人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

人生の退路を断った29歳、新境地へ挑んだ50代。西村京太郎氏 生き方を語る【第1回】

 

 

読書になじみが薄い人も含めて誰もが知る、トラベルミステリの第一人者・西村京太郎先生。

これまでの発行部数は累計2億冊以上、著書は約600冊を誇り、87歳の現在も現役で、年間12冊の新作を書き続けています。

戦中戦後を過ごし、混乱の時代を生きた西村先生が作家へと転身した、人生のターニングポイントはーー?

西村京太郎先生の人間性に迫ったロングインタビューをお届けします。

 

 

──もうすぐ著作が600冊になる西村先生ですが、年間どれくらい執筆されていらっしゃるのでしょうか

 

12社の出版社で年に一冊ずつ出しているから、年間12冊ですね。毎年11月に出版社に集まってもらって、次の年のを決めるんですよ。取材旅行も12回行くのは大変だから、二社ずつ一緒に年に6回行くんです。

 

──80歳を超えられても、精力的に執筆されるエネルギーの源はどんなところにあるのでしょうか。

 

他にやることないからですね。前に言われたんですよ。「西村さんはね、小説書くしか脳がないから迷わなくていいですね」って。今も一日20枚のペースで書くようにしています。大体20枚くらいが一番いいんじゃないかな。そのペースを崩すと、元に戻れなくなっちゃう。今の作家の人は割と能率的にやるとか、あんまり書かない方がいいとか言ってるんだけど、我々が若い頃はね、やっぱりとにかく書きまくりましたよ。

 

 

 

 

──西村先生の一日のスケジュールは

 

夜に書いているので、起きるのはお昼です。それから食事して、午後は人に会うことが多いですね。夕方からは新聞や雑誌を読み、テレビを見ています。雑誌は何でも読みます。その後、夜中の12時くらいから書く…という、その繰り返しですね。趣味は作ろうと思えば作れるけれど…零戦などの模型を集めています。今、近くにマンションを買ってそちらに置いてあるんです。編集者の人たちが来た時に模型のコレクションを見せて「これはB29だよ」と教えると「B29って何ですか」って言われちゃう。今の若い人にはあんまりわかってもらえないんですよ。

 

──近年になって戦争のテーマを描かれていますが、きっかけは

 

いや、もう、戦争知っている人がどんどん死んじゃってるんですよ。こっちは後ろめたいわけですよね。戦争中には生きてたけど、戦争自体はしていないわけだから。戦ったことないからね。だから少し遠慮していたところがある。それが上の方の人がどんどん死んじゃうから、じゃあ書いてもいいかなって。

 

──終戦時に先生は十五歳ですよね。生活目線で語っていらっしゃるのが印象的でした。やはり生きにくい時代だったんでしょうか。

 

それがね、子供たちは面白がってたんですよ。終戦後は中学に戻ったんだけど、教師も「自習をしなさい」で期末試験も全然やらないんですよね。三年生に戻ったんだけど、最後まで試験はやらなかった。校長先生がナチスのヒトラーの崇拝者だったから、戦後に通報されちゃったんですよ。戦争中はこっちがドイツ語わかんないのにドイツ語で歌わせたり。菩提樹なんか歌ってました。他の先生は戦後に何教えたらいいか、わからなくなっちゃったんでしょうね。先生たちは迷っていたけれど、こっちは十五歳だから割と迷わない。子供だからね。「ああ明日からもうB29は来ないのか」って。ほっとしましたよね。

 

 

 

 

──当時、戦後日本の空気は、やはりマッカーサー一色でしたか?

 

大学の願書を出しに行こうとしたら「マッカーサーが通るから」と警官に止められて願書を出しそびれちゃった。自由を教えに来た割に、それにしちゃ威張ってるなと。「デモクラシー、デモクラシー」と言ってて、それを教えに来てるわけでしょ。なのに特権があるんだなあと。あの時に願書出していたら、役人を辞めていなかったでしょうね。全然違う人生だったと思います。そのあとレットパージが来て。朝鮮戦争が始まったんですよ。マッカーサーが共産主義者を解放したんですね。最初は。あの頃は役人に随分共産主義者がいたんですよ。それでレッドパージが入るって、皆さん地下に潜っちゃった。あの時は周りにいた人が突然いなくなっちゃったから。びっくりしちゃいました。人がいなくなると「あれは共産主義者だったのかなあ」と。警察じゃなくて進駐軍に逮捕されちゃってたんですよ。

 

──先生が育った時代は、幼年学校、敗戦、マッカーサー来日、レッドパージという…まさに世の中の価値観がグラグラしてた時代でその影響はありましたか?

 

戦争が終わってすぐにね「これからはマッカーサーが来る。もしマッカーサーが天皇に不届きなことをしたら、お前たちが守れ」と言われていましたよ。終戦後はすぐに家に帰されなくて、8月15日が終戦で家に帰ったのは29日かな。

戦争が終わった後も進駐軍が来るまでは、「お前たちが天皇を守れ」と毎日身体を鍛えてたんです。銃も何にもない十五歳が守れるわけないじゃないですか。日本人は「自分を犠牲にする」ことを良いと思っているけれど、本当は良くないですよね。だけど日本人は周りを気にするから。嫌だって言えないんですよね。

 

──先生が「作家の道に進もう」と役人を辞められた時に迷いはありませんでしたか?

 

あの時はオリンピックの頃だったかな。辞めたのは昭和35年だから。同人雑誌はやっていて、安部公房さんが一番売れてる作家だっていうんで「どうしたら作家になれるんですか」と聞いたこともあったけれど、長男だから役人を辞めて作家になろうとは、最初は全く思っていなかった。きっかけは段々、役所が嫌になって。役所って面白いところでね。課長に言ったんですよ。「作家になりたいから辞めたい」って。すると課長は「別に辞めなくてもいいだろ」と。「どうしても作家やりたいなら暇な部署に移してやるから、そこにいて書きなさい」とね。物分かりのいい課長さんだったんですよ。そういうわけにもいかないので辞めました。その部署に行って、作家になれればいいですよ。でもなれなかったら困っちゃいますよね。役所を辞めたのは29歳の時。30歳過ぎたら、もう駄目だと思ってた。作家デビューしてから14年くらいあまり売れなかったけれど、作家を辞めようと思ったことはなかった。役人を辞めちゃったからね。30過ぎると事務的な仕事はあまりないんですよ。どうしてもね、アルバイトみたいな仕事になっちゃう。今になって「列車もので売れる前の作品がいいですね」とか言われるのも嫌なんだけどね(笑)

 

 

 

 

──作家活動を続けていた西村先生がトラベルミステリで脚光を浴びたのは、50歳過ぎてからですよね。50代で新境地に挑んだきっかけは

 

52〜53歳の時でしたね。それまで売れてない小説をずっと書いていたわけです。一年に一作二作くらいのペースで、14年間くらいね。自分じゃこれでいいと思ってた。ある時に編集者に言われた言葉があって。「作家がいいと思ってるのと、売れる作品は違う」と言われましたよね。編集者から「書けば出します。但し、書く前にどういうストーリーか言ってください。売れるかどうかは、私が判断します」と言われて。考えてみれば、ひどい侮辱なんだよね(笑)。そこで二つアイデアを出した。ブルートレインともう一つが、二・二六の昭和7年の浅草の話。本当はそっちの方が書きたかったんだけどね。あの頃、子供たちの間でブルートレインブームだった。で、東京駅に行ったら子供たちが、いっぱいいるんですよ。それでこれがいいかなって出した。どっちかになるだろうと。すると編集者は「浅草は売れない。ブルートレインの方は、まあ少しは売れるかな」って。自分としては浅草を書きたいからだったんだけどね。「こっちは売れません」とすごい返事をされたけれど、後でよくわかってたんだなと(笑)。それから時々は、時代物を書いてはいるんだけど、書きたいテーマを話しても編集者は「いいですね。でも他の出版社でお願いします。うちでは今まで通りの列車もので」って言われちゃいますね。

 

 

遅咲きだった作家人生。しかしながら淡々と、日々の執筆ペースを何十年も維持してきた。その驚異的な体力と筆力は西村京太郎氏ならではのもの。次回は京都と湯河原での生活にスポットライトを当てながら、作家人生を振り返っていただきます。

 

 

写真:杉江拓哉  TRON      文:今井美香

 

 

 

 

信用が絆を生む。絆は人生をつなぐ。西村京太郎氏 生き方を語る【第2回】

人生の転機と、87歳からの挑戦。西村京太郎氏 生き方を語る【第3回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

西村 京太郎

1930(昭和5)年、東京生れ。1963年『歪んだ朝』で「オール讀物」推理小説新人賞、1965年『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞をそれぞれ受賞。1981年に『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞を受賞する。2004(平成16)年には日本ミステリー文学大賞を受賞した。鉄道ミステリー、トラベルミステリーに新境地をひらき、常に読書界の話題をさらうベストセラーを生み出している。

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