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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第24回〜

 

 

〜連載第24回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

私は「私とは何か」という問いをずっと抱えて生きてきた。

 

私とは何者なのか?

私には何が欠けているのか? 何が過剰なのか?

そして、その「欠落」と「過剰」は何に起因しているのか?

 

しばらくすると、むその問いは「女とは何か?」という問いに変わっていった。

「私とは何か」を探っていくと、どうしてもその問いに突き当たる。

何故かというと、「私」の欠落感は「女」としての欠落感に行き着くからだ。

 

足りない物を埋めようとして、必死で生きてきた。

ある時期には、自分に足りないのは「社会的承認」だと感じて、社会的地位の記号としてブランド物を買い漁った。

まあ、要するに「一目置かれたかった」わけだ。

 

だが、家中がブランド物の山で埋まった頃に、「欲しいかった物はこれじゃない」と気づいた。

必死で手に入れた青い鳥は、私の探していた鳥ではなかったのだ。

やれやれ、あの散財は何だったんだ。

 

次に私が求めた青い鳥は、ホストを生業とする若くて美しい男。

彼と結婚したいとかいう願望はさらさらなく(今の夫で大満足だし)、ただただ「女としての承認」が欲しかった。

最初は「愛されたい」などという身の程知らずの願望は意識的に抱かず、ただ「頼りにされたい」「喜ばせたい」一心で金を遣った。

が、そのうちに図々しくなってきて、「愛されたい」「欲情されたい」と願い始める。

図々しくなればなるほど、欲が出れば出るほど、理性で蓋をしていた己の欲望の核心に近づいた、という感じである。

 

ゲイの夫との結婚生活には何の不満もなかったが、家族として人間として愛されてはいても「女として愛される」のは不可能だ。

40代に入って性的価値が暴落していくのも実感していたし、「このまま女として終わっていいのか?」という不安に苛まれ、もともとたいしてセックスなんか好きでもないのに、憑かれたようにウリセンを買いまくった時期もあった。

だが、もちろんそんなのは、本物の青い鳥なんかではない。

彼らは私の手から餌だけかっぱらって飛んで行ったし、その結末に驚くほど私もウブではなかった。

家に帰れば夫という青い鳥がいるのは重々承知で、しかもそれを手放す気などまったくなく、ただただ幻の鳥を追うのが楽しかったのだ。

 

そして、男漁りとほぼ同時進行での美容整形。

じつのところ、恋より何より、一番私を満たしてくれたのが、この「美容整形」だ。

私が本当に欲しいものは何か……その答にどんどん近づいていった。

それは「女としての魅力」だったのだ。

おそらく幼い頃からずっとずっと、私はそれが欲しかった。

要するに美しくなりたかったわけだが、ただしそれが表面的な「美」というだけの存在でないことを、私は薄々知っていたのかもしれない。

私が本当に欲しかったのは、「権力」なのだ。

「美とエロス」の裏に隠された絶大な権力……すなわち、女たちに羨望され男たちを支配するカリスマ的なパワーだったのである。

私の欠落が金や地位といった社会的承認では埋められなかったのも無理はない。

「美とエロス」はそれ以上の力を持つからだ。

 

まだ若かった頃、私はその権力の価値も使い方もわかってなかった。

むしろ、「女を使う」なんてことは恥ずべきことだと思っていた。

だから、周りから良くも悪くも「女」として扱われることに屈辱感すら抱いていたのだ。

「女であること」の苛立ちや嫌悪に苛まれながらも、「女であること」の既得権益を無自覚に享受していた。

当時は気づかなかったが、それを失った今ならわかる。

若い頃の渇望も欠落感も、中年期に入ってからの焦燥も喪失感も、すべては「女であること」の意味をめぐる葛藤であったのだ、と。

「女であること」の真の意味は「男であること」よりも巧妙に隠蔽されているがゆえに、本人にとっても非常に不透明なアイデンティティなのである。

私たちは、そこに「力」が存在することを薄々知ってはいても、目を背け続ける。

そのくせ、それが欲しくて仕方がない。

だから、何が欲しいのかわからないまま、やみくもに突っ走るのだ。

女の生きづらさは、まさにそこにある。

 

同い年の知人に、夫と殺伐とした結婚生活を送る主婦がいる。

私が悪い影響を与えてしまったのかもしれないが、私と同じ美容整形クリニックに通い、ネットで知り合った男に執拗な恋心を抱いて追いかけ回している。

自分の通ってきた道だから、私は彼女を止めようとは思わない。

本人がそこから何を学ぶかが重要だからである。

 

彼女は自分が何を取り戻そうとしているのか、そしてそれは取り戻せるものなのか、いまだに掴めないまま泥沼のような恋の中を泳いでいる。

でも、彼女が欲しいのは、その男ではないのだ。

彼女が欲しいのは、「失われた自分」である。

そして唯一の解決策は、「諦めて手放すこと」なのだ。

我々は「女」に生まれ、「女」に翻弄され、最後の最後に「女」を手放すことで救われる、そういう生き物なのである。

 

とはいえ、これはあくまで私が辿り着いた結論に過ぎない。

もしかすると彼女は、私とは違う結論に達するかもしれないのだ。

それはそれで、非常に興味深いことではないか。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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