人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

人生100年時代、立ち止まらずに“余韻走”を楽しもう。萩本欽一氏インタビュー【第3回】

 

 

コメディアン萩本欽一氏(以下、大将)に欠かせないのが、アドリブ。先の読めないエネルギッシュな舞台では、自由と緊張がせめぎ合う。安定志向、マニュアル重視、トラブル回避に重きを置かれがちな現代だからこそ、アドリブは人生にとって大きな意義を持つかもしれません。

インタビュー最終回となる今回は、生きがいとの付き合い方、大将にとっての幸せとは何か、人生100年時代の生き方について語っていただきます。

 

 

――2017年にはバラエティー番組『欽ちゃんのアドリブで笑(NHKBSプレミアム)』が放送されましたね。舞台では、次々と予想不可能なことが展開されていました。ゴダイゴさんが出演された放送回では、即興で詞が出来るわメロディーがつくわ・・・(笑)。タイトル通り、ほぼアドリブだったんですか?

 

ぜ~んぶアドリブ!打ち合わせや会議って、時間がもったいないと思うのでほとんどしません。

昔、僕が『欽ドン』を始めようとした時は、「ハガキを読む番組をやります!質問な~しね」って言っておしまい。あとは始めるだけ。

宣言された方は、「えっ、これどうするの?」ってなるけど、そういう時に質問はしちゃいけない。自分がディレクターなら、自分が好きなような番組にするのがよいの。

 

 

 

 

――打ち合わせと会議は、仕事に付きもの。ですがそこは大将、みんなと同じ方法はとらない!独自の番組制作スタイルを模索した結果、アドリブ志向に行き着いたのでしょうか。

 

一人ひとりには才能があるんだ。世間はどうも、「一番上にいる人間には才能がある」みたいな作り方をしているけれど、僕はそういうのと同じ方法はとらないの。

みんな一人ひとりに才能がある。文句があるなら自分で変えればよいし、自分に出来ないなら隣や下の人間にぶん投げる。だけどものごとを誰かにぶん投げた後は、その人の才能にケチつけてはダメ。

たとえば『欽どこ』で、小さな子どものキャスティングを決めなきゃいけないことになったんだ。子どもの場合はどうやって選ぶのか、テレビ局のディレクターに聞いてみた。「子どものプロダクションに電話をかければオーディションに百人くらい集まりますよ」と言うわけ。大体いつもそうやって決めているらしいから、それだけはやめてちょうだいとお願いした。

 

 

 

 

――ここでも、みんなと同じ方向には進まない生き方を徹底していますね。

 

「いつもこうする」という方法だけはやめてもらうようにしているよ。困ったディレクターはどうしたかというと、「子どもの出演者を決めなきゃなんないんだ。探してこい。探し方?自分で考えろ!」って、ADにぶん投げたんだ。

今度はADが悩む番。しょうがないから幼稚園に行って、子どもたちをずっ~と見張ることにした。そしたら、警察に二度捕まっちゃったんだって。こうやって(蔭からそうっと顔を出す)幼稚園を覗いているもんだから、警察に通報されて「何してるの。ちょっと来なさい」「いえ、テレビなんですけど、人探しをしていて・・・」という顛末。

 

――セオリー通りに動いていれば、子どもの方からやって来たのに(焦)。

 

しかし、そのおかげで“物語”ができたわけ!つまり、成功には物語がある。伝記を読んでごらんよ。物語がいくつも重なっているのが成功物語でしょ。十分な打ち合わせをしたからといって成功するわけじゃない。

本人たちからしてみれば失態だったみたいだけど、僕はこう思った。「警察に二度も捕まっただなんて最高!いい物語をありがとう。君たちよく頑張った!」

するとADは「(選んだ子どもを)見てください」と言ってきた。こういう決まりきった流れがあるのはなんでだろう。一度見てからじゃないと決められないと思いこんでいる。テレビ局でもそうだけど、社会ってもんは、なんでも一度確認してからなんだねぇ。

僕は確認する必要はないと思った。その子を見つけるまでに、ADは二度も警察につかまってんだ。それなのに僕が「この子よくないね」なんて駄目出ししたら、相当の無駄になる。僕は人の働きは無駄にしたくないから、(会わなくとも)決定!

 

 

 

 

――プロダクションに所属していない、素人の子どもを選んだんですよね。上手くいくか不安にはならないものですか?

 

若いADは「それだけは勘弁してくださいよ」ってドキドキしてたみたい。でも、それだって面白いじゃない。ADが頑張ったんだから、僕は信じる!人間は信じるところに成功があるんだから、もしかダメだったとしても、人を信じているところに運がまたポッコリ出てくるの。

 

――思いがけない物語が、定石よりも心に響くことがある。意外性といえば、『欽どこ』に出演していた「わらべ」の三人組(番組の企画で誕生したユニット)。彼女たちが歌った『めだかの兄弟』は売上枚数88万を突破、あの大ヒットを予想していた人はいたでしょうか。

 

『めだかの兄弟』の曲が生まれたのは、わらべのデビューより過去へ話は遡るんだ。

『スター誕生』という番組に、審査員で三木たかし(作曲家。西城秀樹、石川さゆり、テレサ・テンなどに曲を提供。1945-2009)さんが出演していたんです。ところが三木さんがある日、「ぼくは人間的によくない。欽ちゃんに悪いことをした・・・」と言って、突然に番組出演を辞めてしまった。

理由をプロデューサーに尋ねてみたら、どうやら三木さんは番組中に「萩本欽一の司会があまり好みでない」というような発言をしたらしいの。でもその言葉は僕には聞こえていなかったから、実害なんてなかった。それでも三木さんは「修行から帰ってきたら、欽ちゃん、仕事を一緒にしてくれる?」と言い残してアメリカに渡っていった。

二年後、帰ってきた三木さんに「ミュージカルを一緒にやろう」と誘われたけど、その頃の僕には時間がなかったので断っちゃった。『三木さんに対してあまりに失礼だなぁ』と思ったから「先生、よかったらキョウダイの曲かなんか考えてください!」と頼んだ。どうして頭にキョウダイというフレーズが浮かんだのかはわかんない。これもアドリブだよね(笑)。

それから半年が過ぎたある日、僕の机の上に『めだかの兄弟』という文字の書かれた紙が置いてあった。そこには運がきていて、物語があって・・・。

 

 

 

 

――曲が出来上がるまでの道のりが・・・。

 

そう、遠い!後に、TBSで「きょうだい」という番組を作ろうと思い立ったんだ。そこで決まったのが、佐藤B作さん、かなえ(倉沢淳美)、小西博之から成るトリオ。でもこの三人、兄弟っぽくないの。B作さんと小西なんて、どう見たってドジョウとダボハゼ。めだかのようなイメージが湧いてこないんだね。

そんなわけで、オーディションで受かったかなえをテレ朝に連れていった。「この子に合う人を二人ばかし探してほしいんだ」とテレビ局の人に頼んだ。そうして、のぞみ(高部知子)とたまえ(高橋真美)が見つかって、わらべが生まれたというわけなんだ。

 

――物語が重なりますね。

 

遠くて気分のいい物語だね。今日考えて即日成功する、だなんてアイデアを神様はそう簡単にはくれない。人との出会いだとか、そういうものが重なるの。『めだかの兄弟』でまた面白いのが、作詞の荒木とよひさ(作詞家。石原裕次郎、テレサ・テン、五木ひろし等多くの歌手の曲の作詞を担当)さん。

作詞をする人を紹介してもらえることになったんだけど、初対面の場に松葉杖を突いた人がやって来た。『ヒドイ目に遭っている人だ、これは当たりだわ~!』と思った。どうやら荒木さん、スキーをしていて骨折したんですって。

その荒木さんによると「がっついた曲は好きじゃない」と、テレビで僕が言っていたんだって。僕には覚えがないんだけど、その言葉に荒木さんは胸を突かれたそう。『自分はレコード大賞を獲ろうとして詞を書いている、格好良くしちゃっているぞ』と。

そこで書きかけのものをやめて、『なんかかわいいの思いつかないかな』と考えていたら、たまたまお子さんが叱られているところに通りがかった。子どもが「あ~あ!オレ、めだかに生まれりゃよかった!」ってフテくされているのを聞いて、ふと閃いた。『めだか??・・・おっ、めだか!?』

 

 

 

 

――かわいいのきた!って感じですね。それで『めだかの兄弟』の歌詞がで書けた(笑)。それぞれの物語が連鎖して、やがて繋がりを持ち、大きくうねる。それにしても当時はユーロビートのような音楽が流行していたのに対し、『めだかの兄弟』はまったく路線の異なる童謡的な曲でした。

 

童謡みたいな曲を、レコード会社は相手してくれなかったんだ。流行に合わないと駄目なんだって。

時代がどうとか音楽界がどうとか、僕にはわからなかった。「こんなに物語のある曲なんだよ。いろんな人が運を持ってきてくれているんだよ。この曲には運がありますよ」と、太鼓判を押してレコード会社に曲を渡したんだ。

次は、曲のアレンジをどうしようかという段階になった。レコード会社が言うには、当時の日本でアレンジといえば、ビッグ3と呼ばれる三人。ほとんどの曲はその三人が手掛けていた。

そんなことを言われたら、僕としては「その三人はやめてね」と当然なるじゃない。その三人にはもう運がないでしょ。みんな成功しちゃってるんだから。

ほかにいい人がいないか、メーカーのプロデューサーに一週間考えてもらうことにした。そうして挙がってきた名前が坂本龍一さん。それを聞いて僕、「いいじゃない。聞いたこともない名前!」って嬉しくなっちゃった。

 

――大将がワクワクしている姿が目に浮かびます(笑)。安全牌や流行よりも、物語の予感に惹かれるのですね。

 

坂本龍一さんのことをよく知らないまま、彼にアレンジをお願いすることにした。どうみても流行とは正反対の仕事をどうやって頼むんだろうと思っていたら、「坂本さんからOKをもらえましたー!」とメーカーのプロデュ―サーが飛んできた。

「坂本さンちの玄関で土下座して、お話を受けていただけないならこの場をどきません!と言ったら、OKをもらえました」と言う。いい物語だ・・・、だけどどうも怪しい(笑)。それから二十年が経ってから、ディレクターに当時のことを探ってみたの。すると「アイツは土下座なんてしていませんよ。俺が坂本龍一と知り合いだったから、電話して頼んだら『あ、そう。わかったよ』ってアッサリ」と、事実が発覚。

僕と仕事の付き合いをしていると、「物語、物語」と要求され続けるもんだから、半分ウソを足すようになるんだね。みんないいオチを持ってきてくれる。そこがちゃんと笑いになっているから、僕としてはいいんだ。

インチキ物語でも成功するんですよ。そうして何十年か経った頃「そろそろ時効だな、本当のこと話せよ」って。それもまた、なんだかいいよね。

 

 

 

 

――舞台の上やテレビ画面の中だけではなく、そこに辿り着くまでの道程でも、物語を足していたんですね。

 

そうね。特にダメな子の場合は何かを与えたりすると、どんどんダメになるの。出来ない奴にああしろこうしろと言ったって、出来ないもんは出来ないし、生きがいをなくしちゃいますよ!

昔、運転手の仕事をしてもらっていた子がいたんだ。だけど僕も東京人だから「この道じゃなくてアッチの道いけ、こっちは混んでいるんだから、ソコを曲がった方が早いんだよ」なんて、いつも口出ししていたら、道路の真ん中で車が急ブレーキをした。

振り向いた運転手が言うの。「私の生きがいである運転まで注意されると、生きがいがなくります。自由にアドリブで運転させてください!」

 

――(笑)。その切り返し、イキですね!

 

笑ったよ!「お前、最高だなぁ!」って。当たり前だよね、そりゃ生きがいがなくなるよなぁ・・・。

その子に教わったのは、一生懸命に取り組んでいることや生きがいには、なんだかんだと口出ししてはいけないということ。

たとえば会社で仕事のあまり出来ない社員がいるとするでしょ。その子が会社の掃除をしているところへ「お前、ここはこうやって掃けよ」だなんて言い始めたら、生きがいがなくなっていくよね。

人の生きがいを考えてみると、言っちゃいけないことはある。「こうやれ、うまいことやれ」と口出しされるのは息苦しいものだよね。

 

 

 

 

――自分の頭で考えて動くことが習慣になり、自然体になる。一方で、自然体というのは案外難しい・・・。

 

舞台やテレビでのやり取りが自然に見えたとしたら、稽古のやり方に理由があるんだろうね。本番前の稽古というと、普通はみんなミスを探して、注意をして直す。

だけど僕は、ミスを探すということはしないんです。ただただ何回もやる。ミスがなくても十回、十五回と何度も台本通りに稽古する。

そして稽古中は必ず、窓を開けておくんだ。『随分、大変なことをしてるな~』と、神様が覗きこんでくれるから。ちゃ~んとそういうところは目に入れてもらわないと(笑)。有名人が多い舞台だと、みんなが忙しいから稽古は多くて四回くらい。だけど、うちは・・・。

 

――繰り返される稽古(笑)。台本が体に馴染みそうですが、そうなるとアドリブがやりにくくならないのですか?

 

僕だけ稽古してないから、あんまりセリフも覚えてないの!稽古を見てはいるから、おおよそのストーリーはわかっているんだけど、セリフは(本番で)好きなようにやっているんだ。失敗?しますよ。だって僕は練習してないんだから!みんなは一生懸命してくれてるんだけどね。

人間ってね、たくさん練習していると安心するんです。だけど、安心はテレビを見ている視聴者をドキドキさせない。演者の目が爛々と輝いて『次は欽ちゃんが何を言うんだろう・・・』と、必死な顔をしているのがいい。

一生懸命やれと言われて練習を重ね、すっかり安心しちゃったら、本番が楽になってしまいますよ。だから僕は「アドリブについてこい」と言うの。すると本番ではみんな、僕の言葉を必死に聞いてくれて、必死に動くんだ。

 

 

 

 

――「今この瞬間!」ですね。その点、今を生きている実感や生きがいを感じられない人は、最近増えているように思います。たとえば定年退職を迎えるシニア層、「今までの人生ってなんだったんだろう」と、自分自身を見失うことも。

 

定年退職って、自分は辞めたくなくともその日になったら辞めなきゃいけないっていうものだよね。「定年」って、すごく残酷な言葉じゃない?

退職した次の日からハイ、休み!というのは僕個人の気持ちでいうと、立派な定年を迎えたとは言わないと思うんだ。

定年の次の日に、カバンを抱えて「アレっ。ごめんごめん。ウン十年の習慣で出勤しゃったよ」というのが、定年を立派に迎えた人の行動だという気がする。定年の日が来たからといってすぐ次の日に仕事を辞められるものなら、もっと前に辞めていてもいいじゃない。

またこうも思うんだ。定年を迎えたから「さて世界一周旅行にでも行こうかな」というのも違うと思うなぁ。それは会社に悪いよ。四、五十年も働いてから「ようやく定年がきたから好きなことができる、ヤッター」というのは、僕は好きじゃない。そんなにあなたのことを束縛していたのが、仕事なの?だったらもっと早くに辞めた方がいい。

 

――勤めあげることを否定しているのではなく、自分の気持ちに沿って“自分なりの定年日”を決めてはどうか、ということですか?

 

そうそう!「この日からは会社に行かない」と決められるなら、もっと早めに自分のしたいことをは始めていいんだと思いますよ。

世界一周したいなら、定年退職より一年くらい前に「どうしても世界一周したいので、定年までの残り一年を待ってられないんです。チョイと失礼、いってきます!」というのはカッコいいよねぇ。定年という言葉との粋な付き合いを考えてみたらどうかな。

僕の理想は、昨日までの習慣がつい出ちゃうような定年。こういう人は、よく今まで働いてくれたという最高の人です。いかにして最高に定年を迎えるか、という理想形のひとつとしてね。

 

 

 

 

――人生100年時代、第二の人生のスタートを最高のかたちで切ることができそうですね。

 

第二の人生?誰がそんなこと言ってんの?そんなのウソだよ~!

 

――えっ。

 

100メートル走をして、ゴールラインぴったりで足が止まる人っている?オリンピックで金メダルを取った選手を思い出してごらん。ゴールしたあとも走り続けて、渡された国旗をはためかせながら、もう一周するでしょう。あれと一緒、走り続けるものだよ。

人生のウイニングラン?う~ん、何ていえばいいのかな。“余韻走”ってのはどう?いいじゃない、余韻走!定年したあとは第二の人生を生きるんじゃなくて、余韻を走るんだ。

つまり、『俺の人生、繋がっている』という感覚を持ち続るのがいいと思う。定年までやり切ったというのなら、今まで使っていたカバンを抱えていてほしいね。まったく新しいことを始めるにしても、余韻は残しておくのがいいんじゃないかな。

 

 

 

 

――著書『人生は面白がった人の勝ち(大和書房、2018年発行)』で「会社にしがみつくよりも定年前に新しいことを見つけて始めるのがいい。それは早ければ早いほうがいい」との旨を綴っています。ところで大将は余韻走というより、未だなお現役で走り続けているように見受けられます。その秘訣は?

 

僕はテレビに出ようとはしていない、作ろうとしているからだね。テレビの仕事が準備されているところに行こうとしているんじゃないの。新しいテレビを作りたい。

だけどこれって、言ってみればインチキだよね(笑)。作れるわけないけど、作ろうとしてはいる。それをずぅ~っと続けているんだ。今の僕は舞台に立てば息は切れるし、頭がボケてきてセリフを言えない。そういう自分をわかっているから「新しい番組を作れる!」とは思っていないんだけど、作ろうという姿勢を持ち続けているの。

普通の人は、テレビ番組を作ろうとするといろいろと動くでしょう。だけど僕がテレビを作ることができたのは、自分の働きによるものじゃない。人との出会いがテレビを作ってきたんだ。

たとえば、麻雀ばかりの日々を辛抱したパジャマ党。彼らが考えて始まった『欽ドン!(1970年代に放送されたリスナー参加型ラジオ番組)』を、テレビ番組にしてあげたかった。

この人のために踏ん張ろう!と思える誰かに出会わなければ、僕はテレビを作ろうとも出演しようとも思わなかっただろうね。

 

 

 

 

――「その人のために、こうしてあげたい」という想いが原動力になる。そう考えてみると、大将は受け身な一面をお持ちですね。

 

最近は、土屋というプロデューサーがいきなりカメラをまわして僕を撮るの。「30%お願いします!」なんて言いながら。今の時代に30%の視聴率を取るのは大変だよね。だけど(取れなかったとしても)失敗ではない。この物語があって、次に来るのが成功なんだから。

自分のためにした行動で、成功することってない。最近思うのは、若い人で「萩本欽一さんに教えてもらいたい」という人が僕の前に出てこないかなぁということ。探して見つけるんじゃなく、ひょっこりと出会いたい。

そういうことを考えていると現実化してくるもんだね。大学四年生になった僕の前に、ついにそういう子が現れた。とある授業で目の前の席に坐っていた子が、ふと振り返ってギョッとしていたんだ。「なんだ、お前は(笑)」と言ったら「欽ちゃんに会えた!僕、お笑いやりたいんです」と打ち明けてきた。

『ついにひょっこり出てきた!』と嬉しくなったね。その子のためにも番組を作らなくちゃ!

 

 

 

 

――人との出会いがターニングポイントとなる。キーマンと出会えるかどうかで人生の展開が変わりそうですが、・・・出会えるのか不安!

 

結婚したいのに出来ない人がいるとするでしょう。「素敵な王子様が出てこないかな~。台本にあるようなお姫が様出てこないかな~♪」こういうのはね、出会わないよ。

「お城を持っていなくてもいいけど、目のくっきりした王子様がいいや」という風に、だんだん絞っていくのがいいね。

 

――そうしているうちに物語が動き、大切な人と出会う。その瞬間にちゃんと気づくことができたら、人生はより面白くなりますね。

 

周りの年寄りを見ていたら、家に閉じこもってお休みをもらったり、ご褒美を望んだりしている印象を受けたんだ。僕はそれだけはやめておこうと思った。贅沢な言葉かもしれないけど、自分がしんどくなるから。

「歳を取った自分にとって、幸せってなんだろう」って考えたことはある?僕は気づいたんだ。明日会う人がいるのが、なんだかとっても幸せ。

実は僕、仕事を辞めてから、最初のうちはずっと家にこもっていたんだ。しかもそれが嫌じゃなかった。だけど時々「大将!どうしてるの?メシでも一緒に行こうよ」と連絡をくれる人間がいる。それがすご~く嬉しかったんだ!

「な~んだ、俺のこと思い出してくれたの!」って。それなら家に閉じこもってるんじゃなく、ちょっと近所の八百屋さんにでも足をのばそうかしらと思う。だって人に会えるじゃない。

そういうことを「とっても楽しい、すっごく幸せ」と感じるようになると、運がまた開けてくるでしょ。

 

 

 

 

――ちょっとの行動で、大きな幸せを得られるんだ!余韻走の走り方、わかってきました。

 

外に出るのは面倒くさくもあるけど、嬉しいもんだよ。たとえ体が疲れることを要求されたとしても、それはそれで老人扱いされてないみたいで嬉しい。

人に会っていると、そんな風にものごとを捉えることができる。そういう幸せな老人って、いいんじゃないかな?それとさ、怒ると体力が奪われて疲れちゃうから「そうだねぇ」ってなるべく怒らないで生きていこうよ!

明日やる仕事があるのが幸せなんじゃなくて、明日会う人がいるのがこんなに嬉しい。仕事は自分で作るものだけど、幸せは明日会う人が持ってきてくれるものだから。

みんな、そう思わない?

 

人の一生は絶えず繋がっている。それならば、瞬間瞬間を自分の物語にしていこう。老いなんて問題ではありません。重ねた年月の分だけ、物語と出会いが息づいているはず。

 

 

 

写真:田形千紘     文:鈴木舞

 

 

 

 

萩本欽一氏に学ぶ「負け知らずの生き方」。人生の選択肢は勝つか、逃げるか。インタビュー【第1回】

欽ちゃん流、成功の方程式は「人+運+物語」。萩本欽一氏インタビュー【第2回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
大人の生き方マガジンMOC(モック)
Moment Of Choice-MOC.STYLE

 

PROFILE

萩本 欽一

昭和34年、浅草・東洋劇場に役者見習いで入社、コメディアンとしての修行に入る。
昭和41年、軽演劇仲間だった坂上二郎とコント55号を結成、一躍人気者になりその後、 昭和45年から、坂上二郎と別活動。翌年、NTV「スター誕生!」で、一人司会を務める。
平成5年4月、「第1回欽ちゃんのシネマジャック」を上映1作品15分、1本300円が5本立てで 料金は自己申告という画期的なシステムにて、映画界に新風を送った。
欽ちゃんの番組の特長としては、単なる出演者としてではなく、欽ちゃん自らの演出と構成に よることで多数の新人・旧人の人気者を輩出し、それぞれその後も活躍している点である。 人を育て、才能をよりよく開花させていく手法は独特のもので、演出家として期待されている。 NTV系「CHA-CHAワールド」は、企画・構成・演出をしていた番組で、人気グループ”CHA-CHA”が大活躍したのは周知の通り。

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