〜連載第50回〜
自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。
依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。
これは、そんな私の半生の話です。
私がずっと世界の「よそ者」だったのは、私がアスペルガーで他者の心が読めないがために世界がこれほどまでに意味不明でグロテスクなものに見えていたのか、あるいは、私がもともとフリークスであったがゆえに世界に拒絶されていたからなのか。
つまり、私が世界に距離を置いているのか、世界が私の侵入を拒んでいるのか。
これは大きな問題であるが、おそらくカフカもこの問いに悩まされたに違いない。
彼の代表作「変身」は、ある日突然、虫になってしまった男の話である。
目覚めたら、自分が人間ではなくなっていたのだ。
面白いのは家族の反応で、どうやらその虫が彼であることを認識しているらしく、悲鳴を上げて家から叩き出すようなこともしない代わりに、嘆き悲しみながら彼を元の姿に戻そうと奔走するわけでもなく、きわめて淡々とした様子で、しかし極力接触を避けている様子なのだ。
拒絶もされない代わりに、受け入れられてもいない感じ……ああ、これは私が世界に抱いているのと同じ距離感だ。
いっそ化け物として駆逐されるなら、もちろん悲しいし辛くもあるが、自分の立ち位置がはっきりとわかる。
だが、何か遠巻きにして視られている感覚は、私をひどく不安にさせるのだ。
私が開き直って自分の異形ぶりをネタにし始めたのは、この形容しがたき生ぬるい距離を一気にぶち壊したくなったからかもしれない。
いっそ蛇蝎のごとく嫌われるか、見世物として笑われるか。
それ以外の方法で人と交わることが、自分にはできないのではないか。
嫌われ排除されることを恐れている限り、私はこの真綿で死ぬまで首を絞められ続けるのだろう。
それならば、ひと思いに吊るされる方がマシな気がする。
カフカと並んで不条理小説と称されるカミュの「異邦人」では、主人公は自分が殺人の罪で処刑されるときに人々が罵声を浴びせ石を投げてくれればいいと願う。
そう、祝祭の後で殺される偽王のように、だ。
そういう形でしか、彼は世界とも他者とも関わりを持てない。
彼は自分がフリークスであるという自覚を持っている。
この世に受け入れられることのない、永遠の「異邦人」だと知っているのだ。
私が「異邦人」を読んだのは、確か高校生の頃だと思う。
序盤で主人公が母親の葬儀に出席し、泣きもしなければ何の感慨も持たないというシーンがあったが、高校生の私はそのくだりを読んで「ああ、私も泣かないだろうな」と思った。
それはまだ若くて未熟で「家族の死」にリアリティが持てないせいだとも考えられたが、60歳になった今でも、きっと自分は母の葬式でも父の葬式でも泣かないと確信している。
今まで、友人の葬式でも親戚の葬式でも泣いたことがない。
かわいがってた猫が死んでも涙は一滴も落ちない。
もしカミュが「親の葬式で泣かないのは『異邦人』だ」と言いたくてあのシーンを書いたのなら、私は間違いなく異邦人であろう。
ていうか、何故泣かなきゃいけないのか、その理由がわからない。
泣いてもいいけど、泣かなくてもいいでしょ。
そんなの、私の勝手じゃん。
幼い頃から、私にとって親は「異邦人」だった。
学校の先生もクラスメイトも、みんな異邦人だった。
大人になってからわかったのは、異邦人なのは彼らではなく私自身だということだ。
私はカミュの小説の主人公と違って成り行きで人を殺すことはないだろうが、彼が「社会の敵」になることで初めて他者からの直截的な感情をぶつけられて安心するという、その感覚は少しわかる気がする。
生涯を異邦人として生きるよりは、フリークスとして生きた方がまだしも楽かもしれないのだ。
少なくとも、人が自分をどう思っているかは明確になる。
人間は鏡に自分を映さなければ、己の姿を知ることができない。
同様に、他者の目や感情を通さなければ、自分が何者なのかわからない。
まあ、無人島でたったひとりで生きているのなら自分が何者かなんて知る必要もないが、社会という共同体に組み込まれている以上、そのコミュニティ内で自分はどういう存在なのかを知らずに生きていくのは不安に過ぎる。
他者の心が読めなかった私は、ずっと自分が何者なのかわからなかった。
カフカの「城」の主人公のように、何故自分がここに呼ばれたのか、何をしなくてはいけないのか、皆目わからずウロウロとさまようだけだった。
どこに行っても溶け込めない「よそ者」で、言葉も振る舞いも奇妙な「異邦人」で、しかし何かがずっと心の奥で叫んでいた。
私はここにいる! 私はここに生きている! 私は何者かであるはずだ!
私はフリークスかもしれないが、ちゃんと魂を持っている。
人間のそれとは違う形をしていようとも、フリークスにも魂はあるのだ。
私はフリークスの魂を言葉にすることにした。
それが、私の作品だ。
おそらくこの世で唯一無二の、私にしか書けない魂の記録なのである。
(つづく)
イラスト:トシダナルホ
編集・構成 MOC(モック)編集部
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