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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第59回〜

 

 

〜連載第59回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

 

 

夫はずっと以前、私にこう言ったことがある。

「結婚届に判を押した時、自分に問いかけたの。ワタシはこの人の人生を半分背負える覚悟があるの?って。その時に背負っていこうと決めたから、ワタシは何があってもあなたを見捨てない」

その言葉は確かに嬉しかったが、まさか自分が障害を抱えることなど予想もしていなかった。

だから、彼がろくろく寝ずに私の世話をしてくれた時、改めて「あれは本気だったのか!」と驚き、「いや、だからって、そんな律義に私の面倒見る必要ないのになぁ」と首を傾げずにいられなかった。

 

私にとって、何より勝るのは「自由」である。

だから私は「愛」の名のもとに互いを束縛し合う関係が苦手で、ゲイの夫とは相手の自由を奪わないパートナーシップを望んでいたのだ。

なのに今、私は彼の自由を奪っている。

私の世話のために彼はろくろく外出もできないばかりか、睡眠時間まで削られているのだ。

私ならきっと耐えられない。

夫婦とはいえ、他人のために自分の自由を犠牲にすることなんて考えられない。

 

このように私は徹底したエゴイストであったため、自分に何の利もない相手を。それがたとえ家族や親友であっても、我が身を犠牲にしてまでつくす動機がわからなかった。

夫は私と結婚したから、きっと義務感から私の世話をしているのだろう、だとしたら申し訳ないなぁ、そんな義理など全然ないのに、私は彼に何もしてあげて来なかったのに、と、心苦しい想いでいっぱいだった。

その心苦しさは自己嫌悪に繋がり、自己嫌悪は卑屈な僻みや劣等感を生んで、私はとことん負のスパイラルに堕ちていった。

 

こんな身体で生きて迷惑かけるくらいなら、入院中に心肺停止した時に、あのまま死んでしまえばよかった!

本気でそう思ったし(今でも少なからず思っている)、それを何度も口にして、そのたびに夫は悲しげに顔を曇らせるのだった。

「ワタシはね、あなたが生きてくれてるだけでいいの」

「そこまで言われるほど価値のある人間じゃないんだよ、私は! 私があんたに何してあげたって言うの? 金遣いは荒いしホストには入れ揚げるし、好きなことばっかやって遊び歩いてただけじゃん!」

「あなたは自分で気づいてないけど、ワタシにいっぱい幸せをくれたの」

「……そんなはずない! 私はそんな人間じゃない!」

 

誰に怒っていいのか、わからなかった。

夫の言葉が偽善であっても、その偽善によって私は助けられているのだから、夫に腹を立てる筋合いはない。

私はずっと偽善を憎んできたが、はたして偽善は「悪」なのか?

たとえ偽物の「愛」だとしても、それが誰かを救うなら、真か偽かなど問う意味なんかあるのだろうか?

自己愛以外の愛なんて人間には存在しない、というのが私の結論だった。

それはあながち見当はずれの結論でもなかったと思うが、しかし、たとえナルシシズムから生まれた偽善的な愛であろうと、夫が「妻に献身的につくす自分」に酔ってるだけであったとしても、それがなければ私はひとりで生きられないのだ。

 

しかも、厄介なことに、それが偽善ではなく本心なのだと、私には薄々わかっているのだった。

なまじ20年も家族をやってるわけじゃない。

彼は元々、偽善や自己陶酔から程遠いクールで毒舌で人嫌いの人間だ。

好き嫌いが激しく、他人に容赦ない面を、私は何度も見てきた。

だから、経済的な理由さえなければ、彼はとっくに私に愛想をつかして出て行ってただろうと思ってた。

なのに、仕事を失って稼ぎもなく、おまけに身体も不自由になった私をどうして見捨てないのかと考えるにつけ、そこに「愛」しか見当たらなくて、それが私をひどく狼狽させるのだった。

 

愛って何だよ! 恥ずかしい!

そんなもん、私はもう期待しないんだから!

愛を欲しがったばかりにどれだけ傷ついたか、私は決して忘れない。

そんな甘い砂糖菓子を夢見て生きるには、私は年を取りすぎ、惨めな経験を重ね過ぎた。

ようやく幻想から解放されたと思ったのに、これはいったい何なんだ!

 

そうか。

私が愛されようとジタバタして満身創痍になってた頃も、彼はずっと私を傍で見ていて、ずっと愛を注いでくれていたのだ。

まるで空気のような愛だから、私はちっとも気づかなかった。

彼の愛を普通に呼吸して生きてたくせに、ありがたいと思ったことなど一度もなかった。

ナルシシズムから私は愛を求め、ナルシシズムゆえに傷ついて、そして、ナルシシズムと関係のない愛は私の視界にも入らなかったのだ。

どこまで行っても自分しか愛せない、自分しか見えてない私。

そして、他人はすべて自分と同様に、己しか愛せない生き物なのだと決めつけた私。

その私がようやく愛を諦めた先にあったのは、見たこともない姿かたちの愛だったのである。

この皮肉な結末に、私はまたあの耳慣れた笑い声を聞いたのだった。

私の人生に常につきまとってきた、底意地悪い神の哄笑を。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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