人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

アラフィフ流マイペースな音楽人生。ササキオサム氏の自然体なカッコよさ

 

1996年にデビューしたバンド・ムーンチャイルド。90年代ミュージックシーンに登場して間もなく、シングル『エスケイプ』がオリコンチャート1位の大ヒットを飛ばしました。

この年は安室奈美恵さん『can you celebrate?』、Kinki Kids『硝子の少年』、SPEED『White Love』、ミスチル『エブリシング』などヒット曲多数。

ところが突如としてムーンチャイルドは解散。

今回はボーカルを務めたササキオサム氏に、ムーンチャイルド結成から解散までのエピソード、現在の音楽活動などについてお話を伺いました。

 

──音楽業界エネルギッシュだった90年代。

激戦時代にオリコンチャート1位を獲得したムーンチャイルドですが、デビューから一年で大ヒットを飛ばした生活はどのようなものでしたか?

 

当時は一、二年で結果が出ないとすぐ切られてしまうんです。

結果を出さなければみんなクビ。

三年契約をしたけどそんなのどうでもいい感じでとにかく頑張りました。

『エスケイプ』がヒットしても給料は少なかったですよ(笑)。

事務所が俺たちを売り出してくれているというのは感じたのですが、売れている感じはあまりしなかったんです。

印税は一年後にどーんと入ったので、その頃から生活が変わりました。

 

 

──『エスケイプ』は、ササキさんの甘いマスクとインパクトのあるボーカル、キャッチ―なイントロなど印象的な曲ですよね。

 

『ファイブ』というドラマの主題歌でした。

あのドラマは最初、エスケイプというタイトルだったんです。

エスケイプと書かれた台本をもらって、主題歌を書いてくれと言われました。

女の子たちのスパイ大作戦の内容だったので、「スパイならこれだ!」とイントロはすぐに決まりました。

 

 

──60年代や70年代っぽいサウンドを感じます。

90年代って、ちょっと昔の音が新しく聞こえました。

 

僕、ムーンライダーズとか好きだったんです。

渋谷系とかもありましたし、ソウルや60’ロック、サーフミュージックも曲作りに取り入れたり。

使えるものは使いました(笑)。

僕は曲を作るとき、アコギ一本で作らないんです。

ドラムの打ち込みから、ベース、ギターまでやってデモテープを作ります。

フレーズやリフも自分で作りますね。

中学生のときからずっとこのスタイルです。

バンドもデモテープをみんなに聞いてもらって演奏します。

 

 

──ササキさんの曲を聞くと音楽好きなんだなというのがすごく伝わってきます。

プロを目指したのはいつから?

 

中学生のときに決めました。

佐野元春さんに憧れて作曲自体は小学生の頃からしていたのですが、中学3年のときに旺文社とソニーの「全国中学生テープ大賞」に応募しました。

自身で作詞作曲編曲したオリジナル曲のデモテープを送ったらグランプリを獲れたんです。

「日本一だ!」と自信をつけてプロになろうと思い地元でバンドを組みました。

高校のときはバンド仲間がテレビ局に送ったライブビデオが採用され、「イカ天」に出場したんです。

東京まで行ったけど著名な音楽評論家の二人に赤ランプをつけられて完奏ができなくて、ダメなのかなと落ち込みましたよ。

でもギタリストの伊藤銀次さんが僕らを岩手のa-haと褒めてくれて賞が頂けたのでプロを目指して頑張る励みになりました。

 

 

──そのバンドは、後のムーンチャイルドでしたか?

 

違いましたが、バンドでデビューしようと思って東京に行きました。

僕が東京の大学に入ったのは、その4年間でデビューしようと目指したからです。

でも僕は一年浪人しちゃいまして……。

その間にバンドに違うボーカルが入っていたんです。

自分が作ったバンドなのに(笑)。

それでソロになろうと思って、大学二年のときソニーのオーディションに参加しました。

いいところまで行ったんですけど、「なんか弱い」と落とされて。

当時のディレクターに「バンドやった方がいいんじゃない?」と言われたので、一からバンドメンバーを探し始めました。

そうしてできたのがムーンチャイルドです。

 

──メンバー探しはどうやって?

 

まずは中学からずっと一緒にやっているギタリストとメンバー探し。

プレイヤーという雑誌に「完全プロ志向バンド、ドラム募集!ボーカルはソニーにコネあり」と書いたら、けっこうハガキがきたんです。

そのうちの一人が樫山君。

のちにムーンチャイルドのリーダーとなる人でした。

でもベースを募集し忘れていたので、しばらく僕がベースを弾きながら歌っていました。

僕の他にドラム、ギターしかいなかった(笑)。

最初のライブが下北だったんですが、ギタリストが就職するからと言ってバンドをやめちゃった。

 

 

──メンバー探しって一筋縄ではいかないですね。

デビューが決まったのはいつですか?

 

大学4年のときにいろいろ動き出しました。

デビューという雑誌で調べて、レコード会社や事務所にデモテープを郵送したんです。80本くらいだったかな。

そのなかの3社から連絡が来ました。

一社は「演奏が未熟だから一か月したらまた来て」と言われたのですが、その間に「よし、レコーディングしちゃおう!」と熱烈に言ってくれるほかの会社との話が進んだんです。

 

──進むときはトントン話が進むんですねぇ!

 

そうですね。でも右も左もわからなかったので事務所の人についていって、ビクターで録音したんです。

そのときのスタジオミュージシャンのギターがムーンチャイルドのギタリストになりました。

 

 

──エスケイプのヒット後、CMがどんどん決まっていたように思います。

 

そうですね。

レーベルがエイベックストラックスだったのですが、エイベックス初のバンドということもあってか、この会社のすごいところは全部タイアップがついていること。

デビュー曲から内田有紀さん出演のビクトリアCMとのタイアップでした。

本当にびっくりしましたよ。

アマチュアのときはライブをしてもお客さんが0人。

デビューした途端、いつものライブハウスが200人満員ですから。

 

──97年のエスケイプのヒットから、99年までCMタイアップが続く絶頂のなかで解散したんですよね。

 

疲れちゃったんです、働きすぎて(笑)。

デビューしたとき、僕は5曲しか持っていなかったんです。

中学時代からデビューするまで作ったデモ曲の数は100曲以上ありましたが、人に聞いてもらうクオリティのあるものは5曲くらい。

エイベックスって、リリースがすごく速いんです。

タイアップ先行で絵コンテを見せられて、それに合う曲を作ります。

たくさん曲を作らなくちゃいけないので、メンバーとも話さなくなって、どんどん孤立していく感じでした。

地方ライブの打ち上げでどんちゃん騒ぎしても、僕だけマネージャーに帰らされて「曲を書け!」と……。

やるせない気持ちになりましたよ。

 

 

──仕事があると思うと頭が休まりませんよね。

解散に至ったのはなぜでしょう。

 

綺麗ごとにしか聞こえないかもしれないけど、音楽性の違いでした。

大抵は音楽性が違くても仕事だから割り切れるんですけど、ムーンチャイルドはみんなマイペースでした(笑)。

「このままこのバンドにいたら演奏が下手になる。

もっとうまい人とやりたい」と言うメンバーもいました。

もっと腕を鍛えたかったみたいで、僕もそれを聞いて心が打たれました。

僕もムーンチャイルドでできることはやったと思ったんです。

僕は好きな音楽がいっぱいあって、でも全部をひとりでできるわけじゃない。

バンドでやれることをできたんです。

 

──ササキさんにとってムーンチャイルドはどんな音楽でしたか?

 

ムーンチャイルドの最初のコンセプトはバートバカラック。

コンテンポラリーで誰もがいいと思う曲を作りたかった。

カーペンターズのような音楽をロックバンドでやったら面白そうと思ったんです。

だけど一枚目のアルバムがあまりセールス的に成功しなかったようで新しいディレクターが入ってきました。

それがブルーハーツの元マネージャーの方で、「ホーンをカットしてもっとロックに!」と言われて作ったアルバムが一番のヒット曲になった『エスケイプ』が収録されてる『マイリトルレッドブック』です。

3枚目のアルバム『ポップアンドデカダンス』は井上鑑さんというアレンジャーの方に入っていただきました。

寺尾聰さんの曲「ルビーの指輪」をアレンジした方です。

井上さんには「ムーンチャイルドをぶっ壊してください」とお願いして(笑)。

ドラムが全く入っていない曲をレコーディングしたり、ギタリストがいるのに自分がギターのリードを弾いたり、ムチャクチャやって、やりたいことが出来ました。

やりきったからかな。

解散ツアーはメンバーみんなが明るかったです。

 

 

──もともとササキさんがやりたい音楽はどんなジャンルでしたか?

 

BLANKY JET CITYがすごく好きなんですけど、僕にタトゥーは似合わない。

忌野清志郎さんが好きで音楽を始めたけど、清志郎さんの歌を真似できてもそれを歌っている僕は違う。

こういうことを考えていたんです。

デビューするときは客観的に考えました。

その結果がムーンチャイルドでした。

だからムーンチャイルドの音楽が自分のやりたいことだったかと聞かれると違うかもしれない。

でもいろいろな人に注目してもらうためにはあの音楽だったんです。

 

 

 

──当時24、25歳でそういう考えを?達観してますね。

 

ブルーハーツが好きなら大体はパンクバンドを組む。

でも僕は、そういう人じゃなかった。

好きだけど、似合わない。それが自分でわかってしまったから。

もっと若い高校生のときはイカ天が流行っていたし、意識的に変なことをしていました。

女装したり、メイクしたり(笑)。

東京に来たときは「今までの奇をてらったことをしてきた自分を捨てよう。

ナチュラルな恰好ですごいことをやる奴になろう!」と思ったんです。

 

──アラフィフとなった現在。

ササキさんのHPにある新曲がまたいいですよね。

20代のムーンチャイルドを経て、現在の音楽の好みに変化はありましたか?

 

 

常に新しい音楽を聞くようにしています。

詩や曲は今出ているものに合わせてもすでに遅い。

ですから音作りは参考にする程度ですね。

レコード会社をやめて十年以上経ちます。

ムーンチャイルドが終わるとともに事務所を移籍して、スクリプトというファンクメインのバンドをやりましたが、それは2年でメジャーシーンから離脱。

2003年からずっとインディーズです。

間にリッケンズというグループで再デビューしましたが。

僕はほかにやることがないから、音楽くらいしかできないですね(笑)。

 

──楽曲提供でも活躍されてますよね。

 

オファーが来たものをやらせてもらっています。

コンペに参加するのが苦手で……(笑)。

どんどん若い子たちが台頭しているので、たいへんな世界です。

なんでも競争でしょう。

20代でそういう世界を経験したので、30代からはずっとマイペースにやっています。

ギラギラしたものが自分にはないみたいです(笑)。

 

──マイペースといいつつ、近年も声量がすごく出ていて衰えていないじゃないですか。

 

練習するほど上がってきます。丁寧に声を使って行けばよくなるものですから。

年齢を重ねるほど声量は良くなると思います。

高い声は昔のほうが出やすいようですが。

すごくストイックに練習しているわけではないですけど、毎日歌っていますし、楽器を弾かない日はないです。

 

 

──声のケアに気をつけていることはありますか?

 

特にはあんまり。気をつけすぎないのが僕のスタイルです。

でも2006年にタバコはやめました。

それまでヘビースモーカーだったのですが、やめたとたんに良くなったんです。

タバコを吸って声を出す習慣になっている人は、禁煙で声が思うように出なくなることもあるみたいですね。

僕はもともと歌うなら、5時間くらいまえに起きて体を動かしておかないと声が出なかったんです。

でもタバコをやめたら朝から声が出る。体に悪いことしていたんだなと気づきました。

 

──当時は甘いマスクでバンドのボーカル。かなりモテたのでは?

 

いいえ、モテるチャンスがなかったんです。

曲を書かなきゃいけなくて時間がなかった。

それに僕は性格が地味で、お金があっても遊べない。

遊びに行っても高円寺。六本木とか行けなくて(笑)。

 

 

──ギラギラ感は薄かったんですね。

そんなササキさんが思うカッコイイ男性というと?

 

自然体の人がカッコイイですね。

カッコつけは一番カッコ悪いのでやらないようにしてます。

若い頃は松田優作さんに憧れていてテレビドラマの『探偵物語』を見ていました。

今は吉田鋼太郎さんとかカッコイイなぁと。

それで僕も髭を生やしてちょいワル親父っぽくしたこともあるんですけど、ファンからはあまり……(笑)。

 

──ファンの意見を大事にされているササキさん。

最近、幸せを感じる瞬間はどんなときですか?

 

酒を飲んでいるときですね!

 

 

──(笑)。

 

でも本当の幸せは、ものすごくいい曲を書けたとき。

音楽事務所やメジャーレーベルに所属していない分、僕は自由にできるんです。

もちろんリスクもありますが。リスクをどれだけ楽しめるかというのもこの職業の醍醐味かも。

事務所に所属していれば関わる人が多いから売れるチャンスもある。

でも僕はそういう世界を卒業して、今だからこそひとりでどこまでできるのか、常に自分自身の真価に問いかけながらやってみています。

いい曲を書けたら朝まで飲みます。

大体は家飲みです。家飲みでならいつ気を失っても大丈夫(笑)。

 

──いい曲書いていいお酒!ですね。

 

生みの苦しみはすごいですから。40代ならではの経験を積んで、次につなげたいです。

いい経験をしていきたいですね。

大人な雰囲気でビルボードライブもいつかできるように頑張ります。

 

好きなことを続けるのは意外と難しい、しかもそれが仕事ならなおさらです。

自然体で音楽を生み出し続けるササキオサム氏は、カッコイイアラフィフのお手本みたいな人。

自分の人生、マイペースに生きていくのも素敵です。ササキオサム氏のように、自分のペースを発見してみてはいかがでしょう。

 

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港区新橋にあるAGA・薄毛専門の医療機関。

診察時間(完全予約制)
月/火/木/金/土 11:00~22:00(休診日:水曜日)
日曜・祝日
11:00~19:00
TEL
0120-972-335
住所
東京都港区新橋1-9-5

AGA治療薄⽑専⾨ 銀座総合美容クリニック

 

──ササキさんは髪の毛も体型もあの頃とあまり変わらないですね。

 

体型は悩んでいますよ!

ムーンチャイルドの頃より15キロ太っちゃった。

いろいろなダイエット方法を調べるんですけど、かなりお酒を飲んじゃうから、何をしても無駄になる……。

見られる商売なので多少はちゃんとしなきゃと思って、走ったりしてたんですが腰を痛めたことがあったり。

今は毎日1万歩を歩くようにしています。

 

 

──アラフィフともなるとヘアスタイルにも悩んだりしませんか?

 

僕はすごく直毛なので常にパーマをかけています。あと白髪もちらほら出てきました。

ミュージシャンだから常に若々しくいたい気持ちもありますが、白髪が似合うかっこいい年齢の重ね方したいですね。

 

──(笑)。もしササキさんが薄毛になったらどうします?

隠そうとしないのがいいと思います。短くするのもいいかな。僕が薄毛になったらスキンヘッドにするかも。

今っていろいろな技術がありますよね。でも薄毛になったら一番に専門クリニックに相談したいです。

 

──今回のインタビューは、AGA治療という薄毛治療を行っている銀座総合美容クリニックさんの企画です。

治療で発毛の効果が出てくると、実際に髪を生やすことにより外見が変わる事もそうですが、そのことで自分自身に自信が持てるようになり、新たなことにチャレンジできるようになる、メンタル面の変化が大事なようです

 

自分自身に自信が持てるということは元気になるってことですからとてもいいことだと思います。

 

 

──頭髪へのコンプレックスがなくなることで、日々の生活を明るく楽しく過ごせるようになる方も多いらしいです。

そんな医療機関が最近ではあるのですが、ササキさんはどう思われますか?

 

それはグッドニュースですね。進歩してますね。

皆さんが日々自分らしく明るく楽しく生活できることはとても素敵なことだと思います。

 

 

銀座総合美容クリニック

東京都港区新橋1-9-5新橋M-SQUARE Bright4・5F

診療時間 (完全予約制)

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AGAの銀座総合美容クリニックHP

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
大人の生き方マガジンMOC(モック)
Moment Of Choice-MOC.STYLE

 

PROFILE

ササキ オサム

1971年10月26日生まれ 
1996年にロックバンド"MOON CHILD" のVocal & Guitar としてavex trax よりメジャーデビュー。
’97年にリリースした5th シングル「ESCAPE」の大ヒットで一躍その名を全国に轟かせる。(オリコンシングルチャート1 位を獲得)
1999年2月の渋谷公会堂ライブをもってバンドは解散。
2017年にMOON CHILDギタリスト秋山浩徳と不定期にオサムとヒロノリLIVEを開催。
2018年にはSASAKI OSAMU TRIO BANDの活動を開始させる。
楽曲提供は「AAA」「Do As Infinity」「島谷ひとみ」「加藤和樹」「John-Hoon」「上木彩矢」「JURIAN BEAT CRISIS 」「ぽこた」...etc 多数。

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