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西寺郷太の「ポップ・ステーション」 駅:其の一(前編) マーヴィン・ゲイ

 

人生は旅のようなもの。カセット・テープやデジタル音源、ときには口笛を吹きながら、僕らは旅路の途中にいる。音楽はいつも旅の相棒だ。人生には岐路がある、ちょっと立ちどまりたい駅がある。「ポップ・ステーション」では毎回、あのアーティストのこんな曲やあんなことを紹介します。そして、僕たちをポップ・ミュージックの旅路に誘う「駅長」を務めるのは、ノーナ・リーヴスのヴォーカル、西寺郷太さんです。今回、西寺駅長に紹介してもらうのは、バンド名「ノーナ・リーヴス」の由来ともなった伝説のシンガー、マーヴィン・ゲイです。

 

――郷太さんの所属されるバンド、ノーナ・リーヴスは昨年デビュー20周年を迎えられました。バンド活動と並行して、音楽プロデューサーとしてこれまで沢山のアーティストに楽曲提供をされてきたほか、「80年代音楽」に関する書籍やライナーノーツも多数執筆されてこられました。駅長!よろしくお願いします!

 

ここでは駅長、ですね(笑)。「ポップ先生」とか、なにしろ色んな呼ばれ方してます(笑)。今回始まる連載「西寺郷太のポップ・ステーション」では、音楽家の「作品単体に関する考察」というよりも、アーティスト本人や、バンドの「それぞれの人生選択」と言いますか、「人間」「組織」としての特色、あり方のようなものに焦点を当ててお話ししていきたいな、と思ってます。

新連載のタイトルを僕のアカウント (@Gota_NonaReeves) で何気なく呼びかけたところ、まさかの渡辺祐さん(編集者、ラジオ・パーソナリティ)からリプライが飛んで来て(笑)。「西寺郷太のポップ・ステーション」と名付けて頂きました。ノーナ・リーヴスに『POP STATION』ってタイトルのアルバムがあるんですよね。巨大な駅のように縦横無尽に過去と未来とあらゆる分野の第一線の方々がページ上に集い、繋がっていくイメージは、まさに狙い通りという感じで、即採用させてもらいました。祐さんは、どんなメディアでの連載なのかは全然知らなかったはずですが(笑)。

 

――せっかくいいタイトルに決めて頂いたので、第一回から第四回まではスタジオでプロジェクターを使っての撮影でしたが、今後は東京の色んな「駅」に繰り出して写真を撮ってもらうのもいいですね!

 

お!その案、即採用で(笑)。僕、「ソク・サイヨー」って自称するくらい、いいアイディアはすぐ取り入れるタイプなんです。

 

――(笑)。さて、初回のテーマは「マーヴィン・ゲイ」ですね。そもそも、駅長、いや郷太さんにとってマーヴィン・ゲイはバンド名「ノーナ・リーヴス」を、マーヴィンの娘「ノーナ」から名付けているほど、大きな影響を受けたシンガー、ソングライター、プロデューサーですよね?

 

ですです。マーヴィン・ゲイは、1939年4月2日生まれ。今、もしも彼が生きていたら78歳ですね。彼のデビューは、1961年。モータウン・レコードから。モータウンは、のちにスティーヴィー・ワンダー、ザ・テンプテーションズ、ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス、マイケル・ジャクソンとジャクソン5など、キラ星のようなスターが輩出された名門ソウル・レーベルです。特に1960年代から1970年代中盤までは怒涛の勢いがありました。

 

 

――モータウンはレコード会社とはいえ、もっとファミリー的というか、同じカラーのアーティストが集まっていたイメージがあります。

 

自ら作詞・作曲も参加する黒人社長、ベリー・ゴーディ・ジュニアによるワンマンの家族経営だったんで、彼の美学が貫かれていたのが大きいでしょうね。ベリー・ゴーディは徹底してキャッチーなメロディとハーモニー、躍動感のあるリズムに乗ったポップ・ソングをリリースすることにこだわりました。テーマは、基本恋愛に関するもの。異人種間の軋轢を生みかねない「政治的メッセージ」を音楽やショーから排除することを頑ななポリシーとしていました。

そう考えると確かに、今、我々がイメージする単なる「レコード会社」ではないですね。日本で言えば、ジャニー喜多川社長を中心とするジャニーズ事務所が一番近い気がします。ツアーや、デュエット企画なども含めてアーティストたちの横の繋がりもありましたし。

マーヴィンは、モータウン・レコードがレーベルとして真の意味で大爆発する前、比較的初期から在籍していたアーティストのひとりで。ドラマーとしても確かな腕を持っていた彼は、デビュー前にセッション・ミュージシャンとして、同社からリリースされた多数の作品で演奏したりもしています。

当初、彼自身はフランク・シナトラや、ナット・キング・コールのような洗練されたスタイルのジャズ・シンガーに憧れていたみたいなんですが、若さが弾ける「シャウト系」の激しい歌唱スタイルで人気に火がつき、ヒット・シングルを連発してゆきます。本人は、自分の目指す音楽性と「ヒット曲製造工場」と呼ばれたモータウンお抱えの職業ソングライターが量産するラヴソングやポップ・チューンとの差に、60年代はジレンマを抱いていたようです。

で、彼の人生なんですが。マーヴィンの興味深いところは、24歳の時初めて結婚したのが、社長ベリー・ゴーディの実姉アンナだったことです。

 

――社長のお姉さんと?

 

その時、アンナは41歳だったので、17歳差ですね。今なら、ありえなくもないですが、下手したら母と息子くらいの年の差です。当時はかなり珍しかったんじゃないでしょうか。確か、プロ野球のペタジーニ選手は、25歳も奥さんのオルガさんが年上みたいなので、それには負けますが。なんの勝ち負けかわかりませんけど(笑)。友達のお母さんでしたっけ?オルガさん。

 

――今は離婚されたみたいですよ、って駅長!ペタジーニ情報は、もうけっこうです(笑)。

 

え!?離婚したんですか?ペタジーニ!って今はそこ引っ張る必要ないですね(笑)。あはは。にしても、ベリー・ゴーディのお姉さん、アンナはクリッとした瞳をした小動物系の可愛い女性なんで、その頃のふたりの写真を見れば、かなりお似合いですけどね。

僕、ふたりが付き合い始めた瞬間のエピソードが好きで。アンナに惚れた若いマーヴィンが、毎朝レコーディングに行く前にアンナの家の窓をノックして「おはよう!アンナ、大好きだよ」って言ってたらしくて。ハンサムで魅力的な若者が自分のことを好きだ好きだと繰り返すのを、からかわれてると思ったアンナは「おばさんをバカにしないでよ」なんて、あしらってたらしいんですが……。マーヴィンは本気で。で、しばらくその求愛が続いていたある日、いつもの時間にマーヴィンが家の窓をノックしなかったみたいなんですね。で、アンナがあれ?あの子……、今日は来ないのかしら?って窓から顔を出した瞬間、隠れてたマーヴィンが「アンナ、もしかして僕を待ってた?」みたいに微笑んで登場したみたいで。もし、ほんとに気持ち悪い男がやってたらかなり怖いですけど(笑)。この焦らし作戦が大成功。結局、マーヴィンは社長のお姉さんと結婚して、ベリー・ゴーディの義理の兄になるんですよ(笑)。24歳で。ベリー・ゴーディ、この時34歳ですよ。

 

 

――ゴーディ社長も、やりづらいですよね(笑)。義理のお兄さんが10歳下の自社アーティストって。

 

ややこしいことすんなや、と思ったはずですよ(笑)。でも、敢えて年の差婚するなら、うちの姉貴を頼むぞ、と。幸せにしてくれよ、とゴーディは念を押したはずです。ただ、熱烈な猛アピールが実った形のアンナとマーヴィンの結婚生活は、マーヴィンの心変わりによって次第に泥沼の関係に陥ってゆきまして……。

『レッツ・ゲット・イット・オン』という名作アルバムをレコーディングしていた時期、1973年3月にスタジオで出会った17歳のジャニス・ハンターという女の子にメロメロになって付き合い始めてしまうんです。離婚も成立していない時期から、ふたりは一緒に過ごすようになり、なんと翌1974年9月4日、18歳のジャニスとの間に生まれた長女が、ノーナ・ゲイです。彼女の名前が、ノーナ・リーヴスの由来になりました。ラテン語で「Nona」って「9」のことなんで、9月生まれだから「ノーナ」と名付けたのかもしれませんね。五月生まれが「さつき」ちゃん、とかみたいなノリで。

 

――いや、ノリでって。え?奥さんのアンナとはどうなったんですか?女性の立場からするとたまったもんじゃないですね。

 

1977年に、マーヴィンはアンナと離婚して、ジャニスと再婚してます。ノーナが生まれた時、マーヴィン、35歳なんで。今度は年下との17歳差……。極端ですよね。離婚成立前に、ノーナの弟で、長男フランキーもすでに産まれていました。

社長のゴーディは「だから言わんこっちゃない、マーヴィンのアホ、大事な俺の姉さんになにしとんねん!」と激怒しまして。そりゃ怒りますよね。でも、マーヴィンが凄いのは、このすったもんだの激動の時期に、その混乱をも飲み込んだ名作、クラシックを生み出しているところです。僕の最もオススメするアルバムは……、なんて全部素晴らしいんですけど。話が長いのが僕のいいところでもあり悪いところでもあるんですよ(笑)。

 

――おっと(笑)、確かにですね、この度は時間が参りました。では、駅長、続きは後編でよろしくお願いします!

 

了解です(笑)。なんか、妙に初回からノリがいい乗客ですね(笑)。

 

 

 

 

 

<写真:杉江拓哉 TRON     取材・水野高輝 / 鈴木舞>

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

西寺 郷太

1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド『NONA REEVES』のシンガーであり、多くの楽曲で作詞・作曲も担当している。音楽プロデューサー、作詞・作曲家としては少年隊やSMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉などの多くの作品に携わる。また、ソロ・アーティスト、堂島孝平・藤井隆とのユニット「Smalll Boys」としても並行して活動。そして、日本屈指の音楽研究家としても知られ、特にマイケル・ジャクソンをはじめとする80年代の洋楽に詳しく、これまでに数多くのライナーノーツを手がけ、近年では80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々がベストセラーに。代表作に小説「噂のメロディー・メイカー」(扶桑社)、「プリンス論」(新潮新書)など。テレビ・ラジオ出演、雑誌の連載などでも精力的に活動し、現在WOWOWのインターネット番組「ぷらすと」にレギュラー出演中。

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