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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第56回〜

 

 

〜連載第56回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

「ナルシシズム」について、もう何年も考え続けてきた。

我々にとって自己愛は必要不可欠なものである。

自分を守ることは、すべての生き物にとって重要な基本的欲求だ。

だが我々は他の生き物に比べて、もっと複雑で厄介な自己愛を抱えており、私はそれを「ナルシシズム」と呼んでいる。

 

ナルシシズムの何が厄介かというと、「自分が好き過ぎて正当な自己評価ができない」という点だ。

「ナルシシズム」の語源となったギリシャ神話の美少年ナルキッソスは、水に映った己の美しさに見惚れ、寝食を忘れて命を落とす。

同様に、我々もまた実物以上の「理想の自己像」を脳内の鏡に映し、それを「本当の自分」だと思い込んで、その自己像を守るために「自己欺瞞」や「自己正当化」に血道をあげるのだ。

 

「私は正しい」「私は優れている」「私はもっと認められるべきだ」という盲目的な自惚れは、「ゆえに私を正当に評価しない他者や世界が間違っている」という他罰的思考にいともたやすく結びつき、不満と被害者意識と攻撃性を募らせていく。

ネットで他人を叩いて鬱憤を晴らしている人々は、この典型的なタイプだ。

どうしようもなく凡庸で愚かで間違いだらけな自分を受け容れられない。

だから、他者にマウンティングすることで得られるちっぽけな優越感を心の支えにする。

 

これらはすべて、生きるために必要な本来の自己愛ではなく、肥大したナルシシズムから生まれた愚行である。

「脳内自己像」への愛着が肥大して現実世界に適応できなくなった、「ナルシシズムの病」なのだ。

 

とはいえ、「正しい自己像」を持つのは至難の業だ。

我々は自分自身に対して、ついつい採点が甘くなる。

油断するとすぐにナルシシズムで目が曇り、脳内の鏡に現実とはかけ離れた理想像を描いてしまう。

そのために、我々は意識的に「客観性」を持とうと努力する必要がある。

私でありながら、私を他者の目で監視する「他者なる私」だ。

その「他者なる私」は容赦なく、周囲の人々の気づかぬ欺瞞や嘘にも敏感に反応する。

何しろ自分のことなのだから、自分の嘘を見破る目には長けているのだ。

 

誰かを攻撃したくなったら、何故その相手を憎むのか、と「他者なる私」が問いかけてくる。

「だって向こうが間違ってる」と答えたら、「じゃあ自分はそんなに正しいのか?」「自分が正しいと思う根拠は何か?」とさらに詰め寄る。

そうやって、思い浮かぶ限りの自分への反論に答えていくうちに、正しさの裏に隠れていた嫉妬や逆恨みといった感情が露わになってきたりする。

そして、我々は知るのである。

自分は正しくないのだ、と。

正しさというのは、往々にして自分の本当の気持ちを隠すための自己欺瞞の煙幕なのだ、と。

正しさに酔っていると気持ちいいのは、その正体がナルシシズムだからなのだ、ということを。

 

ナルシシズムは、自分を正当化するために、じつに巧妙な嘘を作り出す。

一番多く使われる嘘が「正義」だ。

その次に多く使われる嘘が「愛」だ。

「愛」と「正義」の威を借りると、人はたちまち自分に酔い、何か崇高なものに身を捧げているかのような快感を得る。

じつのところ、自分の低俗な欲望を満たしているに過ぎないのに、「愛のため」「正義のため」という金ぴかのメッキで、その愚劣さは覆い隠されてしまうのだ。

人間にとって「愛」と「正義」という言い訳がどれほど快感であるかは、映画やドラマを観ているとよくわかる。

愛のため、正義のために戦うことを称揚する作品のいかに多いことか。

そのためなら人殺しすら正当化される勢いだ。

 

「愛」や「正義」は、ナルシシズムがお得意とする錬金術だ。

馬の糞を金塊に変える魔法のように、己の醜悪さや矮小さを崇高なものに変えてくれる。

だが、それは怪しい目くらましの幻術だ。

眩いばかりに加工されても、本質が馬の糞であることに変わりはない。

なのに人はいとも簡単にこの幻術に引っかかる。

 

それは、自分が崇高な人間であると思いたいからだ。

本当はそれが身勝手でエゴイスティックな欲望に過ぎないという事実を認めたくないからだ。

こうして言い訳や欺瞞を繰り返しているうちに、ナルシシズムは肥大して、癌のように全身に広がっていく。

脳内の鏡に映った自分の姿は凛々しく美しく意気揚々と武器を掲げているだろう。

だが、その実態は卑劣で自惚れきったニヤケ面だ。

嘘と言い訳で塗り固めた自己像に見惚れて、それを自分の本当の姿だと思い込み、やたら他者を攻撃して悦に入ったり姑息な隠蔽工作を一生続けるだけの愚か者に過ぎない。

 

我々は自分に対してできるだけ辛辣であるべきだと私は思っている。

自分に対して辛辣な人間を「自己評価が低い」などと評する者がいるが、自己評価なんて少々低めに見積もっていたほうが己の実態に近いものだ。

何故ならたいていの人間はナルシシズムゆえに自分を高めに見積もるからだ。

そして高すぎる自己評価は事故の元である。

万能感に浸されて、とてつもなく傲慢で残忍な人間になる。

 

連続殺人鬼のテッド・バンディは、肥大したナルシシズムの塊であった。

女をレイプして殺す時、彼はひととき「神」になれた。

女を支配し、脅えさせ、その命を奪う万能者の気分を味わえたのだ。

彼が殺した女たちは、いずれも長い栗色の髪をしていた。

それは彼が大学時代に恋した裕福な女子大生にそっくりだった。

貧しかった彼は彼女の金銭感覚についていけず、二人の恋は破綻した。

その失恋体験は、彼に根深い劣等感を与えた。

そして彼は自分に惨めな思いをさせた元恋人への復讐のように、彼女によく似た女たちを餌食にしたのである。

 

警察に捕まって裁判にかけられても、彼は自分が有罪になるとは思ってなかった。

彼は国選弁護士をクビにして、法廷で自らを弁護した。

弁護士などよりも自分の方がずっと頭がいいと思っていたのである。

マスコミは彼を追いかけ回し、彼はちょっとしたスター気分を楽しんだ。

彼の犯した犯罪や、傲慢で非常識な言動を、サイコパスのせいにして片づけるのは簡単だ。

だが私は、彼を読み解くカギはそこにはないと考えている。

彼を突き動かしていたのは、肥大し過ぎたナルシシズムだと感じるからだ。

 

彼は息をするように嘘をついた。

その嘘はいずれも、自分をより高く大きく飾り立てるための嘘だった。

だが、彼の中では、それが「本当の俺」だったのだろう。

実物以上の自己像を作り上げ、それを本気で信じてしまったのだ。

私は彼を笑えない。

肥大したナルシシズムによって自分を見失うという愚行は、誰もが日常的にやっている行為だからだ。

 

彼はナルシシズムの地獄に堕ちた。

そして、我々もまた、その地獄にいつ足を取られてもおかしくない。

「愛」と「正義」が大好きな人たちは、もう既にその場所にいるのだ。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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