人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

フィフィ氏「人生の岐路に立った4年前。アラブに春が訪れ、私は言論空間で声を挙げた」インタビュー【第1回】

 

 

「ファラオの申し子」としてテレビに登場し、最近では世相を斬るご意見番としてのポジションがすっかり定着したフィフィさん。エジプトで生まれ、幼い頃に移住した日本をこよなく愛していらっしゃるといいます。ツイッターを通して数々のシビアなメッセージを発信し、時にその過激な発言が炎上につながることも。自分の意見を世に表明する意思の強さは、一朝一夕のものではないはず。人生100年時代の世の中は、個人がSNSや動画サイトを通じて思いを表現し合うコミュニケーションがさかんな社会。そんな現代の言論空間でフィフィさんが伝えたいものとは――?

 

 

──4年前に出版された著書、『おかしいことを「おかしい」と言えない日本という社会へ』の中で、日本社会に様々な提言をされました。今、日本社会が変わったなという印象はありますか?

 

タブーだったことがタブーでなくなり、当たり前の発言になってきた感じです。あたしは勇気を持ってあの本を書きました。でも今は以前よりツイッターやSNSで意見を言うのが盛んになって、タレントが自分の意見を言える番組が注目されます。 “意見を言えるタレント”ってジャンルが確立され、そこを目指す人が出てきました。ただのタレントじゃなく社会派の発言ができるタレントを目指す人がね。ウーマンラッシュアワーの村本さんと知り合いですが、彼も社会派発言したいって欲求がある人で、この間、彼が出ている「THE MANZAI」を観てたら、風刺のきいたネタをやってました。ひと昔前だと、「政治的発言をすると色が付くから控えて!」っていうのがあったんですけど、ジャンルが出来上がってきて、4年前だったら私だけだったのが、ただのタレントじゃなくて社会派な発言ができるタレントが増えてきましたね。

あたしがあの本を書いたのは東日本大震災の後で、当時、目立ってるなと自分でも感じてました。でも、同じようなことを言っても、当たり前じゃん?っていう空気にだんだん変わってきて、特別視されなくなってきました。あたしのキャラクターが認められてきたっていうのもありますけどね。世間の求めてるものを当たり前のように求められるから、こっちは、求められてやらなきゃいけないみたいになってきてます。今、タレント事務所も社会的な発言のできるタレントを育てているんじゃないかな。そうすれば今後いろいろなところで活躍できますしね。昔はそういうことはタレントに求められなかった。テレビタックルは、その分野の専門家が出てましたし。でも今はお昼のワイドショー観てると各局ともコメンテーターを芸人が担当してる。コメンテーターの席を狙うため、知識を蓄えてアピールしていかなきゃならない。コメンテーターで、かつ芸人なんて今は珍しくないかもしれないけど「4年前はそういうタレントいた?」って考えるといなかったです。

 

 

 

 

──フィフィさんの場合、アラブの春というきっかけがあって、「祖国がこんな危機に陥っているのに自分は何をしているんだ」っていう思いがあったんですよね?

 

大震災が起きたあと、歌手が「今、歌っている場合?」と考えたり、お笑いの人が「笑いを取っていい時期なのか?」と考えたり、自分の仕事はそれなのに、社会が今それを必要としているか自問自答するわけです。平和な時はいいけど、危機が訪れた時にはそんなことやってる場合じゃないって批判を受けやすい位置にいる。あたしの場合、祖国が革命で大変な時にお昼のワイドショーに出ていて、そこで海外のニュースが流れてきたら、祖国(エジプト)の悲惨なニュースでした。若者が政府に対抗してデモをして、多くの人命が失われていました。そのニュースが流れた時、あたし(カメラに)ワイプで抜かれて、どういう顔で(そのニュースを)観ていればいいんだろうって思ったんです。でも、あたしはコメンテーターではないし、タレントとして呼ばれてるからコメントする立場にもない。で、そのニュースが終わったら、番組は楽しいクイズに切り替わっていくんです。

フィフィは何も考えないでテレビに出ていると思われたくなかったからブログで発言したんです。何千字っていう、かなりの文字数で書いたことも話題になりましたけど、「自分の国のために社会的な発言させてもらいます。腹をくくりました」ってことを書いたんです。それがネットでニュースになりました。今じゃ別に覚悟するほどのことではないですけど、4年前と今ではそれくらい違うんです。当時は「タレントが何真面目なこと言ってんの?今後テレビで使いづらいじゃん」って雰囲気がありました。でもあたしはこういう風に思ってるし、祖国のことも応援してる!って言いたかった。

 

──今は多くの人がツイッターを使ってますが、使い方という意味で4年前と違うところは?

 

慣れてないから失敗してるというか、危なっかしい人はたくさんいます。例えば、ある女性タレントさんは精神的に耐えられる人でもないのに、非難されたあとすぐ引っ込んで「ごめんなさい」みたいな。ああいう人は慣れてないですよね。ツイッターは批判覚悟で意見くださいって場所なので、それに耐えられないようならやらないほうがいい。上西小百合さんのように乱暴な言葉づかいで注目を浴びた方もいますけど、ああいう人なんだと思われたら終わりです。基本的に、汚い言葉で議論すると共感は得にくいです。この人はこういう人って決めつけられちゃう。あたしは、むかついても乱暴なことは書かないし、自分の居場所が特定されることも書きません。危機管理意識が甘い人いますけどね。あたしはもともと情報系の仕事をしていて、パソコンもMS-DOSの時から使ってます。SNSがなかった時代は、ヤフーチャットに入り浸ってましたから、慣れているのだと思います。何を言われても、「構ってくれてる!」としか思ってないの(笑)。そのメンタリティに行きつくまでには結構かかりますよ。

 

──フィフィさんの強さの秘訣について伺いたいです。

 

さっき言った何千字の覚悟の投稿の話ですけど、『フィフィが腹をくくった』とネットでニュースになった時、実家にいたので全部iPhoneで投稿したんです。熱意は伝わったと思うんですが、ネットの記事でワーっとなった時、「あたしはこれからどうなっちゃうんだろう?」という恐怖はありました。あの時はまだツイッターがメジャーじゃなくて、2ちゃんねる上で騒がれて。「今までのような活動ができるのだろうか、自分の立ち位置はどうなっちゃうんだろう」とすごく不安でした。

 

──これからどうなっちゃうんだろうという時、先ほどの女性タレントさんみたいに(ネット上の発言から)撤退するという選択肢もあったわけですよね?

 

それは、きっかけになった事件の重さが違いましたしね。あたしの場合、祖国への思いがあって、自分より若い世代が尊い命を失っていることを考えたら引き下がることはできなかった。そこで必要とされなかったら、それでもいいかと。芸能界からいなくなってもいいやと。昔、ヤフーチャットの中に『ファイティングルームケンカ部屋』というのがありまして、そこに居場所を求める人が多かったんです。あたしも入り浸って、かなりディベートで鍛えられたんです。実は、あたし年間の女性ボイサーでグランプリも獲ったんです。構ってもらってなんぼなんです。そこではマイクを押されてる人間が発言を独占でき、ミュートされると発言できる人が切り替わる仕組み。ダイレクトに賛同を得られるか否かってところでマイクの取り合いをするので、テレビとは全然違うんです。

 

 

 

 

──まさにライブ感覚ですね。

 

そんなところでグランプリ獲ってますから、負けねえぞ?(笑)って感じです。時の流れに合わせて登場したデジタルなツールをずっと触ってきるんです。ツイッターで批判されても、かまってもらってるとしか思ってないです。午前3時まで寝ないで、あたしに文句を言ってるなんて「ご苦労様!」と(笑)。意見を述べることには真剣ですが、賛同を得たいからやってるわけではないです。今でもゲーム感覚なんです。

あたしは文章書くのが好きなんだと思います。きっかけってほどではないけど、小学校の時、近所に俳句の得意なおばさんがいて、俳句を教えてもらいました。制限された文字数で表現するって面白い!と思ったんです。あたしが最初につくった俳句が「朝露にキラリと光る青い空」。これで賞取ったんです。それから、小学校4年から高校1年まで一日も欠かさず日記を書きました。でも高1くらいから思春期になって書きたくないことが増えて(笑)、中二病ですよ。日記をやめて、詩を書き始めました。二度と読み返したくない恥ずかしい詩ですが(笑)。そのうち大学受験になり、小論文を書くため、ニューズウィークを読んで感想を書くようになりました。その後、バックパッカーを4年やって、帰ってきてから小説を書いてみようと思いました。自分の中で終止符が欲しい時には、何か書いてみるんです。

いつか本を書きたいという気持ちは会社員時代からありました。カラオケメーカーの社員時代、名古屋本社勤務だったんですが、東京出張の際、出版社めぐりをしてました。その時の肩書は「名古屋在住アラブ女性」。まぁまぁ食いついてくれた出版社もありましたけど、「もっとこういうふうに書いたほうがいいんじゃない?」と言われ、書く気が失せたんです。

ネットに慣れてる制限された中で表現する

私の知り合いで映画を作りたいって人がいて、彼の作品を見たとき、あたしが辛口意見を言ったら「予算がないから」と言うんです。その時、あたしカチンときたんです。「予算を持たされたら逆にイイものつくれる?」って。制限された予算こそ新しい表現ができるチャンスだと思うんです。あたしは俳句をやっていたから、表現について考える機会が多かった。たとえばイランのある女性映画監督が撮った恋愛映画がすごく話題になったんです。国がラブシーンに厳しいので描けない。どうやって表現するか? ドアの下から見える足だけでラブシーンを描いたんです。ドアの下で恋人たちの足がどんどん近寄っていくシーンが、なんともいえない艶めかしさを表現しているんです。制限された中でどこまで表現できるのか?中国のアーチストたちもアートという武器を使って政権を批判してます。ツイッターは140文字ですが、うまく表現しないと勘違いされます。まさにさっき勘違いされました。14歳で息子を癌で亡くしたライターさんから、取材後に著書をいただいたんですが、その本の引用で「息子を亡くして・・」からツイートしたら、あたし自身が息子を亡くしたと誤解されたんです。気づいたら1000近くもリツイートされてて「そんな人生だったんですね」とか!やばって思いましたね。表現方法が的確でなければ勘違いや誤解をされる。かっこつけすぎてもかっこ悪くなるし、難しい言葉じゃなく、普段使っている言葉で響かせるのが面白いと思ってます。

 

ローマにたとえるなら、世相を斬るご意見番は1日にして成らず・・!フィフィさんには、ヤフーチャットのケンカ部屋で鍛えられた強いメンタリティがあるからこそ、ツイッター上でも決して汚い言葉を使わず、媚びない、ぶれないメッセージを発信し続け、多くの人々の指示を得ているのですね。

 

写真:米田樹央 文:国府田美保子

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

フィ フィ

1976年生まれ。カイロ出身。国籍はエジプト。
中京大学卒業。サンミュージック所属。
著書:おかしいことを「おかしい」と言えない日本という社会へ(祥伝社)

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