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西寺郷太の「ポップ・ステーション」 駅:其の四 U2(前編)

 

前回のジャミロクワイは、フロントマンとスーパーサブについて詳しくお話を伺いました。この両者なくしてジャミロクワイの世界的成功はなかった。グループの歴史から読み取る組織論には、思わず手を打ってしまいました。

続いて連載6回目となる今回は、イギリスから北上し、アイルランドへ上陸します。いささか興奮気味の西寺駅長が紹介するのは、「奇跡のロックン・ロール・バンド」の異名を持つU2(アイルランドのバンド。1980年にデビュー。メンバーは人の幼なじみで構成される)です。

 

――ジャミロクワイは主要メンバーであるトビー・スミスが脱退してしまいましたが、成功を掴んだグループの多くは脱退や解散をする傾向がありますね。しかし、次にお話を伺うU2は……

 

U2は、めちゃくちゃ仲がいいことで知られているバンドですね。脱退やメンバー・チェンジもデビュー以降なし。高校時代に出会った幼なじみからスタートしたバンドですが、いまだに休暇ではU2のメンバー4人とそのファミリーで旅行に行ってると言われてます(笑)。これだけの規模の成功を収めたバンドやグループで、高校時代から42年その関係性が続いてるって珍しいですよね。

ただ、僕がU2の中で聴き込んだなぁ、っていうアルバムは2枚だけなんです。1991年11月末にリリースされた『アクトン・ベイビー』と、1993年7月リリースの『ズーロッパ』。この二作は、92年4月に上京して大学生になった僕にとって、大学時代を彩る思い出と共に染み付いた大切な二枚ですね。ただ、元々僕はずっとシリアスで政治的な状況に怒っていたり、アイルランド出身バンドが急にアメリカのルーツ・ミュージックに傾倒したイメージにどっぷり浸ったりというU2が苦手だったんですよね。英国とアイルランドのスターが集結したチャリティ・ソング「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」。1984年のクリスマスにリリースされて注目を集めたんですが、そのレコーディング・シーンのドキュメンタリー映像で初めてリアルに動くボノを観たんです。ただ、歌う時にものすごい両手をこねくり回して気持ち悪いんですよ(笑)。周りのミュージシャンも「これ、笑っていいのかな?」って困惑してる顔してて(笑)。

 

――周囲も笑いをこらえるほどの手の動き(笑)。郷太さんは、ワム!とか、カルチャー・クラブとか、当時で言えばカラフルなポップ・グループが好きだったイメージが確かにあります。

 

そうなんですよ。何故か一貫して僕は軽薄な方が好きなんで(笑)。当時のボノって、吉田拓郎さんと尾崎豊さんと長渕剛さんが合体して、そこに80年代的な想像性に満ちたギタリストと、ストイックで鉄壁のリズム・セクションが加わったみたいな感じ。

 

 

――最強じゃないですか(笑)。

 

確かに最強ですね(笑)。あくまでも、80年代に十代だった僕が感じてた印象なんで、ちょっと例がおかしな気もしますけど(笑)。根っこがフォーク・ソング的と言いますか、メッセージ性が強過ぎたり、熱すぎるように感じたってことです。大好きなマイケル・ジャクソンの『BAD』が、第30回グラミー賞でU2の『ヨシュア・トゥリー』に敗北したので逆恨みしたこともありました。彼ら悪くないのに(笑)。

アイルランド出身ということもあって、戦争や、宗教、差別や貧富の差のような問題について歌う強靭な精神性とバック・グラウンドがあったのは確かです。ただ、そうした「重い」印象と反して、U2の最大のポイントは「音楽を生み出すマシンの発展や、伝える技術革新に対してこの上なく柔軟で軽やかだ」ということです。特にギタリストのジ・エッジのプレイは、80’s的な「ディレイ」という技術を駆使して後進に大きな影響を与えました。例えば、「キャン」と一回コードを弾くと、リズムに乗った残響が「キャン、キャン、キャン……」と繰り返されて飛ばされるエフェクトで、皆さんも聴いたことがあるはずです。

 

――仲の良さは昔からずっと変わらず。結成から40年以上経ちますが、その人気も衰えませんね。

 

結果的に同時代にデビューし、活躍したバンドやアーティストの誰よりもモダン、っていうのがすごいですよね。80年代、お洒落かダサいのかで言ったら、お世辞にも本人達は「お洒落」じゃないグループとされていた気がします。スティーヴ・リリーホワイトやブライアン・イーノのようにプロデューサー陣が超絶洒落てる人達だったので、そういったブレーンを選ぶさじ加減は昔から優れていたんでしょうけど。今年のグラミー賞でもケンドリック・ラマーとコラボレーションしていましたし。

ただ、そんなU2が90年代に入ると急に大変化を起こしたんです。生真面目で深刻なムードを捨て、変な丸眼鏡をかけてラメ入りのスーツを着て、極度にエンターテインメント的な、チャラい感じを意図的にまといサウンドもダンス・ミュージック的に革新したのが、『アクトン・ベイビー』『ズーロッパ』でした。それまでのディープなU2ファンの一部からは、「こんなんU2ちゃう……!」と否定の声が上がったようですし、それも当然だと思いますが。でも僕はその時代、まさにプロになる前の大学時代とリンクしてたんですが、U2に夢中になりました。

 

 

――郷太さんは、それ以来ずっとU2のファンだったということですか?

 

うーん。1997年の『POP』というアルバムの頃は自分もNONA REEVESとしてCDをリリースし、少しモードが変わっていたんですよね。それからは、毎回アルバムは買いますが、それほど熱心に聴き込めなくなってしまったというのが、本当のところです。

とはいえ、また近年彼らの凄まじさを僕自身再評価してまして。改めてすごいな、と。80年代から活躍し続けているバンドで、彼らほど柔軟に「今」を生きるバンドはないですし、普通はヴォーカリストや中心人物がキャラクターを大々的にチェンジした後は成功しても失敗してもチームのパワー・バランスが壊れ、誰かが離反するものなんです。もしくは、メンバーが抜けなくても、ヴォーカル、もしくはソングライティングを担うメンバーの誰かひとりの「ワンマン状態」になり、残りのメンバーは魂を抜かれた状態でついてくるだけになってしまう。でも、U2はいずれのパターンにも当てはまりません。

メンバー全員がプレイヤーとして、アーティストとして、そして親友同士として確固たるカッコよさを持ち、自分の意見を持っている。それでいて、時代の新しい技術を取り入れて変化に対応し、なおかつ家族ぐるみで仲がいい。そんな奇跡的なバンドないんですよ。そもそも、誰も死んでいない、ということがスゴいですし(笑)。急激な成功を集めた場合、多くのバンドで誰か早死にするメンバーがいるんですが。

今、ケンドリック・ラマーとコラボレーション出来ることも、『アクトン・ベイビー』『ズーロッパ』の時点で90年代のグルーヴ、ダンス・ミュージック的にループするサウンドに対応できていたからです。筋が通っているし、不自然じゃない。そういった柔軟さ、U2から学ぶべきことは、バンドに限らない、どのビジネスにも言えるって本当に思いますね。

 

――『アクトン・ベイビー』と『ズーロッパ』。この2枚のアルバムは、U2の持続力、柔軟性を予感させるものだった、と。

 

そうです。でね、最近めちゃくちゃ驚くことが起きたんですが。僕ね、25年前にU2に会ったことがあるんですよ。まさに「ポップ・ステーション」です。東京の新宿駅でばったり。当時、僕は学生で新宿の映画館松竹が経営する「松竹ビデオハウス」って店の、レーザーディスク部門でバイトをしてまして……。レーザーディスクっていうのが時代を感じさせますけど(笑)。それと並行して、ライブ会場のスタッフのバイトもしてたんです。海外のビッグ・アーティストが来て、ドーム公演とかする場合、パイプ椅子を並べたり、警備したりっていう学生のバイトを日雇いで募集するんですよ。当時、チケット代も馬鹿にならないですし、音楽マニアとして裏側を見れるチャンスと思って、かなり沢山の現場に入りました。僕、当時からいわゆる社員さんよりも音楽に詳しかったですし、英語も喋れたんで重宝してもらって。楽しい思い出が多いんですけどね。マイケル・ジャクソンや、ガンズ・アンド・ローゼズの東京ドームのバイトもやりましたね。もちろん、本番中に興奮してると「バイトは観るな」と怒られちゃうんですけどね(笑)。あれ(笑)?

 

 

――郷太駅長、それ、もしかするとかなり長くなる話ですよね(笑)?

 

あ、ばれました(笑)?もしかすると次回に続く、あのパターンですか?いいですよ、どんどん列車のように連結してゆきましょう(笑)。

 

 

 音楽への柔軟性と揺るぎないメンバーの絆。U2が起こした奇跡とは、変化を恐れず進みながら、

変わらない何かを守り続けた結果なのかもしれない。郷太駅長の話の続きも気になります!

 

 

 

 

西寺郷太の「ポップ・ステーション」 駅:其の一(前編) マーヴィン・ゲイ

西寺郷太の「ポップ・ステーション」 駅:其の一(後編) マーヴィン・ゲイ

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西寺郷太の「ポップ・ステーション」 駅:其の二(後編) ジョージ・マイケル

西寺郷太の「ポップ・ステーション」 駅:其の三 ジャミロクワイ

 

写真:杉江拓哉 TRON   取材:鈴木舞

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

西寺 郷太

1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド『NONA REEVES』のシンガーであり、多くの楽曲で作詞・作曲も担当している。音楽プロデューサー、作詞・作曲家としては少年隊やSMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉などの多くの作品に携わる。また、ソロ・アーティスト、堂島孝平・藤井隆とのユニット「Smalll Boys」としても並行して活動。そして、日本屈指の音楽研究家としても知られ、特にマイケル・ジャクソンをはじめとする80年代の洋楽に詳しく、これまでに数多くのライナーノーツを手がけ、近年では80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々がベストセラーに。代表作に小説「噂のメロディー・メイカー」(扶桑社)、「プリンス論」(新潮新書)など。テレビ・ラジオ出演、雑誌の連載などでも精力的に活動し、現在WOWOWのインターネット番組「ぷらすと」にレギュラー出演中。

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