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内田樹氏インタビュー第1回 反知性主義に陥る前に。今こそ資本主義と民主主義を問い直したい。

 

 

静謐な道場に、雄弁な男がいる。神戸女子学院大学名誉教授にして武道家でもある内田樹氏だ。
日本を重んじ、日本を憂う。私塾「凱風館」を設立し、知的欲求に飢えた人々の目を啓かせる。大学教育が崩壊していく日本において、私塾で高等教育を実施しようとするその思いに迫りました。

 

 

――内田先生の道場「合気道 凱風館」では、武術のみならず伝統芸能や社会学など学術の講義も行っていらっしゃるということですが。

 

道場では日曜以外毎日稽古があります。日曜日はいろいろなイベントが開かれていますので、ほぼ毎日、何らかに使用されています。僕が道場に立って指導をするのは火、木、金、土の週四日間。月曜、水曜は書生や助教が稽古指導をしています。
塾生は30代の女性が多いです。半分以上は女性。30から40代の女性がボリュームゾーンじゃないかな。
神戸女学院大学に赴任した翌年の1991年に合気道部を創部して、その時に同時に週末に学外の体育館での社会人向けの稽古会も同時に立ち上げたんです。最初のうちは学生たちだけでしたけれど、そのうちにその知り合いや市民の方も入門してきたので、今のようなかたちになりましたけれど、もとが女子大の合気道部ですから、キャリアが一番長いのは合気道部のOGたちなので、高段者は女性ばかりです(笑)。書生も3人のうち2人が女性ですし、事務方もほぼ全員
女性です。女の人が凱風館を回してくれています。だから、若い女性たちは来すいんでしょうね。

 

――学習塾としてはどんなことを実施していますか?

 

「寺子屋ゼミ」というのを開催しています。いろいろな年代の方が参加されていますね。中学生から仕事をリタイアされた70代の方まで様々。
在職中の2005年頃にに大学院で社会人の受け入れが始まりました。そのときに「男性も受け入れます」と告知したら、希望者がどっとやってきました。第1期生は50人くらいだったかな。その大学院ゼミを退職までやっていたのですけれど、定年になっても、聴講生たちから「退職しても続けろ」と言われまして(笑)。じゃあ、そのうち道場ができるから、畳の上に座卓を並べて、そこで大学院のゼミの続きをやりましょうということになりました。それで2012年の4月から始めて、今が5期生ですね。現在の塾生は50人くらい。実際に来ているのは30人くらいかな。
ゼミのテーマは通年で決めます。今年は「アジア」がテーマ。塾生はアジアの一国を選び、その国について調べてきたことを発表する。日本との関係であったり、一体この国と日本はどうなっていくのかしらということだったりを報告してもらいます。アジアといっても広いですからね。西アジアにはイスラエルまで入りますから。みんな、それぞれの関心に従って、いろいろな国に取り組んでいました。ゼミでは、毎回自由研究の結果を塾生が発表して、それに対して僕がコメントして、それからみんなでディスカッションというスタイルです。

 

 

――塾生が能動的に勉学に取り組むんですね。

 

塾生の発表にインスパイアされた僕がけっこうしゃべっちゃうので(笑)。ディスカッションというより、僕の長いコメントとみんなの意見交換がメインですね。このスタイルでかれこれ十数年、長くやってきましたね。

――著書『ローカリズム宣言–「成長」から「定常」へ(内田樹著、デコ、2017発行)』を読ませていただきました。日本各地で私塾が立ちあげられ、そこで学ぶ学生が増えている。学校教育では指導できない部分をこれからは私塾のようなところが担うのでしょうか。
私塾は増えているのは事実です。大学の教師をやっていた人たちが自力で私塾を始めるケースが多いように思います。現場にいると、日本の大学教育が危機的な状況にあるということはしみじみ実感されますから。大学の「大学らしさ」が失われている。学術的な生産力が著しく衰えているし、アカデミアとしての知的な自由闊達さが年々失われている。それを補うために心ある大学人たちが自力で学塾を開いて、「大学ではできない高等教育」を担っているのだと思います。
私塾ではいろんな人が自分の持っている情報、知識、技能をほとんど無償に近い授業料で伝えています。背景にあるのは日本のアカデミアに対する不安ですよね。「このままいったら日本の大学は終わる」という懸念があって、何らかの機関が高等教育を代行しないといけない。そしてそれは大規模な学校でなくてもいい。
似たことは幕末にも明治の初めにもありました。各藩には「藩校」というものがありましたけれど、これはそれぞれの藩の「藩政テクノクラート」を育成するのが目的で、対象も藩士たちだけだし、教育内容も乱世をどう生き抜くかというような実用的なものではなかった。だから、江戸時代も終わりに近づくと、「乱世を生き延びる知恵」を伝えるために、私塾が簇生した。懐徳堂も、適塾も松下村塾もみな私人が身銭を切って立ち上げた教育機関です。どれも本当に小規模な学塾でしたけれど、そこが回天の英雄たちを輩出した。幕末の私塾はたぶん教育史上最も成功した高等教育機関だったと思います。でも、公的な支援を受けていたわけじゃないし、高額の学納金を徴収していたわけでもない。公的支援がなくても、ビジネスとして成立していなくても、それでも高等教育は十分可能だということは歴史が教えています。

 

 

――「高等教育」は、高度に学術的である学び、専門性を獲得する研究活動など、充実した教育をさしますね。昨今の高等教育に対しては、失望感のようなものが漂っているような……。

 

日本の大学教育は本当に危機的な状態だと思います。最大の理由は教育行政の失敗です。政府が高等教育に干渉し過ぎたのです。
90年代の途中からですね。本当に煩くなってきた。「学部学科を改組しろ、自己評価システムを作れ、品質管理の仕組みを作れ、英語で授業をやれ、外国人教員を雇え、研究教育の成果を上げろ、それを数値的データで示せ」・・・と次々タスクを課してきた。指示に従う大学に助成金を優先的に傾斜配分すると言われたら、大学としては与えられた指示の適否と関わりなく、ほとんど自動的に文科省の指示に従うようになる。結果的に文科省が次々と発令する思い付き的な教育改革事業をこなすために教職員は疲弊し果てて、研究も教育も著しく劣化してしまった。「研究教育の成果をどうやって上げるか」についての会議と書類書きのために、研究と教育のための時間が削られてしまうというナンセンスをこの四半世紀、官民を挙げて演じていたわけです。危機的になって当然です
特に自然科学の分野が危機的ですよ。「運営費交付金(2004年に国立大学が法人化され、発生した各校の収入不足に対する補助金のこと)」が毎年減額される。「競争的資金(資金配分機関から配分される研究開発費。研究者は課題に対し。て応募し、採択されれば配分される)」に回すから研究資金が欲しい研究者は自分で競争的資金を獲得しろ、と。ども、競争的資金もどんどん先細りしているし、すぐに研究成果が現れて、実利もたらすものが優先的に採択される。
地方研究者の年間研究費はひどいところだ10万円台です。本も買えない、学会にも参加できない。研究が社会的に有用なものなら、外部資金が取れるはずだ。外部資金が取れない研究というのは、要するに社会的なニーズがない研究だということなのだから、黙って定年までにじっとしていろ、ということです。でも、自然科学分野でさえ、地方の国立大学で年間研究費が50万というようなレベルですから。教授がいて、学生院生がいる十数人規模の研究室を回そうとしたら、その10倍以上かかる。足りない分は外部資金を取ってこいと言われたら、教授は研究なんかそっちのけで金策に走り回るしかない。
京都大の山中伸弥先生だって、一生懸命メディアに出ているのは、研究所を運営するために外部資金を導入する必要があるからですよ。ノーベル賞受賞者が、研究に専念できずに、こまめにメディアに顔を出して、研究への「ご理解」をお願いして、資金集めをしている。山中先生でしたらお金も集まるでしょうけれど、それほどの知名度も実績もない研究者の場合、研究を続けるための資金集めのために研究の時間を犠牲にしなければならない。なんてないですよ。そんなことをしてたら、日本全体の学術的発信力が劣化するのは当然のことです。

 

 

――そういった傾向はどこに発端があるのでしょう。

 

国や財界はとにかく「グローバル人材の育成をしろ、すぐ金になる研究をしろ」と要請しています。人文科学の分野や教育分野はもう要らないという極論を語る人も財界には少なくありません。でも、そうやって「実学シフト」を30年近くやってきた結果が現状なんですよ。世界の先進国の中で論文の生産数も、人口当たり論文数も、国際競争力も、すべて落ちているのは日本だけなんです。日本は例外的な失敗をしている国なんです。その結果を見たら、これまで何をしてきたのかと反省するのが普通なのですけれど、文科省も財界も、「それは大学がグローバル化に適応していないからだ。大学の閉鎖性のせいだ。もっと実学シフトを進めろ」と言い立てている。日本の大学の劣化は悪いけれど、教育行政のせいですよ。「みんな好きにやってくれ」と放置しておけば、それをいいことにダラダラしている大学人もいたでしょうけれど、「大化け」する人だって出てきたはずです。研究というのは歩留まりの悪いものなんです。ほとんどの研究はさしたる成果をもたらさない。でも、時々すばらしいイノベーションが、思いがけないところから、誰もそんなところからそんなものが出てくるとは思ってもいなかったものが出現する。イノベーションとかブレークスルーというのは管理できるものじゃないんです。それをすべて管理しようとしたことで今日の退廃を招いたのです。

 

――そういった経緯をマスコミは問題にしないですよね。

最近は報じられるようになってきましたね。それも『Foreign Affairs』や『Nature』などの海外メディアを通じてです。海外メディアは『日本の高等教育の劇的な敗』を研究材料にしている。どうして、研究教育で世界的なレベルにあった国がこれほど短期間に劣化したのか、科学的研究の主題になるほどの歴史的失敗なんです。
日本のメディアも遅れてですが、ようやくそこに目を向け始めましたよね。やっと出たのが今秋です。週刊東洋経済が「大学が壊れる(週刊東洋経済2018年2月10日号)」で、この問題を取り上げた。適切な統計資料に基づいて、大学の破滅的実状を伝えています。遅きに失したという感はありますけれど。

 

――大学の教育が壊れてきている大元の問題は、どこにあるのでしょうか?

 

文科省です。あるいは文科省にうるさく干渉してきた政治家と産業界の圧力ですね。でも、文科省も財務省も政治家たちもビジネスマンも、「もしかしたら自分たちが進めてきた政策が不適切だったのではないか?」という疑問を抱いていません。すべて「大学が悪い」という話になっている。自分たちは正しい教育政策を起案して、指示したのに、閉鎖的で封建的な大学人たちが、それに従わなかったせいで、こんな結果になったと、失敗の理由を100%大学になすりつけて済ませている。作戦は素晴らしかったが、現場がその通りにしなかったので負けた、というのはかつての大本営の言い草ですけれど、それと全く同じです。

 

――文科省の目指す方向と言うと、グローバル人材育成でしょうか。そこに予算を割く意図はなんでしょう。

 

財界から要請ですよ。では、財界が欲しい人材は何か。新卒で英語ができて、体力があって24時間働けて、辞令ひとつでシンガポールでもウルグアイでもカザフスタンどこでも向かって、何年も日本に帰ってこなくても平気な人間。賃金が安くてもいい、いくらでも働きますという人間。そういうのを作れと言って、それを「グローバル人材」と称している。ユニクロのシンガポール支店長みたいな人間を何万人も作れと要請している。そんなことをしろと言われても、そんなことは大学の仕事ではないんです。
昔は違いました。社員教育は企業が自分でコストを引き受けて行っていた。どういうタイプのどういう技能の持ち主が必要であるかは会社ごとに違いますから、既製品では間に合わない。だから、人材育成は自分の負担で行っていた。かつては「大学は変な専門教育をしなくていい。一般教養をしっかり身につけさせてくれたら、あとはこちらで育てます」という見識のある経営者がいくらもいたものです。でも、今はそんな鷹揚なビジネスマンはいません。「即戦力」というのは「既製品」を納入しろということです。自己負担で人材育成するのが厭なので、人材育成コストを外部化しようとしている。要するに企業が「ケチ」になったということです。それだけの話です。
だから、今の大学はどんどん職業訓練校化している。実技に特化した専門学校は専門学校で存在すればいい。でも、今の大学はもう専門学校でさえない。英語をやれとうるさく言ってきましたが、英語力は「実用的な英語を教えろ」と言い出してから一貫して下がりっぱなしなんです。文法と講読に時間を割くせいで英語力が育たないという、何の根拠もない議論に引きずられて、会話中心の英語教育にしたせいで、まったく語彙がなく、主語も述語もない文を書く大学生がぞろぞろ出て来た。オーラル中心にして、文法を教えなくなったので、当今の大学生の英語力は過去最低まで下がっています。
今の大学は何をしているかというと、一年生から就活を始め、4年生までそれが続きます。先日ある大学の四年生の女子学生から就活話を聞いて驚きました。キャリア教育では、面接のときにどういう服装をしてゆくのか、どういう化粧をするのか、というようなことまで教えるのだそうです。聞けば、業界ごとに「眉の描き方」まで違うそうで、製造業ならこの眉、メディアを狙うなら眉の角度はこう、とか。そんなことを教えるのだそうです。その学生はあまりにばかばかしくて授業に出るのを止めたそうです。
―ピントがずれている。
でも、その学生が「ばかばかしくて止めた」というのが就活の本質なわけです。キャリア教育というものが目指しているのは、「まったく意味のないことに耐えられる」能力の涵養だからです。その学生の場合は、まさに「意味のないことには耐えられない」ということを表明した時点で、就活から「排除」されているわけです。今の企業が学生に求めているのは、まったくナンセンスだと思われるタスクであっても、上から命令されたら唯々諾々と従う「イエスマンシップ」だということです。イエスマンかそうではないかを選別するためにキャリア教育が行われている。イエスマンシップの低い人間は排除される。

 

 

――人材の画一化ですね。内田先生の著書『ローカリズム宣言』で触れられていますが、多様化のない組織は脆いのだ、と。

 

みんなが向いている方向が同じ場合、その先に成功がなかったとしても、方向転換ができなくなる。
イエスマンばかりで構成された組織ほど脆いものはありません。リーディングカンパニーがバタバタ倒れていますね。東芝、三菱自動車、神戸製鋼とか日本を代表する企業が信じられない不祥事を起こしている。組織が上から下までイエスマンで占められた場合の、これが帰結です。もうどこでもイエスマンしか出世できない仕組みになっている。ですから、色々な企業の人と話をしますけれど、先行きに希望を持っている人はほとんどいませんね。「もうだめです。先がない」という。理由は「上が馬鹿ばかりですから」。
わが社は社員は不出来ですが、経営者が賢いという話は聞いたことありません。どこでも、それなりに社員は頑張っている。でも、その努力がさっぱり結実しない。「上が馬鹿だから」。
リソースがあっても、ノウハウがあっても、上が馬鹿ではどうしようもない。今の日本の企業では、面白い人、変わった人には、上に行くキャリアパスがない。
ノーベル賞を獲った研究者。週刊東洋経済で大隅良典栄誉教授(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)は「今の時代に研究者を目指していたら、おそらくはじき出されていただろう」とインタビューに答えていました。今だったら、大隅先生はノーベル賞受賞どころか、大学の教師にもなれなかった、と。僕だってそうですよ。今大学院生だったら、絶対に大学教員のポストなんかありつけません。中等教育から、「人形焼き」みたいに規格に合う人間ばかり作っている。人形焼きならいいんですよ。美味しいから。でも、規格化された人材は食えない。腹の足しにもならない。もともと特異な能力を持っていた若い子たちが、規格化・同質化で潰されている。創造的な力、他の人が気が付かないことに気が付くイノベーティブな力は中学校・高校でだいたい潰されてしまう。

 

大学の力が落ちるということは、日本が世界と戦う能力の低下に繋がっている。それは上からの同調圧力によって、多彩であるはずの人材が画一化・均一化されているから。そんな日本人が歩む未来とは――?

 

写真:澤尾康博 文:鈴木舞

 

 

 

 

 

 

内田樹氏インタビュー【第2回】 反知性主義に陥る前に。今こそ資本主義と民主主義を問い直したい。

内田樹氏インタビュー【第3回】 反知性主義に陥る前に。今こそ資本主義と民主主義を問い直したい。

 

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

内田 樹

1950(昭和25)年、東京生れ。神戸女学院大学名誉教授。武道家、合気道凱風館師範。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。主著に『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『ぼくの住まい論』『日本の身体』『街場の戦争論』ほか多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞受賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」主宰。

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