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「大人が出会うべき音楽。それは古典の中にある」菊地成孔氏インタビュー【第4回】〜JAZZ〜

 

 

大編成のジャズ・インストゥルメンタル・バンドDC/PRGのリーダーであり、最近は小田朋美(CRCK/LCKS)とポップ・ユニットSPANK HAPPYのシンガー/コンポーザーとしても活動する菊地成孔。MOCでは「大人が聴くべきアルバム3選」として、菊地にポップス、クラシック、ジャズの「古典」を1枚ずつセレクトしてもらった。前回は、クラシックの古典としてグレン・グールが弾くバッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻と第2巻を挙げた菊地。今回はいよいよジャズの巨匠マイルス・デイヴィスについて、改めて訊く。ジャズを知り尽くした彼は、マイルスをどう聴くのだろうか。

 

 

──では最後に、ジャズの古典を挙げていただきたいのですが。

 

やはりここは、マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』を挙げておきます。さっき僕は「オワコンなんて滅多にない」と言いました。どんなコンテンツからも栄養は吸収できるんですが、「株価」というのは確実に存在しているんです。まあ僕自身は株なんてやったことないし、デイトレードとかなんとか、システムすら分かっていない最も苦手な分野なんですが(笑)、世の中には株価というものが存在し、例えば「なんか今、マイルスっていいよね、きてる」みたいな言い方するじゃないですか(笑)。一時期マイルスの株価はそうやって上昇し、今は最安値を更新している状態。

 

──(笑)。

 

今、「マイルスに憧れてる」とか「目指してる」なんていったら最もダサい人扱いされますが、でもきっとまた時代が循環すると思っていて。というのも、マイルスっていうのは20世紀の音楽を一通り網羅した人なんですよ。ビーバップからヒップホップまで辿りついた唯一無二の存在だから、いつどのタイミングで再評価されても不思議じゃないんです。もう一つ、彼が面白いのはその人間性で、自伝を読むととにかく面白い。音楽と個人のバイオグラフィが、ここまで密接に絡み合った人はいないんじゃないかな(笑)。「ああ、この時期はプライベートでこんなことがあったから、今彼の音楽はこんななんだな」というのが分かりすぎるんですよ。「この時期、ベティ・メイプリーと結婚したからアフロヘアになって電化したのか」とか(笑)。

とにかくマイルスは、それまでのジャズ・ミュージシャンのひな形にあてはまらない。「天才的な一芸を持った黒人が、差別や貧困と戦いながらブラックコミュニティの中から成り上がった人」みたいな、泣かせるストーリーとは全く違うところから出てきた人だから。まず金持ちだし、差別なんてほとんど受けてないし、白人の音楽をバンバン取り入れている。

 

 

 

 

──そうですね(笑)。

 

それで白人マーケットをも賑わせたわけですからね。金持ちの黒人が、ジャズの「クール」をカリカチュアして広めたのが『Kind Of Blue』(1959年)というアルバムだから。悪くいう人は悪くいうけど、でもポップスターにまでなろうとした、プリンスやマイケル・ジャクソンとまで張り合おうとした、唯一無二のジャズ・ミュージシャンですからね。

 

──菊地さんが、マイルスの膨大な作品の中でも敢えて『Kind of Blue』を推す理由はなんでしょう。2018年の今、『Kind Of Blue』を聴き直すとしたらどんなところに注目すべきですか?

 

まず、混沌としている音楽というのは一番拒絶されやすい。整理されている情報の方が、自分の体に合わなくても一応入ってくるんですよね。マイルスはもちろん『Pangea』も最高ですし、ドープでイルな『Get Up With It』は凄まじいアルバムです。でも、エレクトリック・マイルス辺りを古典に括って「今聴け」というのはさすがに無理があるんじゃないかな(笑)。逆に、あの辺りのアルバムは混沌とし過ぎているので「あ、いいね」と感覚で聴かれて終わってしまうかもしれない。

その点『Kind Of Blue』は音が整理されているし、あまりに売れていることから、デジタルリマスタリングが後を絶たないんです。だから高音質で分離良く聴ける。あと、「モード・ジャズ」といって、それまでビーバップ一辺倒だったジャズを、のちのクラブジャズやファンクへと広げるきっかけとなったアルバムなんですよね。それまでのジャズには、おチャラけたコミカルなものも沢山あったはずなんだけど、ここからジャズはクールなアート作品になった。そんなターニングポイント的アルバムでもある。

 

 

 

 

──なるほど。

 

しかも今はデジタルリマスタリングによって、まるで今年レコーディングしたかのような音質で楽しめますからね。中には擬似ステレオ盤なんて代物も出ているくらい(笑)、一つ一つの楽器がクリアに分離されているから、マイルスだけでなくキャノンボール・アダレイやビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーンといった名手たちが、当時どんな演奏をしていたかを手に取るように知ることができる。最初のヴァージョンなんて、今となっては聴けたものじゃないでしょうけれどね(笑)。

そう、「清潔である」というのもお薦めする理由の一つですかね。グールドのバッハも、古い録音だから多少はざらついてますが、とにかく清潔なんです。演奏がまるでコンピューターみたいに性格無比。若い子の中には、「これ打ち込み?」って思う連中もいるくらいだから。グールドが演奏している映像とか見せると皆んなびっくりするんですよね(笑)。

 

──それくらい、バッハの音楽というのは理路整然としていて機能的だということですね。

 

とにかく、今回挙げた3枚の特徴は「情報が清潔である」ということ。「混沌」という魔術やドグマがない。清潔で、全部ストレスなく聞き込めるんです。

 

 

 

 

 

──ちなみに菊地さんは、『Kind Of Blue』を聴き返すことってありますか?

 

ありますよ。コルトレーンのソロの部分だけとか、そういう不純な聴き方ですけど(笑)。

 

──それは、車に乗っている時とか?

 

僕は車ではジャズを聴かないので、家でくつろいでいる時とか(笑)。あと、外で作業している合間に聴くこともあります。さっきも言ったように、街中の貸スタジオとか(笑)、DJくんやヘビメタ兄ちゃんとかウロウロしているところへ行って、時々顔を知っている人に「うお!」なんて驚かれたりしながら『Kind Of Blue』を聴いてます(笑)。

今聴いても発見はありますよね。もう聴きこみすぎて先は読めちゃっているんだけど、落語と同じで覚えていても楽しめる。

 

 

 

 

──最初の話に戻りますが、新しい音楽を追いかけるのも大切ですけど、繰り返し何度も聴く作品があるというのも、人生を豊かにしてくれますよね。

 

これもさっき言ったけど、「ノスタルジー」というのは一種の鬱病というか。元々は十字軍がかかったと言われていますよね。要するに、遠征中に故郷が懐かしくなって、戦えなくなってしまったらしい。今は、「昔を懐かしんでほろ苦い感覚に浸る」行為という風に解釈されていますが、一種の病理状態のことではある。で、それを使えば音楽は何度でも楽しめるわけです(笑)。でも、僕らが今回やるべきなのは、「ノスタルジー」を使わずに聴き込むということ。そこが大切です。ノスタルジーを使えば、どんな音楽でも聴けてしまいますからね。そうじゃなくて、音楽そのものにちゃんと対峙する。そういう意味でも、古典を繰り返し聴くことには大きな意味があると僕は思うんです。

 

ポップスの古典としてビートルズの『Rubber Soul』を、クラシックの古典としてグレン・グールドが弾くバッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻と第2巻を、そしてジャズの古典としてマイルス・デイヴィスの『Kind Of Blue』をセレクトしてくれた菊地。おそらくどのアルバムも、多くの読者にとって一度は耳にしたことのあるものだろう。しかし、「ノスタルジー」に浸るのではなく、音楽そのものと何度も「出会い直す」体験は、きっと私たちの感性をより豊かに育んでくれることだろう。

 

 

写真:杉江拓哉( TRON)   取材・文:黒田隆憲

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

菊池 成孔

東京ジャズシーンのミュージシャン(サキソフォン/ヴォーカル/ピアノ/キーボード/CD-J)として活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、極度にジャンル越境的な活動を展開、演奏と著述はもとより、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、コラムニスト、コメンテーター、選曲家、クラブDJ、映画やテレビドラマの音楽監督、対談家、批評家(主な対象は音楽、映画、服飾、食文化、格闘技)、ファッションブランドとのコラボレーター、ジャーナリスト、作詞家、アレンジャー、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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