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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第9回〜

 

 

〜連載第9回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

退院後もしばらく、私の身体は固く強張って醜く歪んだままだった。

足は内側に捻じれ、腕も肩まで上がらない。

 

そんな状態で首を吊ろうとしても、タオルをうまくドアノブに巻き付けられないうえに、結び目もしっかり作れない。

手に力が入らないのだ。

 

結局、うんうん唸りながらドアノブに結びつけたタオルは首を入れて体重をかけた途端にほどけてしまった。

もう一度、動かない手で頑張ってタオルを結び直す。

今度は、首を吊った重みでレバー式のドアノブからタオルが滑り落ちた。

 

身体が不自由だと、自力で死ぬことすらできないんだ!

ほどけたタオルを首から垂らしたまま、私は悔しさと情けなさで号泣した。

 

私は何のために生きているんだろう?

自分で立つこともできない。自分で死ぬことも選べない。

震える手で手紙を書けばミミズがのたくったような字で判読不能、キーボードもうまく打てないから原稿を上げるのに以前の何倍も時間がかかる。

薬の副作用で丸々と肥り、顔はパンパンに浮腫んで、ネットでは「中村うさぎ激太り!」「整形した意味まったくなし」などとアンチたちが大喜びだ。

良かったね、私の不幸はそんなに甘い蜜なのか。

自分が同じ境遇になっても絶対に自分を憐れむなよ。

今の君のように、誰かがきっと君の不幸を喜んでくれるからね。

 

「自己憐憫」というものが大嫌いだった。

自分を憐れんで被害者意識にどっぷり浸かって、甘ったるいナルシシズムに耽溺する、そんな人間にだけはなりたくなかった。

なのに私は、今、自己憐憫の海で溺れている。

ああ、気持ち悪い。最低だ。

自殺なんか図って、本当にみっともない。

そのうえ死に損なって、間抜けもいいとこだ。

 

不幸というのは、しばしば非常に滑稽である。

本人にとっては深刻極まりないのだが、何故かそこに黒い笑いが潜んでいる。

私の友人が首吊り自殺をした時がそうだった。

彼は私と違ってちゃんと自殺に成功したのだが、首を吊ったネクタイが身体の重みで切れたため、死因は窒息ではなくベッドの角に頭をぶつけたせいだった。

「ねぇ、これ、自殺なの? 事故死になるの? 保険会社はどう判断するんだろ」

「さぁねぇ。でも、最後までおっちょこちょいなヤツだったねぇ」

友人とそんな会話をして、不謹慎とは思いつつも、ついつい失笑してしまったことがある。

 

彼が死にたいと願うほどに何を思い詰めていたのか、私は知らない。

だが、深い絶望の底にいた彼の苦しみは、わかるような気がするのだ。

なのに、底意地の悪い神は、彼をそのまま死なせはせずに、何とも奇妙なオチをつけた。

いったい、何のために?

病院で一度死に損なった私が、自宅で首吊りに失敗してまたもや死に損なって泣いているのも、なんとも愚かしく情けなく、皮肉な笑いに満ちている。

神は何故、私を死なせてくれないのだろう?

人の手を借りなければ生きることも死ぬこともできない私に、これ以上生きている必要がどこにあるのだ?

 

と、こんなことを言うと必ず「生きている意味があるから生かされてるんですよ」などと慰め顔で言う人がいるけど、それなら私の生きている意味を教えて欲しい。

私だけじゃない、この世のすべての人にひとりひとり、「君が生きている理由」を説明できるのか?

 

私たちはみんな、「自分が何のために生きているのかわからない」のだ。

だから「神」という絶対者を想定したり、家族を作って「生きる理由」を自分に与えたりして、なんとか己を納得させようとする。

だけど、生きるために「理由」が必要なのは人間だけだ。

生きる理由を失って、自らの意志で自殺をするのも人間だけだ。

 

私たちは何故、こんなに「理由」を欲しがるんだろう?

何故、「自分には生きている価値がない」などと考えてしまうのだろう?

「生きる価値」なんて、誰が決めるというのだ?

他人か? 自分か? それとも例の絶対者か?

 

おそらく、自分なのだ。

生きる意味も死ぬ理由も、すべては自分で考えて自分で勝手に決めている。

生まれてから死ぬまで、私たちは自分の脳内で、勝手に夢を見て勝手に絶望する独り芝居を続けているのではないか。

それはすべて脳内の「虚構世界」なのに、それを「現実」だと信じて、ありもしない「生きる意味」を探し続けているのではないか。

 

自殺に失敗した私は、しばらく激しく落ち込んだものの、徐々に「死ぬ気」を失くしていった。

今では、二度と自殺など考えないだろうという確信がある。

それは、私が「生きる理由」を見つけたからではない。

「生きる理由」を放棄したからだ。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を生きる、
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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