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橘玲氏「働き方が未来の生き方をデザインする」インタビュー【第2回】

 

 

「幸せ」とは何だろう――日本は安全で、治安も良くて、ゆたかで、インフラも教育制度も整備されています。不景気といっても、GDPは世界3位。しかし、私たちは心から幸せだと思える人生を送っているのでしょうか? その問いに、『幸福の「資本」論』や『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』の著書で知られる作家・橘玲(たちばな・あきら)さんに答えていただきました。

 

 

働き方が未来の生き方をデザインする

 

――今後、日本の優秀な人材がますます海外へ流出してしまうのでしょうか?

 

ものすごく優秀な若者なら、シリコンバレーで起業を目指すとか、アメリカの大学で研究者になるとかすると思いますが、日本でいま起きているのは「海外流出」ではなく、優秀な人材の「会社からの流出」だと思います。

いま東大の周辺にはベンチャー企業がたくさん集まっていて「本郷バレー」などと呼ばれていますが、彼らと話をすると「シリコンバレーは成功確率が低すぎてコスパが悪い」と言います。GoogleやFacebookのように成功すれば莫大なお金と世界的な名声が手に入りますが、人生を楽しく暮らすのに何千億円もいらないですよね。それに対して日本なら、ゲームやアプリを開発したり、シリコンバレーのイノベーションを日本風にカスタマイズして大手企業に売却するだけで5億円や10億円くらいにはなる。だったら世界じゅうの天才が競争するシリコンバレーではなく、「ぬるい日本」でさっさと億万長者になった方がいいと考えているんですね。

ただしこうした発想は、東京の優秀な大学生だけのようです。関西の大学関係者と話をすると、「こっちにはベンチャーの成功モデルがないから、あいかわらず国家公務員か大企業を目指してます」と言ってましたから。

東京だと国立大学はもちろん、私立の上位校でも「先輩の友だちが起業して成功した」なんて話はいくらでもあります。そうした「ミニ起業家」を支援するベンチャー投資家もいて、どうやったら会社を高く売却できるか指南してくれます。こうして成功した若い起業家がベンチャー投資家に転身するというシリコンバレー型の生態系も生まれつつあるようです。

 

――大手企業で働くよりも、起業して自分たちの実力を世の中に問いたいという若者が増えたのは、社会環境の変化も影響しているのでしょうか?

 

ガラパゴス化した日本は、じつはベンチャーにとって有利なんです。優秀な人材が国家公務員や大企業に囲い込まれているのなら、そのぶんライバルは少ないわけですから。

もうひとつの理由は、年功序列・終身雇用の日本企業ではリスクをとるイノベーションができなくなっていることです。労働市場の流動性がない日本では、40歳を過ぎればサラリーマンにはいまの会社にしがみつく以外に生活を維持する方法がないわけですから、生き残るための最適戦略はできるかぎり失敗を避け大過なく日々を過ごすことです。だからイノベーションを外注化する以外なくなり、「これが新しいトレンドです」と適当にプレゼンされただけで大金を払ってしまう。内情はどの会社も同じなので、オークションでいう「勝者の呪い」で、「なんでこんなのものにそんなお金を払うの」という事態になっています。その仕組みに気づいた若者が次々と成功しているんだと思います。

 

 

 

 

組織の末端にいるスペシャリストが大企業を変える

 

――日本の大企業に開発能力や新しいビジネスを生み出す力がなくなっているのはなぜですか?

 

私は日本という国を「先進国の皮をかぶった前近代的な身分制社会」だと考えています。サラリーマンにとって守るべきものは正社員という「身分」で、会社に対する忠誠心や滅私奉公が大事で、専門性を身につけることにはなんの関心もないんですね。その結果、大企業の中身はじつは空洞で、何か新しいことを始めようとしても専門的な知識をもつスタッフが誰もいないという事態があちこちで起きています。

私がこのことに気づいたのは、健康雑誌をつくっていたフリー編集者の知人から相談を受けたからでした。健康関連の大手企業がマーケティングを刷新しようとして、大手広告代理店が受注したのですが、じつは医療・健康の専門知識のあるスタッフが社内にまったくいない。そこで会議では、下請けの制作会社の外注スタッフとして参加していた彼女がすべての質問に答えることになった。彼女はどの医者が最先端の知識をもっているかとか、どのように書くと薬機法に抵触するかといった基本的なことを知っていましたから。

そんなことが何回かつづいて、「あまりにバカバカしいから辞めたい」と相談されました。そこで、「この仕事、楽しくない」と言ったらどうかとアドバイスしました。日本だと、下請けがお金のことをもちだすと嫌がられますから。

仕事を仕切る代理店の担当者は、下請けから「楽しくない」なんて言われたことがないので仰天したようです。それまで顎で使っていたのに、いきなり手のひらを返したようになって、「お願いだからそんなこと言わないでください」と平身低頭して、1カ月もしないうちになにもかも彼女の言うとおりになってしまいました(笑)。

 

――まさに下克上ですね。大手企業の社員が末端の外注を大事にするなんて、今までは考えられませんでした。

 

漫画みたいな話ですよね(笑)。でも彼女以外、クライアント企業の要求に対応できないのだから、替えがきかないんです。出してくる企画も以前と比べて雲泥の差だし、売り上げも大幅に上がった。そうなったらもう手放せません。いまでは広告代理店は、クライアントから「彼女が辞めたら契約を切る」と脅されているそうです。

 

――個人の働き方としては、彼女の働き方は魅力ですね。

 

彼女の話で驚いたのは、「どうせいっしょに仕事するなら、楽しく働いた方がいいじゃないですか」と言ったとき、大手広告代理店やクライアント企業の社員がみんなぽかんとした顔をしたということです。日本のサラリーマンは、「楽しく働く」ということが理解できなくなってしまっているようです。

これはまだ特殊なケースでしょうが、これからあちこちで同じようなことが起きてくるでしょう。日本の大企業がゼネラリストばかり養成した結果、専門知識をもつスペシャリストがいなくなって、そういう人材の価値が高騰しているのです。

 

 

 

 

生活が豊かになっても幸福度が低いままの日本

 

――橘先生の著作『幸福の資本論』にあったフリーエージェントで自分の能力を活かして生きていく、という働き方に近いように思えます。

 

アメリカの作家ダニエル・ピンク(1964年-。作家、文筆家。近年の主な著者に『モチベーション3.0』がある)が『フリーエージェント社会の到来』(ダイヤモンド社)で、2000年時点でアメリカの労働者の4分の1がフリーエージェントだと指摘しました。それが10年以内に半数を超えるといわれています。いまや「会社で働く」方が少数派になる時代が訪れようとしています。

日本はアメリカとちがって、ほとんどのひとが「仕事=会社に通うこと」と思っているので専門職型のフリーエージェントはきわめて少ないのですが、これは先ほどのベンチャー起業家の話と同じで、競争率が低いということでもあります。フリーエージェント化が進んだアメリカではライバルがたくさんいるのだから、「ぬるい日本」でフリーになった方がずっと有利です。能力のあるフリーランスは引く手あまたで、それに気づいた優秀なひとが会社から流出しているのだと思います。

 

――大企業としては危機ですが、自分の能力を持っている人にとってはチャンスの時代ですよね。

 

フリーエージェント化というのは、ゆたかな国の現象です。アメリカでは資産100万ドル超の世帯が10%、つまり10人に1人はミリオネアの家に住んでいます。日本も資産1億円以上の世帯は約7%で12~13世帯に1世帯になります。これほどのゆたかさを実現したにもかかわらず、日本でもアメリカでもうつ病が急増している。ゆたかになったのに幸福になれないんです。

日本では、「風土病」と言われるくらいうつが蔓延しています。なぜこんなことになるのかというと、お金では解決できない問題があるからでしょう。それが「人間関係」です。

家族(親や子ども)のように選べないものもありますが、よく考えると、それ以外の人間関係は選択できないわけではない。ところが労働市場に流動性がない(転職できない)日本では、嫌な上司のいる部署に配属されればひたすら耐えるしかない。『置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子著。幻冬舎、2012年刊行)』や『嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著。ダイヤモンド社、2013年刊行)』がミリオンセラーになったのはすごく納得できて、環境を変えられない以上、置かれた場所で咲くために嫌われる勇気を持たなければならない、つまり自分を変えるしかないんです。でもそれって、すごく辛いことじゃないですか。だからうつ病になってしまうんです。

 

 

 

 

フリーエージェント化して人間関係を断捨離

 

社会が高度化すれば、会社内の人間関係や利害関係も複雑になっていきます。それを調整しなければならないから、朝から会議ばかりやっている。ある日本の大手企業が社員の働き方を調べたら、9時から17時までの定時のうち会議が8割を占めていたそうです。こんなことでは、自分の仕事は夜中か土日しかできないので長時間労働になるし、サービス残業も増えていく。これでは、「楽しく働く」ことが想像できなくなるのも当然です。

こうした事情は多かれ少なかれアメリカも同じで、だからこそフリーエージェント化が進むわけです。会社から給料をもらったほうが生活は安定しますが、人間関係を選択できるようになることにはそれを上回るメリットがあるんです。

もちろん、フリーになったからといって、好きなひととしか仕事しないなんてぜいたくはできません。でも、本当に嫌な相手との関係を断ることができるだけで人生の幸福度は劇的に上がります。べつに喧嘩する必要はなく、「急な仕事が入ったので次の機会にしてください」と言えばいいだけなのですから。

じつは、学校のいじめもこれと同じです。なんでいじめるのかというと、相手が逃げられないと分かっているからです。学校というタコツボの中に閉じ込めて、逃げ場がないからこそいじめは面白いんです。相手が「お前なんか嫌いだ」と言って、他の学校へ移ってしまったらいじめてもつまらないだけです。

日本の会社で問題になっているパワハラもこれと同じです。相手がフリーランスだったら、でたらめなことなんてできません。最近では、発言を録音されてネットに流されてしまうかもしれないし。人間関係を選択できる相手に対しては、ハラスメントはできないんです。

 

 

理不尽な上司の指示に我慢して従ったり、組織のマジョリティに渋々と同調するような生活を送っていれば、いくら生活が豊かになっても幸福度が低いままなのは当然です。個の犠牲を強いる働き方から、個の能力や価値観を最大限に尊重する働き方へスタイルを変えることが幸せへの近道なのかもしれません。

 

イラスト:山里 將樹 文:natsu

 

 

 

 

橘玲氏「リベラル化、グローバル化、知識社会化の三位一体の巨大な潮流が世界を覆う」インタビュー【第1回】

橘玲氏「老後不安を減らすための新しい働き方と生き方」インタビュー【第3回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を生きる、
大人のためのマガジンMOC(モック)
Moment Of Choice-MOC.STYLE

 

PROFILE

橘 玲

1959(昭和34)年生まれ。作家。小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』のほか、ノンフィクションも著し、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』はベストセラー。『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』『「読まなくてもいい本」の読書案内』など、著作多数。

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