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鴻上尚史氏インタビュー「忖度が、組織の暴走を加速させる。好きだ、という感情が個人を強くする【第3回】

 

 

劇作家、演出家として活躍する鴻上尚史氏がノンフィクション『不死身の特攻兵ー軍神はなぜ上官に反抗したかー』(講談社現代新書)を執筆し、発行部数は13万部を超えました。本著で追ったのは、9回の出撃に耐えながら生還したという“不死身の特攻兵”の真実。玉砕が当たり前とされた時代に抗い、特攻兵が人生100年時代の現代まで命の灯を消さなかった理由とは? 鴻上氏の誠意と熱意にあふれる取材から、ひとりの特攻兵・佐々木友次さんの息遣いが聞こえてくるようです。今回のインタビューでは、佐々木さんの生き様や、鴻上氏のこれからの活動などについて聞いてきました。

 

 

とにかく一目会いたかった

 

──企画が始まった時、ここまで売れると思っていましたか?

 

もともと本出すために佐々木さんに会いに行ったわけじゃないんです。とにかく会いたかったんです。2009年に『特攻隊振武寮 証言・帰還兵は地獄を見た』(講談社)という本の中に、1ページにも満たない記述に出会ったことが始まりでした。その本には「8回出撃して8回帰ってきた」と書いてあったんだけど、その人がいたことにびっくりして。

あちこちいろんな人に言っていたら、あるテレビプロデューサーが見つけてくれたんです。ちょうど虚構の劇団の芝居をやっていて動けなかったので、終わってすぐ行きました。とにかく会いたかったんですよね。

佐々木さんご本人は「会いません」と。でも僕は一目とにかく会いたかった。最後会ったのは亡くなる2か月で。本当はもっと会いたかったんですけど、病院で疥癬(かいせん)が流行って面会謝絶になってという連絡が娘さんから来て。本にしようと思ったのは、もう亡くなられたぐらいかなぁ。どんな形で本にしようとも、わからなかった。佐々木さんの存在がすごく大きかったから、とにかく会って、録音して残しているだけで。あぁどうするんだろうなぁと思いながら。

 

──では、他の文献や資料に当たったのは面会後だったわけですか。

 

そうです。佐々木さんと会いながらです。インタビューするときに、なんとなく特攻のことを知っていた方が佐々木さんも喋りやすいかなという思いもあった。特攻を帰ってくるというのは、大変なことなんだろうというイメージではあるけれど、実際どれぐらい大変なのかっていうのは、他の特攻がどんな風に行われたか調べないとわからないだろうと思ったので。佐々木さんに会いながら本当にたくさんの本をいっぱい読んだということですね。

 

 

 

 

──佐々木さんは本当によく生き残りましたよね。

 

佐々木さんはすごい方です。

一つは操縦技術がすごかった。操縦技術がすごかったからこそ、体当りしろというプライドの否定をする命令に対して反発したんですよね。何のために訓練をやっていたんだと。体当りは我々の訓練と努力と存在の否定なわけで。それは佐々木さんを含めみんな怒ったんだと思いますね。

 

──そして、あまり多くを語らない方ですよね。

 

多くを語らない。これも喋っていたけれど、生き延びた、死ななかったということで目立つと、いろんな攻撃をされる可能性もあるので。

 

僕もあえて聞かなかったですけど、佐々木さんの出身地、石狩郡当別村(現・当別町)は2回、葬式出している。それは故郷に帰っても、針の筵だったはずで。そこで、こんなことされた、あんなことされたと言っちゃうと、針の筵が加速するだけなので、それは全部飲み込んだんだと思うんですよ。そこはすごい人だなぁと。気合い入っているなぁという感じですよね。

 

 

 

 

生き残ったのは、空を飛ぶことが大好きだったから

 

──圧倒的に自分に秀でているものがあって、時代の同調圧力に負けなかったのでしょうか。

 

なぜ佐々木さんは生き延びたんだろうということを何回も何回も聞きました。もちろん岩本隊長の「出撃しても、爆弾を命中させて帰ってこい」(72ページ)という言葉もある。それから佐々木さんのお父さんが日露戦争の金鵄勲章をもらって、「人間は、容易なことで死ぬもんじゃないぞ」(53ページ)と言っていたのもある。

だけど、一番やっぱり佐々木さんが死ななかった理由は、単純に飛ぶことが大好きだった。すごく好き。だから一芸に秀でるというよりも、飛ぶことが大好きだったんだと思うんです。

改めてインタビューの音声を聞き直していたら、凄いことさらっと言っていて。九九式双発軽爆撃機は操作性がすごく悪くて、評判が悪い飛行機なんだけど、その飛行機でも訓練を積むと鳥の羽みたいに動かせるんだよとぽろっと言っているんだよ。僕が戦場に行くときに怖いと思ったことはないんだよね。いつもわくわく・ドキドキしたんだよ、とも。それは飛べることが嬉してしょうがないんだよね。

実は愚かな同調圧力、理不尽な同調圧力に抗えるものというのは、好きだという、プリミティブな、しかし根本的な感情なんだろうという風に僕は思いましたね。

「好きだ」なんて言葉は組織では通用しないというか、言えない。企業でもね、例えばお店出すときは、必ず立地条件の昼と夜の人口分布だの交通量だのライバルとの比較だの言うんだけど、単純にこの食物が好きだとか、これが美味しいとかね、自分の好き嫌いみたいなことだけだと許してくれないじゃない。

だけど、佐々木さんは空を飛ぶことが好きで、九九式双発軽爆撃機と云う飛行機が好きで、こんな好きな飛行機を体当りで壊して、二度と飛べなくなること自体が許せなくなったんじゃないかな。それが、僕が佐々木さんと会って、なぜ9回も21歳の若者が生き延びれたんだろうなと思った時の僕なりの結論です。

 

 

 

 

──明らかに読んでいない人からの書き込みがあると先ほど仰っていましたが、概ね読者の反応はどうでしたか?

 

それはね、明らかに右翼側と思われる方が「こんな愚かな司令官・上官たちに従いたくない」とね。政治的立場は関係ないという風に書いたのが、ちゃんとそういう反応になってくれたのでよかったですね。

この本は最初にビジネスマンにすごく売れたんだけど、それはやはり“いのち”を消費する日本型組織という、今と全く構造が変わっていないじゃないかということ。みんな内心はダメだと思っているんだけど、誰も先頭切って言わない。誰も責任取ることを自分からはやらないで、決められたことが続いていくと。「読んでいて、自分の会社のことを思って、胸が苦しくなりました」とかね。そういう反応がすごく多いです。

 

──日本人とは、組織の宿命とは、と色々考えさせられました。

 

組織そのものは暴走する傾向には、西洋東洋問わずあると思うけど、日本人は忖度する。暴走し始めた組織に対して、よく言えば、お互いがあうんの呼吸でいろんな努力を水面下でして、変えていける場合もあれば、悪く転べば、何も変わらないまま悪化していくっていうことですよね。

日本の組織は、旅館のサービスが典型だけど、相手の気持ちを先読みしていちいち確認しないままもてなすのが、最上の忖度なわけ。多分2020年に向けて外国人が悲鳴をあげるのは、食事をしに行って部屋に戻ったら布団が敷かれていたこと。「誰の許可を取って私の部屋に入っているんだ!」となります。朝は「おはようございます」と言ったまま戸が開けられる。「プライベートな空間に入ってくるのか!」となるでしょう。

日本人からすると最上のおもてなしなわけですよ。そのくせ時差ぼけで夜中の3時に目が覚めて食事をしたいと言っても旅館の人は対応しないし、旅館にランドリーサービスで洗って欲しいと言っても旅館はそんな対応していないとかね。

旅館に行って、黙って泊まっている人の靴を磨いて朝に出すっていうのは、外国の人が知るとものすごく感動するんだけど、それはだから何もお互いが言わないまま忖度し合っている。だけれど、マイナスにいうと、言わなきゃ夜中のサービスがないとかわからないでしょう、と。

日本人はちょっと暴走を加速する傾向の国民性はあると思う。アメリカにもろくでもない上官はいて、作戦は失敗したりするんだけど、必ずクビになっていくんですよね。クビになっていくし、次のやつはなにが悪かったのかリサーチして、下士官クラスまで聞いて対応策を取っていく。日本人はそんなことをすると前の司令官の恥を晒すようなことになって、酷いことになるのでなるべく穏便に済ませましょうとなる。

 

 

 

 

──トップが精神主義に陥ると、そこにいる中間幹部クラスが良い報告をするために、犠牲が増えていく…。現代にも通じることだなと思います。

 

そうですね。そんなに変わっていないですね。

この本出したのは、読みながら70年以上前変わっていないけれど、変わっていないだけじゃなぁと思って、だから希望も書いた。佐々木友次さんも希望だし、美濃部正という29歳の少佐はリアリズムを語れたリーダーだった。それはすごく希望だと思うんですよね。

 

──この本を書かれてから「命令する側」として、組織に対する考え方は変わりましたか?

 

変わらないというか…35年間ぐらいずっと組織のこと考えていますから。35年間ずっと命令する側です。僕は22で劇団持ちましたから。

役者の親たちはあなたに息子や娘の人生を託しましたよということで、若造の俺に頭を下てくれました。そこに俺はびっくりしましたけどね。あぁそうか、俺が主催者だから俺がちゃんとした本を書かないと、この劇団は終わって、俳優たちの人生も止まるんだなと思って。大変なことを俺は始めたんだなというのが劇団をつくって分かりました。

そこから命令する側に立ったわけで、そこからどうするかというのは35年以上ずっと考えているわけですよ。だから他の劇団見て、精神論しか語らなかった演出家もいれば、ネガティブしか語らなかった演出家もいるし。それはいろんな指導者を見てきたわけで。だから命令する側と命令される側の違いを敏感に思ったというのもすごくある。

 

──鴻上さんの今後の活動を教えてください。

 

本業は芝居なので、また面白いことを、面白いと自分が思うことを粛々とやっていくだけですね。

あ、『ロンドン・デイズ』という文庫が小学館から出ました。僕が20年前にロンドンの演劇学校に留学した記録なんですけど、ようやく文庫になります。それは英語に苦しんでいる人とか、海外留学・海外勤務を考えている人、海外の演劇学校をどんな演技指導をしているか知りたい人向けです。クラスメイトに、オーランド・ブルームがいたんですが、その写真が載っていたりもします。ぜひ。

 

 

9回特攻に行って9回生きて帰ってきた佐々木友次氏に一目会いたいという思いから、面会を重ねた鴻上氏。“消費される命”と“日本的空気と世間”が佐々木友次氏と結びついた時、「不死身の特攻兵」は生まれた。しかし、鴻上氏の中で特攻隊に対する問いは続く。現代の様々な問題を解く鍵は歴史にあるかもしれないが、容易に答えを導いてはくれない。今回、鴻上氏の出版を通じて明らかにした特攻隊におけるひとつの事実。それは我々自身の問題を突きつけ、今現在、社会に波紋となり広がり続けている。

 

 

写真:田形千紘     文:五月女菜穂

 

 

 

 

鴻上尚史氏が特攻隊員の人生を辿る。『不死身の特攻兵ー軍神はなぜ上官に反抗したかー』を書いた理由とは?【第1回】

鴻上尚史氏が思う、日本における同調圧力と自尊意識の低さ。死を命じる組織にいて人生をまっとうできるか【第2回】

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

鴻上 尚史

作家・演出家。早稲田大学法学部出身。
1981 年に劇団「第三舞台」を結成し、以降、作・演出を手がける。現在はプロデュースユニット「KOKAMI@network」 と若手俳優を集め旗揚げした「虚構の劇団」での作・演出が活動の中心。これまで紀伊國屋演劇賞、岸田國士戯曲賞、読売文学賞など受賞。舞台公演の他には、エッセイスト、小説家、テレビ番組司会、ラジオ・パーソナリティ、映画監督など幅広く活動。また、俳優育成のためのワークショップや講義も精力的に行うほか、表現、演技、演出などに関する書籍を多数発表している。最新作は「不死身の特攻兵  軍神はなぜ上官に反抗したか」 (講談社現代新書)。

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