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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第27回〜

 

 

〜連載第27回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

左脚に軽い麻痺があって歩行困難になって数年経つが、6月あたりから左手にも麻痺が現れ、それがどんどん進行して、今ではほとんど使えない状態だ。

物をうまく掴めないし、キーボードは人差し指で打っているので不自由極まりない。

 

左脚の次は、左手。

自分の身体が左側からじわじわと死に侵されているような気がして、なかなか興味深い。

まるで、アニメに登場する妖怪にでもなった気分だ。

ほら、「幽遊白書」の「躯(むくろ)」とか(あれは右半身か)。

 

むろん、最初からこんなに面白がっていたわけではない。

左手がダメになったことに気づいて一ヶ月くらいは、かなり動揺したしメソメソした。

歩けないうえに手も使えなくなるなんて、もうこんな身体は嫌だと涙をこぼした。

でも、それを過ぎると、先ほど述べたように、「ほほう、これからどうなるんかね、この身体」などと他人事みたいに興味深く感じ始めた。

 

こんなにもあっさりと諦めがついてしまったのは、すでに私が脚の障害を体験しているからだろう。

「障害」というものは、そりゃあ不自由だし情けないけど、自分を責めたり苛ついたりしても意味がない。

私も医師も無力である以上、なるようにしかならないのだ。

それを嫌というほど味わったから、今さら片手が不自由になったからといって、ジタバタする気はない。

 

「障害」は、私にいろいろなことを教えてくれた。

まず、自分の身体は本来、ままならないものだということ。

たとえ健康体でも、己の身体を完全にコントロールするのは不可能なのだ。

コントロールできると思い込んでるから、我々は自分に失望したり腹を立てたりしてしまう。

他人が易々とやってのけることを自分ができないと、「なんでうまくできないんだ!」などと悔しがり、自分を責める。

だが言うまでもなく「できること」には限界があるので、その努力は報われず、最終的には自己嫌悪や自己否定という結果を招く。

 

かつての私が、そうだった。

まぁ、運動神経に関しては最初から諦めてたので、スポーツでその類の自己嫌悪が発動することはなかったが、日常生活における自分の鈍くささや不器用さにはかなりの劣等感を抱えていた。

自分が人一倍劣った存在であるように感じていたのだ。

「みんなができても、自分にはできないことがある」という事実をなかなか受け容れられなかったのだ。

実際、「なんでこれができないのー?」とからかわれたり笑われることも多かったし。

 

「障害」はそんな私に、「自分の身体を諦めること」を教えてくれた。

人より劣ってても仕方ない、これが私だ、と思えるようになった。

「障害」があるのだから、身体能力は劣ってて当たり前だ。

健康な時には受け容れられなかった「不全感」を、私は「障害」を得ることでしぶしぶ認める羽目になり、それと同時に「人並みでありたい」という欲望から解放されたような気もする。

 

それともうひとつ、「障害」は私に「他人に頼ること」を教えてくれた。

これもまた、「自分を諦めること」である。

一時期は車椅子だったので、外出はもちろん、トイレも入浴も自力ではできかった。

そんな己の不甲斐なさに悔し涙を流したし、生きている価値もないとまで思い詰めたが、すべては私が自分に対して期待し過ぎなのだと気づいた。

自分で何でもできる、自分ひとりで生きていける、というのが、そもそも思い上がった勘違いであったのだ。

「障害」は私の「万能感」という幻想を粉々に打ち砕き、私のプライドを地べたに叩きつけた。

が、それと同時に、私に新しい自己認識と生き方を指し示したのである。

50代半ばを過ぎて新しい自己認識を持つなどとは思いもよらなかったが、それは私にとって非常に大切な経験だったと思う。

 

「足るを知れ」という言葉がある。

今あるものを、己の身の丈相応のものとして受け入れ満足せよ、という意味らしい。

私は、自分に満足したことがない。

もっとやれる、もっとやらなきゃ、と、常に自分を追い立ててきた。

今だって、自分のこの状況に満足はしていない。

歩けない自分に満足なんかできるかい!

私はただ、「諦めた」だけである。

自分の不全を、自分の無力を、自分の敗北を認めただけだ。

 

敗北? そう、これは私の敗北宣言だ。

だが、そもそも勝ち続ける人生なんてあり得ない。

敗けるのは何より悔しいことだったが、人は老いて衰え、いずれ敗けるのだ。

私がそのことを自覚する前に「障害」がそれを教えてくれたというわけである。

 

不自由な足でよろよろと歩き、動かない左手で何度もミスタッチを繰り返しながら拙くキーボードを打つ。

それが、今の私だ。

もうそれは仕方のないことなのだから、悲しんだり悔しがったりする気もない。

身体の左側からじわじわと緩慢に死んでいく。

そんな余生にも諦めがつくほど、私はこれまでさんざんやりたいことをやってきた。

やりたいことがなくなってから身体が不自由になったのは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。

そうでなかったら、私はいまだに諦めがつかずに苦しんでいただろう。

 

やりたいことは、やればいいんだよ。

いずれ、何もできない身体になる。

やりたいことをやって何を失っても、悔いることはない。

どうせ、最後にはすべてを失い、私たちは「無」になるのだから。

 

と、こんなことを言っても、きっと若い人たちにはピンと来ないだろう。

それでいいんだ。

いつか、わかる日が来るからさ。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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