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呉智英氏が、知識人論から漫画評論まで語り尽くす 第2回

 

「現代人の論語」や「真実の『名古屋論』 トンデモ名古屋論を撃つ」などの多数の著書がある評論家の呉智英氏。インタビュー第2弾の今回は、論語への造詣も深い呉氏に、その魅力について語っていただきました。

 

9割の人は論語を誤読している?!

 

――呉さんの著作全般に言えることですが、みんなが思考停止状態に陥ったり、当たり前に使っていることに対して、常に指摘をするじゃないですか。その指摘が昔からぶれない呉さんのスタンスだなと思うのですが、先生の存在意義や言論界での立ち位置というのはあるのでしょうか?

 

ちょっと掘り下げてみたり、ちょっと裏を見てみれば色んなことがよく分かるのに、みんなが気づかないことが不思議なんだよね。まず疑問を持つかどうかだね。これおかしいんじゃないかって。

調べるときに、そんなに難しい特殊な資料をどこかの旧家に行って、古文書を見せてもらって、いちから調べる必要はないんですよ(笑)。普通にあるんです。これは明治からの日本の蓄積。これが江戸時代だったら、それこそ杉田玄白、前野良沢の「ターヘルアナトミア」じゃないけどさ、人間の体の中どうなっているだろうということ自体がまず分からないからオランダから今のお金で何百万円もする原書を取り寄せて、辞書もないまま、どういう意味だろうとやって「ターヘルアナトミア」ができるわけだよね。同時に人間の体を解剖しなきゃいけないわけだから、処刑された人の体をもらってきて、それを腑分けして…そんなことする必要ないわけだよ(笑)

医学に興味があるなら医学の本を読めばいいわけで。それも医者が読んでいるような専門書じゃなくて、もうちょっと一般書のようなものを読めばいい。いかにもいい加減なのは別だけれど。

 

――「論語」のご著作では、みんな論語を読んでいるはずなのに読んでいないじゃないかと前書きに書かれていました。

 

そうなの。原書でね、古文書なんとか館みたいなところ行ってね、宋の時代の論語がこうで…とかそんなことやる必要ないんだって。

とにかく吉川幸次郎の論語の本は生きている時も十何年、亡くなって十何年、約30年、直らないまま、みんな気付かずに読んでいる。「この本は名著だ!」とか言って。気づいたのなら直させるべきなんだけど、気づかずに読んでいる。

「自分は論語を愛読しています」とか言っている人でも、有名な学而編の第1章は誤読している。9割以上は誤読していると思う。「学而時習之。不亦説乎」(「学びて時に之を習ふ。亦説ばしからずや」)というのを「時に」というのを、「学んで時々おさらいをする」と誤読する。あれは「時を選んで」という意味。多分高校の漢文の授業の時に、先生が言っているはずなんだけど、ひょっとしたら漢文の先生さえも間違えている可能性がある(笑)。

中には頭のいいやつがいて、朱子が注釈をした「論語集注」という本があるんだけれども、それを読むやつがいてね。「朱子の注では『時に』を『時々』と言っている」というやつがいるんだよ。それは結構勉強しているから偉いと思うんだけど、それは時々じゃないんだよね。「時々」と書いてあるけど、「ときどき」というのは訓読みなんです。「じじ」というのは「いつも」という意味。「学んでいつも繰り返しておさらいをしなくてはいけない」と朱子は言っている。日本語読みをすると時々になるから、「学んで時々おさらいをする」となるけど、違うんだよ。論語本論は「時を選んで」という意味に、普通解釈する。なまじ漢字が読めるから誤読しちゃうんですよね。

 

 

ーー

 

孔子という人物と中華思想

 

――「論語」の何が魅力だとお考えですか?

 

まず孔子という人物が非常に面白い。…これもですね、井上靖の「孔子」という本がベストセラーになって外国語にも翻訳されていて…あれはね、俺は国辱だと思っている。なぜなら論語や孔子についての解釈が、100年ぐらい前の解釈なんだよ。全然現代の学問水準ではついて行っていない。誤読もあるし、孔子像についての研究は進んでいるから。だけれど、みんなあれをありがたがってね。あれが出た時は文芸書のところに加え、ビジネス書のところにも並んでいるんだけれど、ビジネスに学問にも何にも役に立たないのに、翻訳されて売れている状況なわけですよ。

支那が中華思想ナショナリズムで、アジア全体を束ねようという意図がある。これもちょっと詳しく話しておくと、今、日本の領海侵犯でもめているよね。これはかつて19世紀ぐらいまで列強諸国がやっていた侵略戦争とはちょっと違うんですよ。結果的には同じ、例えば尖閣らへんにある地下資源を自分のものにしたり、島を自分の国のものにすると漁業資源が自分のものになったりとかそういう意図はあるんだけれども、裏にある思想はちょっと微妙に違うんですよ。

かつてヨーロッパがやっていた植民地戦争っていうのはね、アフリカとか中南米に行ってそこにある富を全部かっさらった。植民地あるいはその後進国への侵略行為だった。ところが支那がやっているのは中華思想なんだよね。中華文化圏を作りたいという気持ちがずっとあるんですよ。21世紀の始まりの頃にグローバリズムが盛んに言われるようになって、なんとなくこれからはグローバリズムになって、ネーションステイト(国民国家)がなくなっていくんだって言われた。けど、それはそうじゃなかったことは歴史が証明してる。

1国1国が自分の国益とか考える時代ではなくてグローバルリズムになる時代だと言われていたけれど、これは根本的に間違えていた。資本主義だけがグローバリズムになった。国際資本というのが現れてきたわけで、国家単位の資本じゃないものが動き出しているというのがある。つまり、経済とか物流に関してグローバルになっているけれど、政治体制としてはグローバリズムじゃないんだよね。

そうが言われた時に一つの中心になったのがEUなんだよね。世界は一つの大きな国になるんだいたいなことを言われたけれど、EUはよく考えてみると、神聖ローマ帝国なんだよ。神聖ローマ帝国については、俺、世界史のテストも前日に覚えるタイプだったから深く考えていないんだけど(笑)、ローマじゃなくてドイツ、ゲルマンなんですよ。EUの中心は結局はドイツ。横にフランスがくっついたりちょこちょこしているけれども、基本はドイツだし、イギリスが離脱するのも同じ。イギリスは神聖ローマ帝国に入っていないからね。

あぁそうか。ヨーロッパ人は基本的に神聖ローマ帝国への郷愁が心の中にあるんだと分かるんです。21世紀はかつての1国ごとのナショナリズムの角逐・争いではなくて、文明圏同士の対立、うまくいけば協力なんだけど、対立が起きてくるだろうなというのはなんとなく分かる。

 

 

アジアで考えた場合は、蒙古の問題を考えなきゃいけない。大中華帝国、支那を中心とした中華帝国への郷愁はみんな持っているはずなんだよね。文明国同士が乱立する時代に21世紀はこれからもますますはなっていくだろうなと。アジアのことを考える時は支那の場合は、大中華帝国構想というのは常にある。支那の国の事情をいろいろ考えた時に、日本をはじめ欧米列強に何度も侵食されてね、それから立ち上がるときに社会主義をとったが、上手くいかない。大中華帝国への郷愁があるもんだから、文化大革命では批林批孔と言って、孔子像を壊したりめちゃくちゃなことをやった。でも、そのあと今は自分たちの大中華帝国のシンボルとして孔子をしきりに言い出している。

まぁ典型は、彼らの文化戦争として考えているんだけど、世界各地に孔子学院をめちゃくちゃ作っている。こないだまで孔子像打倒と言っていたのに、自分たちの民族のシンボルにしているんですよ。

さらにおかしいのは、支那は実はでかい国だから、蒙古とか北の方で化石が出るんだよね。ゴビ砂漠の方に恐竜化石が出たり、始祖鳥の類縁が出たりする。それで、始祖鳥の類縁が発掘された時にね、名前を「孔子鳥」と名付けるんだよね。

これは論語読んでいればめちゃくちゃな話。論語の思想、つまり儒教の思想の柱の幾つかのうちの一つは、人間はケダモノとは違うんだというのが一番大きなところにあるんです。支那も日本も家を大事にするといわれているけれど、支那では夫婦別姓なんです。一つには自分のところには、よそ者は入れないという意識がある。もう一つは同じ姓同士がセックスをするのはケダモノと一緒だという意識がある。同じ姓同士のものは結婚をしない。ケダモノはね、鳥なんか飼えばよくわかると思うけど、親子だろうが兄妹だろうが勝手に交尾をして増える。あれはケダモノだからあぁいうことをするんだ、人間はそういうことはしないんだ、だから姓の同じもの同士は結婚しないんだ、セックスをしないんだというのが儒教文化圏の伝統なのね。それほどケダモノを嫌っていながらね、自分のところのシンボル、孔子先生の名前を鳥につけるとは何事だと。俺はいつも笑っている。無茶苦茶なことをやっているんだよね。彼ら自身何もわかっていない。

 

――アイコンとして孔子があるのでしょうね。

 

そうそう。しかも孔子学院というのを作って、日本中のあちこちに奨学金をつけて、支那語や支那文化を勉強させる。そういうのを見てもわかるように、儒教とか孔子とか論語は支那人にとってはものすごく大事な心の故郷みたいになっている。自分たちの文化圏のシンボルにしている。ところが読んでみると全然違うというところが面白いんだよね。

 

 

革命権、不倫、君主論…様々な視点を持つ論語

 

――革命権の行使まで論語に出ているというのは意外でした。

 

そう、全然イメージと違うの。孔子先生が反乱軍に参加した話なんかは分かりやすい。普通の論語解説書はめんどくさいから飛ばすんだよね、なかったことにしている。つじつまが合わないから(笑)。でも、論語の本文読むとね、孔子は明らかに革命軍に参加しようとしている。そういうところが面白いよね。

あと、もう一つは不倫問題。不倫が一般的にいいか悪いかで言ったら悪いんだけど、概ねみんなやるんだよ(笑)。実際にやるかやらないかは置いておいて。「そういうのはいけません」と説いているのかなと思うと、孔子先生は不倫をやっていて、しかも王妃とやっている。これはかなりひどいよね。

谷崎潤一郎がそのことに触れているんです。谷崎は儒教的な社会に理想郷を作ろうという社会思想と正反対のタイプの人。彼の中で興味があるのは9割は恋愛セックスの喜び、1割は食い物の喜び。つまり両方とも官能的な喜びを満たすのが人間の一番の使命であるぐらいな感じで書いている。ところが彼の中で違うのが「麒麟」。論語をヒントにして、青年谷崎がよくこう言う発想で書いたなと思うんだけど、孔子が王妃と不倫をしている話がチラッと出てくる。現代ならもっと濃厚なところまでかけたと思うけど、ちょろっとしかして書いてない。儒教的な生き方、つまり世の中に理想社会を実現するという生き方と正反対の谷崎であったが故に、そこをつかんだのが面白いところだよね。

 

 

――谷崎は論語を精読してそこに気がついたのでしょうか。

 

あの頃の教養人だから当然読んでいるでしょう。でも、司馬遷の「史記」にも同じ話が出てくるから、それを読んでいた可能性もあるよね。読めば論語の方にフィードバックできるし。司馬遷の史記でも、谷崎クラスだったら、現代語訳じゃなくて原文で読んでいる可能性があるけど。

 

――「現代人の論語」で、呉さんはかなり踏み込んで孔子像に踏み込んでいて、物語としての面白さに迫っていました。「退屈な道徳書と思われている論語を人類初の初期の思想家として怒りや喜びやユーモアを読み取ってこの本を書きました」と書いてあるけれど、呉さんの孔子像とは?

 

まさに要約して読んでくれた通り。戦い、傷つき、時にホッとするような生々しい思想家だよね。力強い気持ちもありながら、時々めげそうになったりする。これがやはり面白い。

今から大雑把に2500年前に、世界各地に偶然にいろんな文化圏で、のちに重要になる人物が出てくるんですよね。このことをカール・ヤスパースというドイツの思想家で、俺たちの世代だとまぁ読書好きのものは大抵読んでいたドイツの哲学者がいるんだけれど、その人の哲学入門のような本が幾つか出ていて、そのヤスパースが2500年前ぐらいの時代を「軸の時代」と呼んでいる。

のちの思想の軸となる人物がね、いっぱい出たと。ソクラテスであり、孔子であり、釈迦であり、他にも何人か上げているんだけど、各文明圏ごとに全く偶然に、影響を受けずに。思想内容も影響は受けていないんですよ。それが軸になって続いているというんだけど、その原型の一人なんだよね。

 

 

――「現代人の論語」で気になったのが、支配・統治・指導と言った政治の中核をなす概念についてです。呉さんはオブラートに包んだ言い方をしているけれど、現在の日本において、論語が示唆する支配・統治・指導、本が書かれた1990年代と今の2018年は政治状況は変わっているので同じ意見ではないと思うけれど、どういう風に見ていらっしゃいますか?

 

現代の社会を考える時の根本問題だよね。政治家・指導者、今の日本で中心になっているのは当然安倍政権。アメリカの指導者で言えばトランプ。そういう人たちに求められているのは何かという問題なんですよ。

そういう時に非常に立派な人物だけど、政治的手腕が全然なかったらダメなんだよね。そこで、はっきり言って、安倍というのはあんまりすごい人物だとは思えない。ただ結果的にね、消去法でね、他があまりにもダメだし、現にそういう形で選ばれてきて、しょうがないかなという風に思わせてきた。一部では安倍はダメだダメだと言っているけれど、そいつらの言っていることの方がはるかにダメで、安倍しかいない。ところが漢字の読み方さえできない、酷い状況なわけで(笑)。教養とか知性とかはそんなものは何もないんだなというのはよくわかるよね。

政治とは何かという非常に大きな人類史的な大きなテーマがそこに出てくる。政治よりも、軍人って考えると分かりやすいかな。政治と軍事は実はものすごく近い。軍事は政治の形の変わったものである、逆に言えば、政治は戦争の形が変わったものである。実は裏表、同じようなものなんだよね。ものすごく強い軍人が大将になれば戦争は勝てる。立派な人間になっても戦争は勝てるかわからない。そういう問題が出てくる。これは人類史の永遠のテーマのようなもので簡単に答えは出ないんだよね。

 

 

まずは頭にクエスチョン。与えられた情報を鵜呑みにしていては、得られるものに限りがある。世の中を面白がりたいなら、疑問を抱くことが鍵であるらしい……。

 

 

 

 

 

 

呉智英氏が、知識人論から漫画評論まで語り尽くす 第1回

呉智英氏が、知識人論から漫画評論まで語り尽くす 第3回

 

 

写真:田形千紘   文:五月女菜穂

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
呉 智英

呉 智英

1946(昭和21)年、愛知県生れ。早稲田大学卒業。マンガ評論、知識人論など、さまざまな分野で執筆活動を展開している。日本マンガ学会前会長。『現代人の論語』『つぎはぎ仏教入門』『吉本隆明という「共同幻想」』『愚民文明の暴走』(適菜収氏との共著)など著書多数。

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