてみたい。……命よね。でもそれを忘れている人がいるんじゃないかしら。

あたしは何よりも命が大事だと思ってる。命があれば、なんにもいらないって感じかな。

 

――生きてやる、生きてこその“人間臭さ”が『今昔』の根底に流れているのでしょうか。そう考えると、時代背景の割にあまり仏教思想に漬かってないですね。

 

そうね。今昔の作者の文体を比喩から分析していくと、作者は、あまり深く仏教を理解している人ではない。現実主義者。作者はお坊さんと考えられているんだけど、お坊さんとしてはダメな人だと思う。人間的なことに興味がある人よね。

だってさ、徒然草の兼好法師だって女の人に興味アリアリじゃない。あたし、そういう人大好きよ。

今昔は性に対して大らかでしょう。あたしそこが大好き! あたしも性に対してめちゃくちゃおおらかなの。アハハッ!

よく男の人に言われたのよ。「君はしゃべらないとものすごく魅力的だけど、しゃべった途端にもうダメだよ」って。あたし下ネタも平気だし、大好きだからどんどんしゃべるわけ。お酒が入っても入らなくても。

でもね、中国に行ったときすごく顰蹙を買ったの。『今昔物語集』の授業をしていたら、「先生、こんないやらしいものを読ませないでください」って。彼らの文化では、建前上、性の話はタブーなんだ。

でも、隠してる分だけそのほうがいやらしかったりするのよ。性というのは隠さない方がおおらかで面白い。古事記なんて、もうすごいじゃない。

 

 

――今昔の世界と比べると、現代は性に関してデリケートなところがあるようにも感じられます。

 

今、セクハラとかよく言いますよね。どういう風にいったらいいかわかんないけど。たしかに今の時代はそうね。

江戸時代の『東海道中膝栗毛』(『東海道中膝栗毛』江戸時代後期に十返舎一九が書いた滑稽本)なんて、女の尻を触りまくっているわけよ。女の人も「まぁ、いやでござんすわ」って適当にいなしている。そういう文化だった時代もあるわけ。

現代は触ったら訴えられるという“ギクシャクムード”じゃないですか。男の人はいつ訴えられるだろうって思うでしょう。

あたしも触られるのいやぁよ。いやなんだけど、……決定的なことをされていなければ、許すね。

過去を思い出してみると、時代が違っていたせいもあるけど、お酒に酔って触ってくる人もいたし、キスしてくる人もいた。すごくいやなのよ。でも、我慢の時代だったせいもあるかもしれない、あたしは、その後、何にもなかったように振る舞った。そうすると相手の男性も、「あれは悪かったな」とか、「悪いことしちゃったのかもしれない」と思ってくれている感じがする。その証拠に、二度とそういうことを仕掛けないから。決定的でないなら、「許す」という精神構造もある意味必要なのかな。それで、おさまる時もある気がするの。もちろん、セクハラはいいことではないわよ。相手が嫌がっているんだから。

そうそう、セクハラされた時、今昔物語集の登場人物が持つ正直さで対応するのも、一つの手かも。対等の相手であれば、「あたしさぁ、そういうの嫌いなのよね!ごめんね、だから、やめてネ!」とその時の自分の気持ちを言ってあげる。今昔物語集ってそういう世界。

たとえばね、こういう話がある。妻は夫が浮気した。すると、自分が妻だとばれないように、綺麗に化けて、夫を浮気の現行犯で逮捕するという話。でも、妻はそのあと夫を許してあげるの。そうしたあっけらかんとした明るさも必要な気がするの。(『今昔物語集』‐巻28の1「近衛に舎人ども稲荷に詣で、重方、女に値ふこと」より)

そういう明るさって、やっぱり、一番大切なのは、命だよと思っている精神構造から生まれてると思うのよ。そういうエネルギッシュさ。他人に見られているときに、妻が夫をパチーンとひっぱたいてもいい。それで後はからりと許す。そういうたくましい女! 魅力的と思わない?

 

――女性は今昔から“たくましさ”を学ぶ一方、男性に見習ってほしいことというと?

 

男には、知恵者であってほしいな。

今昔にこんな話があるわ。清少納言の最初の夫の話よ。橘則光(たちばなのりみつ)っていうんだけどね、彼が夜道を歩いていたら、何とも言えない恐怖感に襲われた。気づくと、後ろから刀を抜いた賊が自分に切りかかってきている。則光は、とっさに、その場にしゃがみこんだ。そしたら襲いかかってきた賊は、彼につまづいて、前のめりに転んじゃった。そこを、後ろから切りかかってやっつけた。

ひたすら逃げるとか、力でどうにかするんじゃない。命の危ない状況で、しゃがむなんて発想、すごくない? この知恵が素晴らしいと思う。

そういう知恵がある男が今昔にはたくさん出てくる。これは頼もしくてしょうがないよね。殺されそうになったときに出る、とっさの判断!

男と言ってもただ強いんじゃなくて、知恵があって、どうやって生きていけるか。いわゆる知識じゃないの。生きるうえでの知恵がある男。

現代の男も生きるための知恵、“生きる賢さ”を持っていてほしい。こういう男が最高! そういう男、いいよね。そんなことがいっぱい出てくる今昔物語集をぜひ読んでください。

 

 

――エッチであったり間抜けであったり、決してカッコいいわけではない『今昔』の世界の人間たちですが、読み終わったときに明るい気分になれるのは彼ら彼女らのおかげなのでしょうね。

 

“生きることが一番大事”だという、固い信念から生まれてくるユーモアじゃないかしら。なんだって許せるよ、なんだっていいよ、死ななけりゃいいんだから。何にもこだわらなければ人生が楽しい。いろんなことにこだわりだすと辛くなるじゃないですか。

そこが要(かなめ)になるんだと思う。だからあたしは『今昔』を現代人におススメしたい。だって生きる力になるから。一番大事なことじゃない? 人間だもんね。

 

 

インタビューの間、終始チャーミングに古典を語る山口先生。「山口先生は今昔の世界からタイムスリップしてきたのだろうか」と思うほど、エネルギッシュでいらっしゃいました。古典の世界の人たちもきっと、山口先生のように明るく賢くたくましく、生きる知恵をもって日々を楽しんでいたのでしょう。

現代に生きる私たちが、古典文学から学ぶこと、そしてこれからの社会に息づかせていくものがわかったような気がします。

あっという間のインタビューでした。山口先生、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

山口仲美氏「命があれば、何でもできる。古典はいつも、そのことを思い出させてくれる」第1回

山口仲美氏「命があれば、何でもできる。古典はいつも、そのことを思い出させてくれる」第2回

 

 

写真:田形千紘   文:鈴木舞

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

山口 仲美

1943年、静岡県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。
東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻修士課程修了。
文学博士。共立女子短期大学助教授、明海大学教授、実践女子大学教授、埼玉大学教授、明治大学教授を歴任。
2014年退任。現在、埼玉大学名誉教授。
古典の文体、日本語の歴史、擬音語・擬態語の研究者として知られる。
1987年に第12回金田一京介博士記念賞、2007年に第55回日本エッセ
イストクラブ賞など受賞。
2008年日本語学研究で紫綬褒章。

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