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「大人が出会うべき音楽。それは古典の中にある」菊地成孔氏インタビュー【第2回】〜ラバー・ソウル〜

 

 

大編成のジャズ・インストゥルメンタル・バンドDC/PRGのリーダーであり、最近は小田朋美(CRCK/LCKS)とポップ・ユニットSPANK HAPPYのシンガー/コンポーザーとしても活動する菊地成孔。前回のインタビューでは、執筆業やメディア出演などもこなす彼の多忙なライフスタイルについて聞いた。今回は、いよいよメインテーマである「大人が聴くべきアルバム3選」へ。彼がまず選んだのは、ビートルズの『ラバー・ソウル』。菊池はビートルズをどう聴くのだろうか?

 

 

──では、ここからは菊地さんに「大人が聴くべきアルバム3選」という事で、オススメを選んでいただきたいのですが。

 

これは音楽によらず映画でも書物でも何でも、とにかく古典にあたった方がいいと思います。ヒップホップでは、名盤が出ると、「クラシックス」というけど、そっちじゃなくて、一般的な意味での「古典」。例えばシェイクスピアを読むとか、映画ならチャップリンを見直す、音楽ならバッハをちゃんと聴くとか。若い頃は出来ないと思うんですよ、新作を追っかけるのに忙しくて。今はデジタルアーカイブとコンテンツの時代だから、気軽にそれらの作品にアクセスできる。

 

 

 

 

──廉価版も多いですし、お金のかかる趣味ではなさそうですね。

 

大人のやることって大抵決まっていて。まずはノスタルジーね。青春期のものにしがみつくんですよ。アース・ウィンド・アンド・ファイアーを聞きながら、若い頃の思い出に浸るとか(笑)。あるいは、アイドルにハマる。今で言うところの「推しメン」が出来ちゃって、ちょっと追いかけるとかね。でも、ガチ勢の若者には敵わないから、テレビや雑誌に出てきた時にちょっとうっとりして、「音でも聴いてみるかな」みたいな。

 

 

 

 

──うーむ、わかります(笑)。

 

あるいは、血迷って地下アイドルまで行っちゃって沼るとか(笑)。どちらも思う存分やったら良いと思う。僕にだってノスタルジーはあるし、聴けば思い出に浸ってセンチメンタルな気分になる曲だってありますよ。でも、今からオススメするのは、おそらくこれって「カルチャースクール」なんかが担っちゃっているんだろうけど、最初に言ったように「古典にあたる」ということ。しかもノスタルジーではなく本気で。だって、「『リア王』ってどんな話?」って聞かれても答えられないじゃないですか。『三四郎』とか『羅生門』とか、あらすじも言えない古典は結構いっぱいあると思うんですよ。

 

──古典といっても膨大にありますから、どこから手をつけていいか分からなくなりそうです。

 

「シェイクスピアを全作読破しよう」とか思うとまたハードルが上がっちゃうので、何でもいいから読んでみる。最初は自分の体になかなか入らないかも知れない。140文字のTwitterや、改行だらけのブログみたいに読みやすくはないからね(笑)。音楽だって、昔のものは録音状態が悪かったりするから、ヒスノイズなんかが気になっちゃって、なかなか曲そのものまで意識が辿り着かないかもしれない。それを考えると、今の音楽って聴感上の気持ち良さを追求した、インスタントな快楽ともいえるんだけど。

とにかく、昔の音源を聴いてみる。ベートーヴェンでもバッハでも、ジャズでもブルースでも何でもいいけど。現代音楽の古典なども、今聞いたらすごく面白いです。シェーンベルグからジョン・ケージまで。

 

 

 

 

──あるジャンルの、一番古いものにあたってみると。

 

そう。そのうち自分の好きな音楽に繋がる遺伝子を見つけるかも知れない。古典自体にはすごい力があるし、消費されないんです。よく若い子たち……僕からしたら、このサイトの読者層(30〜40代)でも充分子供だと思うんだけど、彼らはちょっと前に、盛んに「オワコン」って言葉を使ってたじゃないですか。でも、例えば曲を1度聴いただけでは全ての音を把握できないですよね? 小説を1冊読んでも、全部の文字を暗記しているわけでもない。映画なんて、短編ですら全ての情報を一度には吸収しきれない。つまりオワコンというのは幻想で、消費し尽くしたと思った作品でも見方を変えれば、全然違うものが浮かび上がってくるし、いくらでも楽しめる。人間の情報収集能力というのは、思っている以上に微弱なんです。もっとシンプルに言えば、洋楽を聴く人のうち、詞の意味を完全にわかって聞いている人なんて、わずが数パーセントでしょ。オワコンなんて滅多にないですよ。

 

──確かにそうですね。

 

大体、洋楽の場合は歌詞も分からないで聞いていて、それで「飽きた」とか「オワコン」とか言っちゃうわけでしょう?(笑) 全然、まだまだ味わい尽くしてない。例えばビートルズの詩集を買ってきて、それを読みながら聴き直しただけでもメチャメチャ発見があると思うんですよ。コンテンツは必ず蘇生する可能性を持っているんです。まあ、リミックスとかDJカルチャーはそのことを我々に知らしめたわけだけど。

って、話が逸れちゃいましたね。そうだな、アルバム3つに絞るというならジャズ、クラシック、それからポップスの古典からそれぞれ選んでみますか。

 

 

 

 

──ポップスの古典というと?

 

ザ・ビートルズですね。あえて『ラバー・ソウル』辺りを聴き込んでみる。あのアルバムなんて、今聴いても可能性に満ちていますよね。ほとんど消費されてないんじゃないかな。メロディを暗記して聴いた気になっているだけで。ちゃんと向き合えば、「天才が作った古典というのは、本当に意味があるんだな」と思うはずです。

 

──菊地さんはビートルズをどう捉えているんですか?

 

歴史的に見れば、アメリカでロックンロールが行き詰まった時に出てきた音楽ですよね。ロックンロールは、白人が黒人から搾取した音楽。ブルース形式というのを黒人が作り、それを白人が自分たちのカントリーなどと混ぜて、分かり易くパッケージングしたのが、ロックンロールの原点と言われるコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」です。その後エルヴィス・プレスリーまで進化し、プレスリーも最初は「腰の動きが卑猥だから腰から下をテレビに映しちゃいけない」とか(笑)、ある種エログロのゲテモノ扱いされつつも、いつしか安定した商品になる。最初のパワーがなくなってしまうわけですね。

 

 

 

 

──それと入れ替わるように「ブリティッシュインベンション」が起こり、ビートルズとローリング・ストーンズが世界を席巻しました。

 

ストーンズってアートスクールの優等生だったり、出自は良いので、逆に不良ぶる下降思考、無教養主義の能動的な使用があったんで、音楽が良い意味でラフですよね。一方ビートルズには、クラシックの教養が入っているんですよ。ストーンズと違って育ちの悪い子たちばかりなんですけど(笑)、ポール・マッカートニーという人の頭の中には、モーツァルトやバッハ、ベートーヴェンが入っているんです。じゃないとミッシェルイエスタデイなんて曲は書けない。アンジー(ストーンズのバラード)みたいな曲は、クラシックを通ってなくても書けるわけです(笑)。レッド・ツェッペリンの天国への階段とかね。曲の優劣とは関係なく、作曲のボキャブラリー、という意味ですが。

 

──「ビートルズは優等生が、ストーンズは不良が聴く音楽」なんて言われて久しいですけど、やっている本人たちは正反対だったんですね。ビートルズにクラシックの素養があったからこそ、他とは一線を画していたというのはとても興味深いです。

 

ビートルズというのは、つまりロックンロールとクラシックのキメラなんです。でも彼らがデビューした時には、誰もそのこと気づかなかった。衝撃的すぎて、それどころじゃなかったんでしょうね。今分析すると。ビートルズはほぼほぼクラシックの要素が入っていて、それとロックンロールが融合した稀有で素晴らしい音楽だということが分かる。

さらに中期になると、彼らはLSDやマリファナを服用し、サイケデリックな要素が入ってくるわ、無調みたいな迷宮的な「アイアムザウォルラス」みたいな画期的な曲が出てきたり、どんどん進化していく。それはさておき、初期から中期のビートルズはクラシックの教養と、ロックンロールの衝動をうまく融合した数少ないバンドなんです。

 

 

 

 

──当時、ビートルズと人気を二分していたモータウンはどうでしょう。

 

モータウンは、クラシックの要素はあまりない。有名なホーランド=ドジャー=ホーランドは、ジャズとブラックミュージックをうまく結びつけ、それをポップスに落とし込んでいった。つまり、ジャズの躍動感をポップスに結びつけたのが画期的だったんですよね。ビートルズには、あまりジャズの要素はない。あったとしても、「ハニー・パイ」や「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」にしても、ちょっとカリカチュアライズしたジャズなんです。ガチのジャズは実はほとんどない。

 

──「ユー・ノウ・マイ・ネーム」もそうですね。ポールは、それこそ中期にジェームス・ジェマーソンのプレイと音色に衝撃を受けたようです。

 

ポールのベースの特異性は、クラシックにおける対位法をベースラインに取り込んだことですね。ロックンロールというのはほぼ決まったリフを繰り返すだけなのですが、ポールのベースラインは、旋律に対して対位法でアプローチしている。そこにもバッハの素養が入っているわけで、それって当時の他のロックバンドにはなかった特徴なんですよ。

 

 

大人になってから古典に当たることの素晴らしさと、一つのアルバムに対して様々な角度からアプローチすることの楽しさを教えてくれた菊池。初期のビートルズは「ロックンロールとクラシックのキメラ」と分析し、ストーンズやモータウンとの違いについての考察は大変興味深いものがあった。

さて、次回は「大人が聴くべきアルバム3選」のうち、残りの2枚を紹介する。ジャズの古典、クラシックの古典はそれぞれ何が選ばれたのだろうか?

 

 

写真:杉江拓哉( TRON)   取材・文:黒田隆憲

 

 

 

 

「大人が出会うべき音楽。それは古典の中にある」菊地成孔氏インタビュー【第1回】

「大人が出会うべき音楽。それは古典の中にある」菊地成孔氏インタビュー【第3回】〜The Beatlesそしてバッハ〜

「大人が出会うべき音楽。それは古典の中にある」菊地成孔氏インタビュー【第4回】〜JAZZ〜

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

菊池 成孔

東京ジャズシーンのミュージシャン(サキソフォン/ヴォーカル/ピアノ/キーボード/CD-J)として活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、極度にジャンル越境的な活動を展開、演奏と著述はもとより、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、コラムニスト、コメンテーター、選曲家、クラブDJ、映画やテレビドラマの音楽監督、対談家、批評家(主な対象は音楽、映画、服飾、食文化、格闘技)、ファッションブランドとのコラボレーター、ジャーナリスト、作詞家、アレンジャー、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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