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YES!炎上、NO!欺瞞。言いたいことを言うのが僕だ。高須克弥氏インタビュー【第1回】

 

日本で広く知られる美容整形外科ドクター・高須克弥氏。

江戸時代から続く医者の家系に育ち、国内外の美容外科を牽引してきました。

ヘリコプターを乗り回し「YES!高須クリニック」のポーズを決める姿は、医者らしからぬユニークさ。

歯に衣着せぬ物言いで、日本の報道、政治、外交に切り込むTwitterはフォロワー数が30万を突破中です。

インタビュー第1回目では、言いたいことを言わずにはいられないその性分がいかにして培われたのかを探っていきます。

 

──2018年3月に出版された著書『炎上上等(扶桑社)』は、「言いたいことが言えない世の中をぶった斬る」をテーマに、報道や政治、国防に対する高須先生の生の声を書かれていますね。

 

その本いまひとつ話題になっていなくてイライラしてるの(笑)。

面白いこと書いてるんだよ~!みんな読めばいいのに。

 

 

──かなり刺激的なご意見が書かれていて、読んでいるとハラハラしてしまいます。

高須先生、こんなに言いたいことを言っていると、どこかから睨まれることもあるのでは……

 

あのね、ピンチはチャンスなんですよ!沈んだあとに浮かぶ。株やバクチもそう。

逆張りするから儲けられる。みんなが買っているときに売って、売っているときに買うのが勝ち組だもん。

みんなと同じ通りに動いて成功している人間って見たことがない。多い方がカモだよ。カモと同じ行動して一体どうするの?

谷が深ければ深いほど、急上昇するもんだ。ピンチにいたとしても、次はチャンスが来るという確信が僕にはある。

「谷底にいる今が買いだ―(゚∀゚)―!」と思ったら底がまだまだ続いたりするけど、ピンチって楽しいよねぇ!ゲームもそうでしょ。

ピンチを切り抜けるときが面白いんだ。

それと、うちは仏教徒だから「仏様がくださったお与えはみんな平等」だと考えています。哲学みたいな話になるけどね。

今日(取材日の4月中旬)、福島競馬で僕の持ち馬が勝ったんだ。

配当金500万!でも手取りは50万。でも、リスクを分散しようと思って区分所有にしていたから10分の1しか配当金をもらえない。

ひとりで買っちゃえばよかったんだけど、そうしたらそうしたでストレスになりそうだったからさ。

みんなが応援してるやつを前ノリして買うかたちにしたってわけ。

 

 

──脱税裁判や医師免許停止など、これまでの人生であらゆるピンチを乗り越えた高須先生の言葉にはリアリティがあります。

ポジティブにものごとを捉える考え方は、少年時代から?

 

子どものときはいじめられっ子だった。ずーっといじめられてきた。

祖母はいじめっ子たちを「愚民のせがれ」と呼んでいた。

僕はどうやってこの愚民どもを出し抜いてやろうかとソレばっかり考えてた。

愚民だなんてヒドいって?でもね、当時の田舎の子どもたちは「かっちゃんがオレたちσ(゚∀゚)のことを“ぐみん”って呼ぶけどなんのことだろ?意味わかんない」ってリアクション。

だから僕、祖母に質問したの。「アイツらのことを愚民と呼んでも伝わらない。

どう伝えたらいいの?」祖母からのアドバイスはこう。「水呑み百姓、小作と呼んでみな」。

すると悪ガキたち理解できたらしく、途端にコーフンしちゃった!

昔の田舎の医者ってね、地主が多かったんです。

治療をしたら治療費を払ってもらうのが今の時代は当たり前でしょ。

でも昔は違う。命を助けた医者に田んぼや山林をくれる患者が沢山いたんだ。

だから医者の家系〇代目なんてやってると地主になっちゃう。年貢だけで暮らせるような生活だよね。

だけど農地解放で、国に土地をとられちゃった。自分で耕してないと、土地を持てないような制度が設けられたんです。

だから戦後の一時期に医者は、医療の傍ら土地を耕すようになった。

ロシア革命に対する白系ロシア人みたいでしょ。

 

 

──てっきり左団扇の幼少期を送っていたのかと思いきや、反骨精神の土壌で育ったのですね。

 

取り上げられた土地だって、僕はぜーんぶ買い戻してやった!その土地が今の高須病院(愛知県)がある場所です。

もともと高須の土地なのに、買い戻した時はすっごい高い値段だったよ~。

農地改革で没落した地主は多いよね。なんで落ちぶれちゃうかというと、働かないから。

これは絶対そう。高須家はみんな医者だから、肉体労働者なわけ。

肉体労働者って自分の身で働かなきゃいけない分、強いんだ。働かないと貧乏になる、というのは真理だと思う。

それからバブルが崩壊した時、お金が吹っ飛んじゃった人がたくさんいたでしょう。

それでも僕はヘーキだったよ。医者という肉体労働者は稼げるもん。

当時は税金が高かった。国税が75%、地方税が15%。働いても9割が税金で取られちゃう。

1割しか残らない。脱税と認定されたら、追徴課税でしょ、裁判で負けた罰金でしょ、まさに往復ビンタ!

懲罰的な課税だったんだ。僕は脱税と認定されてこれをやられた。

「これだけの罰を課したんだから、二度とやらんだろう」という見せしめにされたようなもの。

僕は経理事務の監督不行き届きの罪で罰を受けたけど、組織暴力団とか圧力団体とか宗教法人は聖域だった。

この種の人たちは税務署が回収に来ないよね。当時はそういう人たちいっぱいいたよ!

 

 

──しかしそこでもピンチはチャンス。

脱税の査察に来た国税局の職員を、ブレーンとしてスカウトした高須先生。著書にも書かれているように「生きているうちに起こったことは生きているうちに解決できる」というのがモットーですか?

 

高須家家訓ですよ。蓮如上人(室町時代の浄土真宗の僧)に通じる考え方です。

安土桃山時代から、高須家は本願寺に繋がる浄土真宗の門徒なんだ。もうガッチガチの。

僕らのほうが東本願寺より歴史が深いんです。徳川家康が本能寺の変で逃げて来た時、うちで匿った記録もある。

 

──高須先生は2011年に出家して僧になられました。バックボーンの影響が?

 

それはまた違うんだ。僧侶にすごく腹が立ったことがあったの。

女房が亡くなったとき(2010年逝去)、葬式に来た僧侶に遺影の置き方やなんやかやを五月蠅く言われて不愉快だった。

僕は故人を悼む葬儀をやりたかったんだ。

故人の遺影を祭壇の正面に置いたら、隅に移動しろと僧侶が文句を言うんだ。

施主が葬儀屋に仕切らせるのが気に入らないんだ。抗議したら「あんたは檀家、わしはお寺の僧侶。あんたは素人、わしはプロ」と、頑として聞かない。おふくろの葬儀でも同じことの繰り返しで「このくそ坊主め!」って頭に来たんだ。

女房や母親のことを、心からちゃんと弔いたいという想いが、僕が僧侶になった理由のひとつだね。
人間を素人とプロに区切ってなんだかんだ言う人は多いよ。

医者もそう。「僕たちは専門家です、信じてください」って、説明もそこそこに切り上げるじゃない。

僕はそういう医者に会うと、「僕も医者なんだけど」と切り返す。すると態度がガラリ。

「先生!さっき言ったことには、深い意味がありまして……」なんて焦って口数が多くなる。

お役人はみなそうだし、お巡りさんが一番わかりやすいかな。

高圧的な態度を取ってきたところに、「俺は警視庁の人間だぞ」とかましてみると……。

相手が自分の上司かもしれないとなれば、人って態度が変わるもんだよね。

 

 

──裕福な家庭に生まれながら、悔しさをバネに行動に移してきたのですね。

 

全部そうだよ!子どものときにいじめられたから、強く育ったんだ。

蝶よ~花よ~♪と育てられたら、抵抗する力がなくなるじゃない。すべて受け入れる人間になっていたかもしれない。

僕の育った時代は、恵まれた環境といっても、「お坊ちゃん」だなんて気分だけ。土地はとられるし、夜中でも往診にいかないと銭はもらえないし。

昔の医者ってそういうもんだったよ。健康保険がなかった時代を考えてみて。

診察するたびいちいち治療費なんてもらっていなかったんだから。

びっくりした?一年に一度、年末に治療費を回収しに行くんです。富山の薬行商人みたいなもの。

診察台帳を片手に、年末は掛けの回収に出向く。

でも「そんなお金はないから米を持ってけ。

ウナギを持ってけ」なんて、やたらと食い物ばかりもらっちゃった。戦後はそれで助かるんだけどね。

僕は小さい頃から米とウナギに不自由したことがない。

ウナギよりも米に値打ちがあったもんだから、高須家のうな重は米がちょびっとでウナギが山盛り!

 

 

──時代背景を知らないと贅沢に聞こえそうなエピソードですが、実態は違いますね。

幼少期のエピソードをユーモア交えて語ってくださいますが、幼い頃から冷静に時代や環境を眺めてきたあたり……

高須少年、一筋縄ではいかない子どもだったのでは?

 

小学校一、二年生の時はすごく意地悪でヒステリーな先生が担任でさ、やたらビンタされてたんだ。

すぐに「キー!」と頭に血が上る人。「なんで僕を叩くんですか?」と尋ねたんだけど、「なんで叩くかなんてわかるか!」ってまた怒る。自分でも理由がわかっていないらしいから、僕なりに推測してみたの。

「先生はオールドミスでブスで誰も嫁にもらってくれない。そして弱い人間だから僕に八つ当たりするんでしょう(`・ω・´)キリッ」

そう言ったら先生、「ち・が・う~!!」って激怒。

でもさ、当たっているからあんなに怒るんじゃないかな。

 

 

──担任の先生の心中ご察しします……

客観的な目線もですが、弁が立つ少年だったんですね。

 

学校の先生より僕、日本語が上手だったもん。家庭の方針の影響が大きいね。

「愚民と話してはいけません。馬鹿がうつる」と育てられたから、家ではNHKのラジオしか聞かせてもらえなかった。

NHKのラジオを朝から晩まで聞いていると、正確な日本語を覚えられました。

テレビがなかった時代だから、ラジオだけが頼り。本もたくさん読んでいたけど、正しい日本語を学んだのはNHKからだね。

僕にとってNHKのラジオは国語の見本だったんだ。

ラジオでいうとFEN(Far East Network:極東放送網/AFN(米軍放送網)の日本サービスが1997年までFENと呼ばれていた)ってあるじゃない。

僕と同世代で頭のいい子だと、FENを聞いて英語がペラペラになっていたり。

そういう独学で知識を身に付ける子がけっこういたよ。

 

 

──学校の教育と家庭の教育とで得るものに違いがあったようです。異なるところから知識や思考を吸収していたのですね。

 

小学校四年から六年の担任がシベリア抑留から帰ってきた人だったんだけど、インテリぶってマルクスレーニン主義を子どもたちに教えようとしていたんだ。

「プチブルは敵だ!」と主張するわけ。だけどやっぱり悪ガキたちは言っている意味がわからない。

子供「プチブルってなんですかー\(゚∀゚)?」

先生「地主階級のことだ(`^´)!」

僕「うちのことじゃねぇか(# ゚Д゚)!」

家に帰ってそれを伝えると、おばあちゃん「その先生はアカだ!」って、僕にまた反対のことを教育する。

だけどまた学校で上書きされる。そんなわけで僕はどちらの考え方も教育されてきたから、疑問が湧くのは仕方がない。

僕は不思議に思ったら、すぐに質問していたからもうこんな感じ。

僕「それは間違っているんじゃないですか?ソ連の方が悪いんじゃないですか(`・ω・´)キリッ」

先生「お前に授業を受ける資格はない!出ていけ!」

廊下に立たされることが多くて、授業はちゃんと受けられなかった。

でも試験をすると僕の成績が一番いい。校長先生は「高須君は勉強ができるねぇ。

それも先生のおかげだねぇ」だなんて勘違いするの。

「いいえ!先生の力ではありません。僕の力です。僕はこの先生から学んでいることはありません」と僕は本当のことを言う。

 

 

──事実に反しているなら「NO!」。高須先生は自身の発言を「正しいことは「正しい」、間違っていることは「間違っている」と言っているだけ」と認識していらっしゃいますが、子どもの頃から貫いてきたスタイルだったよう。

 

田舎の子どもたちはすぐ手や足を出すよね。僕は口に出す子だった。「君たち、暴力はやめなさい」って。

でもサイバラ(西原理恵子、漫画家)に言われたんだ。

「かっちゃんの言葉の方が大勢の人を傷つけていたと思う」って。

僕としては傷つけていたとは思わないんだけど、サイバラは「本当のことを言われた時ってすごく傷つくんだよ」と繰り返す。

それでも僕は、正しいことは「正しい」、間違っていることは「間違っている」と言っているだけ。

サイバラは漫画で僕のことをよく描くけど、けっこう僕に対してヒドイ内容だよね~(笑)。

だからサイバラへの反論本を出版しようとしたんだけど、差別的な単語が使用されていたので、発行元の小学館から「書き直せ」と依頼が入った。僕は「書き直すくらいなら絶版にする!」と突っぱねた。

だって僕、間違ったことは書いてないよ。それで書き直さないまま出版したらベストセラー。

『高須帝国の逆襲ダーリンは70歳(2016年発行)』というタイトルで、amazonで一週間連続一位だった。

売れたってことは、読みたい人が多かったんだろうね。

 

思ったことをありのままに口に出す。現代人にとって高くなりがちなハードルを、易々と飛び越える高須先生。

その少年時代を知ることができました。逆境に立ち向かう強さ、正しい日本語、冷静な思考力。

少年時代の体験一つひとつに、高須先生のエネルギーの源があるようです。

次回はそんな高須先生が思う「言いたいことを言えない世の中」について語っていただきます。

 

 

写真:田形千紘     文:鈴木舞

 

 

 

 

境界を飛び越えて、人類の多様性を守りたい。高須克弥氏インタビュー【第2回】

 

若者よ、君たちを信頼してる。ジジイたちよ、世の中の役に立とう。高須克弥氏インタビュー【第3回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

高須 克弥

日本の美容外科医。医学博士(昭和大学、1973年)。美容外科「高須クリニック」院長。
愛知県生まれ。東海高校、昭和大学医学部卒業。同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。「脂肪吸引手術」を日本に紹介し普及させた。江戸時代から続く医師の家系。格闘技K-1のリングドクターとしても活動している。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。藍綬褒章を受章。

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