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信用が絆を生む。絆は人生をつなぐ。西村京太郎氏 生き方を語る【第2回】

トラベルミステリを数多く執筆した西村京太郎先生。舞台となる土地への取材旅行は作家活動に欠かせません。生き方がまるで旅人のようにも思えます。
東京生まれの西村先生ですが、京都に住まいを構えたことも。故・山村美紗先生と交わした約束など、第二回インタビューは、古都の香りを感じるお話しを伺ってきました。
──京都に住まれていた頃の経験で、作風や人生観に影響したことは

 

京都に住んでいた時はいろいろ勉強になりました。とにかくすごいところですよね。よく言うんだけど「日本には、日本人と京都人しかしない」って言うんですよ。京都の人見ると東京から来てもどこから来ても、全部おのぼりさんなんですよね。ちょっとすごいです。

京都には20年くらいいたけれど、最初は何も知らなくて失敗ばかりしていた。山村(美紗)さんは京都の上流階級とも付き合いがあって、いろいろ教えられましたよ。京都で何をしちゃいけないかとかしきたりをね。

 

 

 

 

──京都独特のしきたりや特徴はどんなところでしょうか

 

京都は歴史のある街だから。女の人が目立って出て行って、いろいろやると悪女って言われちゃう。女の人は男を立てて、自分は下がるっていう街で。そういうのが美徳になってる。だから芸妓さんを囲っちゃうのも、あれは京都では男の甲斐性なんですよ。それに関して奥さんは何か言っちゃいけない。言っちゃうとね。悪女になっちゃう。奥さんが外に出ていろんな仕事すると、そういう人は悪女なんですよ。

京都と湯河原では日常の緊張感が全然違います。京都はものすごい緊張するんです。仲間に入れてもらおうとするじゃないですか。なかなか入れてくれないの。京都に住むにはいろいろなことを知らなきゃいけない。そういうのを山村さんが、いろいろ教えてくれた。あれ難しいんですよね。

例えばお歳暮に知ってる人が来る。そしたら「どうも」って受け取っちゃうじゃないですか。京都だと受け取る時に「これはどこどこのお豆腐ですね」とか言わなきゃいけない。豆腐なら森嘉の豆腐とか。格があって一流どころが大体決まってる。それをちゃんと「そこまで行って買ってくださったんだ」と言わなきゃいけない。最初そういうの全然わかんなくて「はいはい」ってもらってた。すると「あの人はこっちが苦労して買ってきたのをわかってない」とか言われちゃってね。

京都は福神漬はどこどこと格が決まってて、ホテルもそう。まだ京都に住んでいない時に、お茶屋さん行くと芸妓さんが「どこにお泊まりですか」って聞くんです。その時が難しいんですよね。大体、駅前のホテル言っちゃうんですよ。タワーホテルとか。するとね「いいところにお泊まりですね」と言ってはくれるんだけど、でもね「そういうところに泊まってる客なんだ」って見られちゃう。ビジネスホテルが一番ダメって思われちゃう。向こうもこっちをどういう人がわからなくて、推し量って聞いてるわけだから難しいよね。

お茶屋さんは信用なんですよね。向こうも信用しなきゃいけないから「どこにお泊まりですか」は必ず聞きます。面白いのはね、その日にお金払っちゃいけないんです。大体10万円くらいかなと思っても、その日に払っちゃいけない。後から請求が来るの。「あなたを信用して遊ばせてる」ということだから、その場で現金を払っちゃ野暮なんです。後から請求が来て、あんまり高くはないですよ。とにかく京都は信用なんです。

 

 

 

 

──戸惑いの中で、どんな風に京都の魅力を感じて行ったんでしょうか

 

 最初は失敗して、怒られてばかりでした。その中で段々ランクが上がって信用されちゃうと、京都は何でもできて何でも言うこと聞いてもらえるんです。

京都の人はいわゆるネームバリューとか関係なくて、信用が全然別の次元。何年知り合って信用してるかって。銀行がいっぱいあるじゃないですか、京都では三菱とか三井とかを、あんまり信用してないんですよ。新しいから。信用金庫とかの方がずっとやってるから信用されてる。三菱や三井はすぐに、支店長変わっちゃうじゃないですか。どうせ変わるからって、支店長をパーティーにも呼ばないんです。こっちは知らないから三菱がいいのかなとか。全然違うんです。

最初に京都のマンションに住んだ時に下駄を履いていたんですよ。京都は下駄だと思って。したらね、管理人に「いい音してらっしゃいますね」と言われて、嬉しくなっちゃってガタガタしてたの。それうるさくて忠告されてたんですよね。「うるさい」とは絶対に言わない。言ってくれた方が楽なんだけど。じーっと顔色を見なきゃいけない。

銀行で待ってるじゃないですか。待たされても窓口の人には言わない。横の人に「いつ来ても待たせてもらって有難いわ」とか言ってるの。要するにけなさない。褒めるんだけど皮肉なんだよね。そう言われたら感じなきゃいけない。褒めてるのか、けなしてるのかわかんないんだよね。だから東京の人は褒められたと思っちゃう。

僕は最初に京都に行った時は、見合いで行ったんですよ。女流作家の人に紹介されてね。その相手の人の家でいろいろ話していて「そろそろごはんどきですけど、どうします」と聞かれて「じゃあごちそうになります」って言ったら、もうダメね。それは早く帰ってもらいたいんですよ。だけど帰れとは言えないから。

京都の人は「ごはんどきです」と言ったら、じゃあそろそろおいとましますって帰らなきゃいけない。それをこっちは知らないから「いただきます」って言っちゃった。支度くしないんですよ。支度しないで言うの。京都には向いてないと思われたんですよね。お見合いはそれっきり。

うちの奥さんと一緒に京都の有名な料亭に行くと、着物の裾をこうさわるの。どんなものを着てるのかやるんですよ。ほめもけなしもしないで「ああ」とかいうから。着物にうるさい文化だから。それで決めちゃうの。この人はこういうものを着てる人なんだって。奥さん、嫌がってましたね。

それで信用されると料亭が満員でも、自邸のお茶室を「いらっしゃい」って提供してくれたりする。そこまで行っちゃうといいんだよね。京都に住んでいる時は絶えず、その緊張がありました。

最初は京都のしきたりが全然わからなくて。失敗しているうちに「ああ京都には何にでも格っていうものがあるんだ」と。京都は奥深くて面白かったですね。

 

──西村先生の作品にはあまり京都のイメージがないですよね。

 

山村さんから京都書いちゃいけないって言われていたから。「西村さんは売れて有名なんだから、もういいでしょ。京都は私の領地だからダメ」って。それでね、「京都感情案内」っていうのを一回、書いちゃったんですよ。京都のことはあんまり書いてないのに。でも題に京都ってついてるから、山村さんに怒られちゃった(笑)。

山村さんによく言われましたよ。ミサコっていう人物を小説の中で殺すと「私のことでしょ」とか。恐い人だからさ、そんなつもり全然なかったのに(笑)。

 

 

 

 

──京都から湯河原に移ったきっかけは

 

僕が倒れちゃって、温泉治療で湯河原に来ていた時に、山村さんは最後、東京にいて、ホテルで書いていて死んじゃったんです。それで京都に帰ってもしょうがないなと、そのまま湯河原に来ました。山村さんが生きていれば、一緒に京都に帰っていたでしょうね。

山村さんとは「生きてる方が、先に死んだ方の続きを書く」って約束してて、山村さんの続きを二作書いたんですよ。山村さんがやたらと怪しい人をいっぱい作っちゃってたから。いっぱい出せば誰かにすりゃいいと思ってんだよね、あの人は。続きを書く方は大変なんだよ。その中の誰を犯人にすればいいか。あれも一つの方法ですよね。怪しい人をいっぱい作っておけば、誰かを犯人にできる。

「噂の真相」っていう雑誌に随分やられました。僕が山村さんと付き合ってるっていう根も葉もないゴシップでね。それがマンガみたいな挿絵で、どう見ても僕と山村さんなんだけど、名前を書いていないんだよね。

その後も今の奥さんが「西村京太郎の新しい恋人」って写真を撮られたり。マンションの前で張ってたみたいで。あとは息子がベンツを乗り回しているとかね。息子は「左ハンドル乗れないんだけど。ベンツ乗れるなら乗ってみたいよ」って言ってますよ(笑)。あれは訴えると訴えたことを記事にされちゃうから。取材もほとんどしていなかったんじゃないかな。

山村さんは長谷川一夫の姪で、いろんな人知っていますよね。山村さんのお父さんが京都大学の名誉教授で法律の先生。京都の弁護士さんとかほとんどお知り合いなんですね。人脈がすごくて、だから山村さんのお墓は泉涌寺にある。泉涌寺ったら天皇陛下のお墓があって、そこになぜか山村さんのお墓があるんです。どう考えてもわかんない。山村さんのお墓は高いところにあるから、お墓参りには行けないんですよ。

 

 

京都時代、日常には緊張感が漂っていたと語る西村先生。だからこそ人間関係における“信用”の大切さに気がついたのでしょう。信じあうからこそ、絆は生涯つながっていく。
京都の地を思うと、盟友・山村美紗先生との間に生まれた思い出が蘇るようでした。次回、エネルギー溢れる西村先生に、執筆活動についてお話を伺います。

 

 

写真:杉江拓哉  TRON      文:今井美香

 

 

 

 

人生の退路を断った29歳、新境地へ挑んだ50代。西村京太郎氏 生き方を語る【第1回】

人生の転機と、87歳からの挑戦。西村京太郎氏 生き方を語る【第3回】

 

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

西村 京太郎

1930(昭和5)年、東京生れ。1963年『歪んだ朝』で「オール讀物」推理小説新人賞、1965年『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞をそれぞれ受賞。1981年に『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞を受賞する。2004(平成16)年には日本ミステリー文学大賞を受賞した。鉄道ミステリー、トラベルミステリーに新境地をひらき、常に読書界の話題をさらうベストセラーを生み出している。

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