人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

フィフィ氏「人生100年時代、個人と組織の情報発信力とは? 自国の良さを知るのが個人の力の源。視聴者を成熟させるのがメディアの務め」インタビュー【第2回】

 

 

社会問題から目を逸らさず、語るべき言葉を発する口を大きく開く。そんなフィフィさんのコミュニケーションツールのひとつがツイッターです。フォロワー数は40万を越え、彼女の発言は多くの人の人生に影響を与えつつあります。いちタレントが発信する情報と、マスメディアという組織が発する情報。フィフィさん自身が思う、個人と組織の情報発信力の違いについてお話を伺いました。

 

 

──フィフィさんはメディアリテラシーが高い方だと思います。報道の姿勢については?

 

事務所がいちばんヒヤヒヤするとこですね(笑)。私もこの業界で生きているので、この番組がどうとかああだとかいうのは様子を見てから言うようにしてます。政治家など公人の場合は名指しで言いますけど。海外のメディアと日本のメディアを比較して書いたりしてます。メディアの方はよく見ていますしね(笑)

 

──日本は西洋諸国のニュースを買って放送するわけですが、フィフィさんがアラブの春に対する報道を見ていて違和感を感じたところは?

 

日本から遠い国だとニュースも遠くなります。近い国に対しては過剰に報道するし。だからなかなかグローバルに近づけないですね。日本のメディアが責任もって伝えてるかと言えば、ちょっと責任放棄してると思います。国民が関心持たないからという理由で報道しなければ、国民はいつまでたっても成長しません。あえて報道していくことによって人々が興味を持っていくわけで、視聴者を成熟させるのもメディアの役割。数字が取れないからって報道をやめてしまえば国民のレベルは上がらない。それでいいと思っているのかわからないですけど。政権に対して物申すのであれば、国民が成熟するようにしないと。言ってることとやってることが矛盾してます。 海外のメディアはそれをやってると思います。トランプ大統領もよく足を引っ張られてるし。自分たちがトランプ大統領の足を引っ張る理由を理解させるため、国民を賢くしていかないと、トランプの足ばかり引っ張ってんじゃねーよで終わってしまいます。なんでトランプ大統領のこういうところを出してきているのか理解できるよう、国民を成熟させなきゃダメ。今の日本はそれが出来てない。政権批判をしても、一方で報道していないこともたくさんある。報道しない自由を勝手に行使してるのに報道しなければならない使命を怠っている。日本のマスコミって意地悪にしか見えないです。レベルの低いところで足の引っ張りあいしてる。だから安倍政権を批判しても共感を得られないと思うんです。安倍政権のこういう部分は報道して批判するけど、他の部分は報道しないんだなって。

 

──日本は昔から、真の国際人を育てるということをお題目みたいに言ってるわけですけど、フィフィさんから見て、国際社会における日本のレベルはどうでしょうか?

 

まず国際人を育てるっていう勘違いが長く行われてきたと思います。海外のものを受け入れることばかり考え、英語教育に力を入れ、海外のものを受け入れて学ばせるみたいな。でも本当はそっちじゃないんです。グローバルで活躍できる人材って、まず自国の良さをよく知ってる人間です。語学はスキルでしかありません。こんな素晴らしいものが日本にある、これは世界のどこにもない日本特有の素晴らしいもの!っていうのが世界に勝てる。じゃあ何が必要?ってなった時、単に英語が必要になるだけ。たとえば子供はゲームがしたいからという理由だけで自然に英語を覚えます。目的がはっきりしていて、熱い魂があれば、必要なことは自分で勉強します。 英語が先になるから英語が嫌いになるんです。「何のために英語を勉強するの?」ってなるから。日本にいたら英語できなくても暮らせますしね。目的をつかむためには広い視野で物を見て経験することが重要。そして日本を好きになることです。今、日本各地の観光名所は外国人だらけです。日本人が気づく以上に外国人が日本の魅力をわかってますよね。

 

 

 

 

──フィフィさんの著作の中で「日本が好きだから日本で暮らしてる」ってくだりがあったんですけど、フィフィさんの好きなのは日本のどんなところですか?

 

ファジーなところ。出かける時に近所の人に会って、「あらどこまで?」「え、ちょっと・・」って答えるじゃないですか(笑)「ちょっと」で会話が成立するっていう。それ以上突っ込まず、フワッとさせる曖昧さ、オブラートに包んでる感覚。「つまらないものですが・・」っていうのも、本当につまらないものが入ってるわけではないのに。外国人だったら、なぜつまらないものをくれるんだ!って怒ります。「またいらしてください」なんて言ったら外国人は翌日来ちゃいます!相手を傷つけない日本独特の表現や感覚。あたしはすっかりなじんでるので、海外に行くと「なんでこんなにズバッと言うの?」と思っちゃいます(笑)

 

──日本は本音と建前の社会ですからね (笑)

 

そうですよ!仕事でも、“考えておきます”って言うと、外国人はいい方向に考えてくれてるんだって期待するから、断られた時にびっくりするらしいですよ。

 

──日本に多い「善処します」的な表現ですね。

 

傷つけない、摩擦を起こさない、曖昧な中で、人に対する配慮があって、気を使いながら生きてる。それは国際社会では通用しないですけど。答えがわかってるけど手を上げないみたいな。それは国際社会では、「わかってねーなコイツ」と判断されます。でも日本に来る外国人は、そういう曖昧な部分に魅了されていて、感動してますよ。だって誰も傷つけないですもん!日本人が海外に行ってズバッと言われて傷つくことは多いかもしれないですけど・・。

 

 

 

 

──僕は日本社会の建前的な部分が嫌いで、バックパッカーをしようと思って初めて行った国がエジプトだったんです。そしたらアラブ社会はフラットな社会という印象を受けたんですが。

 

誰でも受け入れる感覚ですね。アラブの精神の中に『たとえそれが敵であっても、もてなせ』っていうのがあるんです。自分たちにプライドがあれば、もし敵であってももてなすことができるっていう意味。アラブ人と日本人は似ているところがあり、非常に“恥”を重んじます。日本に来ているアラブ人は騒いだりしないし、シャイです。 “敵でももてなす”っていうのは、サムライスピリッツに通ずると思うんです。おとなしいけど芯が強いのが日本人と思っているので、いまだに「おしん」のイメージで日本女性を見てます。黙々と働いて家庭を支えるみたいな。今、渋谷に行ったらそんな女性一人もいないですけど(笑) でもそういう気質、日本人はずっと持ってますよね。もし、それを壊そうとする政府の教育方針があったら嫌ですね。以前、中学の体育の授業にヒップホップを取り入れるとかありましたけど、日本舞踊や和太鼓が先だろう!って。日本時にとって何が大事なのかを考えて教えて欲しいなぁとは思いますね。人間は意識していなくても心のどこかに、そういうスピリッツを持ってますよね。東日本大震災の後、天皇がアナウンスした時に日本が一つになったんですよね。崇めてるとかではなく、連帯感しなくてはいけないんだっていうのが生まれる。海外は個人主義が強いから、想いを共有しましょうってなるけど、日本は本当に一つになりますよね。クリスマスはクリスマスで楽しむけど、正月はきちんとやるみたいな(笑)。あたしもおせち料理を真似して作ったりしてますけど、それはあくまで疑似体験。あたしは日本史を学んでも頭に入ってこなかったです。でも、うちの息子はハーフとはいえ日本人なので日本史が大好きです。小さい頃から学んでいるから日本の歴史をよく知ってます。だから、日本の近代史なんかを知りたいって言ってます。思いが強いんですよね。

 

──フィフィさんの妹さんが、かつてママ友間でいじめにあったことを著書に書かれてましたが、日本人の子供っぽい部分を感じますか?

 

いじめは海外でもあります。パーティーに行ったら他人の服装を頭の先から足元まで品定めするとか、そんなのはどの国にもあります。でも日本人は人を傷つけないように育ってるから、はっきり言い返せないんです。やんわりいじめるし、やんわりいじめられる。海外のいじめは、はっきりしたいじめです。日本のいじめは、じわじわ陰湿系。1点違うのは、いろんな人がいて、いろんなレベルがあるってことを日本社会が認めたがらない点。日本のダメなところを挙げれば、負け組を作るところ。負け組って言葉がおかしいです。エジプトにはそんな言葉はない。金持ちだけが楽しく暮らしてるんじゃなく、貧乏人でも明るく生きてる。貧乏でも、その人なりの楽しみがあるし、貧しくてもあっけらかんとしてます。日本は今、子供の貧困が深刻な問題になってますけど、見た目だけでは誰が貧困家庭の子供かわからない。つくろって、どうにか標準に見せようとする。クリスマスが近づくと、メディアがこぞってクリスマスのプランやメニューを提案して、それができないのはダメって評価。標準はこれ!って示しすぎて、それ以外は負け組で落ちこぼれ。もっといろいろな考え方を認めればいいと思うし、いろいろあっていいって主張に変えていけば、もっと広がるはず。答えを出そうとしてるけど、いろいろあっていいって答えで終わっていいんです。社会が基準を作ろうとするのがダメ。標準から落ちこぼれないようにしようと自分を追い詰めちゃうんです。

 

 

 

 

──標準から外れた人に対して日本は冷たい部分がありますよね。

 

日本人は恥を重んじるから助けを求めない。周りに心配させまいとする。頼って、相手から重いと思われたくない。エジプトだと、「お金ないからご飯食べさせて」みたいなのは平気。まず餓死で死ぬ人いないです。モスクとか教会とか逃げ込む場所があるから。日本の寺は夜は閉まるし、相談したいといったらお金を要求される。日本は社会保障制度がしっかりしてるから、行政機関で相談したら?となる。エジプトは国がしっかりしてないぶん、そこを他のところで賄っていかなければならない。自分たちが救ってあげないとって気持ちをみんなが持ってる。

 

──エジプトでは誰かに道を尋ねられたとき、自分がわからなければ他の人に聞いて、なんとか教えてあげようとしますよね?

 

今は便利な時代だから、「あそこにインフォメーションがあるからあそこで聞いたらどうですか?」になっちゃう。そうすると人と人とのつながりがなくなります。あたしもこういう浮き沈みのある世界にいますけど、エジプトでいろいろ見てきて、人は貧しさでは死なないけど孤独で死ぬことはあると学びました。餓死も、本当は家族いるんだろうけど、家族に頼りたくないから、恥ずかしいから役所に行きたくないからってことだと思う。恥を重んじることはいいことだけど、過剰になると人に頼れない。あたしはそれ知ってるから死ぬことはないなって(笑)。日本人は将来に備えて貯蓄しますけど南米の人たちなんて貯蓄しないで、その日暮らし。それなのに、おもてなしは豪華!(笑)。あんまり明日のこと考えてない。みんな、どうにかなるって思ってるんですよ。

 

──日本人はマイナス面を深刻にとらえすぎなんでしょうか?

 

一人で生きてる感覚がすごくあるから、困ったときに誰かに頼ろうなんて思わないし、生活保護を受けるなんて最終手段になっちゃうわけですよね。

 

──日本人は子供の頃から人に迷惑をかけないように生きなさいって教えられます。

 

それを頭に入れすぎてるから、はっきり物が言えないし、人にも頼れないんですよね。できない自分を恥ずかしいと思うから、悲しい選択(自殺)をする人もいるわけです。そこは根本的な問題。自殺者の数を減らすためには、そこを変えていく必要がありますね。

 

在日外国人のフィフィさんだからこそ気づく、日本の様々な矛盾点。私たちが疑問に思わないところを、フィフィさんはズバッと鋭く指摘します。が、それが決して不快ではなく、むしろ『確かにそうかも!』と日本人に共感させ、痛快に感じさせる結果、多くの支持や賛同を得ています。そこがフィフィさんの凄いところです。

 

 

 

 

 

フィフィ氏「4年前、アラブに春訪れ、私は新天地を目指して出発した」インタビュー第1回

フィフィ氏「女性のみなさん、自分で自分の足を引っ張らなくていいんだよ。人生、成長して生きていこう」インタビュー【第3回】

 

 

写真:米田樹央 文:国府田美保子

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

フィ フィ

1976年生まれ。カイロ出身。国籍はエジプト。
中京大学卒業。サンミュージック所属。
著書:おかしいことを「おかしい」と言えない日本という社会へ(祥伝社)

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