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恋のあとさき ~大輔の場合【3】〜

 

~大輔の場合【3】〜

人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。実話をベースにした不倫小説をお送りします。

 

 

妻の容子が出て行って3ヶ月が過ぎた。手伝ってくれていた母は、あと1ヶ月で自宅に戻るという。

「お手伝いさんでも頼んだら?」

恵利はこともなげに言う。家事を代行してもらってどのくらいの料金がかかるものか、大輔にはさっぱりわからない。そもそも他人を家に入れることで、子どもたちの心理面に影響があるのではないかと心配にもなる。

「あなたにとって、容子さんはお手伝いさんみたいなものだったんじゃないの?」

恵利が不穏なことを言う。

「どういう意味だ?」

「奥さんを女として見てなかったわけでしょ。家政婦さんと一緒じゃない」

「容子は母親として妻として、きちんとやってくれていた。恵利にそんなことを言われる筋合いはないよ」

大輔は声を荒らげた。

「そうね。きちんとやっていてくれていた妻を、あなたはきちんと愛していた?」

恵利はまったくめげずに言い返してくる。どうなっているんだ、なぜこんなに恵利がムキになるのだ。

「オレはきみを家に入れるつもりはないから。妻の座を狙っているなら諦めてほしい」

恵利は高らかに笑った。

「バカ言わないでよ。私は金輪際、結婚する気はないわ。それにあなたの妻の座って、それほどのステイタスなの?」

うっと大輔は言葉に詰まる。

イヤな言い争いをしてしまった。恵利には惚れているが、あそこまで家庭のことに踏み込むことはないだろう。大輔の手からひらひら逃げて、その日は恵利と体を重ねることができなかった。それもどこか腹立たしい。

 

 

妻との再会

 

大輔は出て行った容子に、初めてメールを打った。娘の佳奈がやりとりをしていて、「元気そうだよ」とは聞いていたが、駆け落ちした一回り年下の男が誰なのかを佳奈が知っているのかさえ問いただすのが怖く、「元気ならいいよ」と言うしかなかったのだ。

いいかげん、妻と直接、話すしかない。大輔はようやく腹を決めた。

<どうしている? 元気か?>

それしか書けない。そのまま送った。

<元気よ>

妻からはそれだけだ。

<一度、会えないか>

<そうね。会ったほうがいいわね。あなたは元気なの?>

<元気なわけないだろ、きみがいないのに>

<そうなの?>

行間からなぜか容子の余裕が覗く。自分の知っている容子とは別の女性とやりとりしているような気がしてくる。

<オレはずっときみを信頼していたよ。こんなことになるまでは>

<それはあなたの買いかぶり。私だってただの女よ>

<女だったら駆け落ちしてもいいのか。子どもを見捨てるような女だとは思わなかったよ>

容子からの返事は途絶えた。

待ちくたびれて、大輔は再度打つ。

<それはともかく、とにかく一度会いたい>

<責められるだけなら会いたくない>

ここは下手に出たほうがいいようだ。

<責めないよ。とにかく帰って来てほしいんだ>

<セックスもできる家政婦としてですか?>

容子は自分がそう思われていると感じていたのか。恵利の言葉が蘇る。

<とにかく一度、話したい。家でなくてもいい。場所を指定してくれたら出向くよ>

容子は繁華街のホテルを指定してきた。部屋番号は当日、伝えると言う。

妻とホテルの部屋で会うのは異常な状況だ。妻は若い男をともなって来るのだろうか。自分はその男を見たらどういう態度に出るだろうか。

大輔はそもそもまだ、容子が駆け落ちしたことが信じられずにいた。50歳にもなろうという女を30代の男が相手にするだろうか。美人でもスタイルがいいわけでもないのに。それに容子はそんなに大胆なことができる女ではない。

 

数日後の土曜日、大輔はひとりホテルへと赴いた。ロビーに着くと容子に連絡をする。部屋番号の数字だけが素っ気なくメールで返ってきた。

エレベーターを降り、目的の部屋の前に立つと、さすがに胸が詰まりそうになる。深呼吸をし、ノックをするとすぐに扉が開いた。

容子が立っていた。その姿を見て不覚にも、大輔は涙ぐんだ。思わず妻の腕をとって抱きしめた。容子はされるがままだが、彼女の手は大輔の背には回らない。

「とにかく、座って」

広い部屋だった。応接セットに座る。

「なんでも聞いて。答えるわ」

向かいに座った容子が背筋を伸ばしたまま静かに言った。凜とした雰囲気に、大輔は言葉が出ない。

「きれいになったな」

思わずつぶやく。

「この3ヶ月、私は女として生きてきた。これからも女として生きたいの。あなたはどう思ってる?」

「それは駆け落ちした男と一緒にいたいという意味か?」

「そうではないわ」

「うちに帰ってきてほしい」

「だから昨夜もメールで書いた。セックスもできる家政婦として帰ればいいの?」

「オレにどうしろって言うんだ」

容子は深くため息をつく。

「あなたはいつもそうやって開き直るのよ」

「だからそんなことじゃ、奥さんは帰ってこないって言ったでしょ」

どこかで聞いたことのある声だ。大輔は振り返った。そこには恵利が立っていた。隣には娘の佳奈も。

大輔は思わず立ち上がる。なにがどうなっているのか理解できなかった。

 

 

妻を見くびってはいけない

 

「どういうことなんだ」

大輔は立ち尽くしている。容子と恵利と佳奈は真顔で表情ひとつ動いていない。

「容子さんは、あなたが私と浮気しているのを知って連絡してきたの」

「私は恵利さんを責めるつもりはなかった。話したかっただけ」

「そうしたらおかあさんと恵利さんが友だちになっちゃったっていうわけ」

妻が夫の浮気相手と友だちになるなんて……。

「あなたは私を女として見てた。でも容子さんに聞いたら、妻のことは女として見ていないって。それはあんまりだと私は思った。だから容子さんも浮気しちゃえばいいのよってけしかけた。私の男友だちでいいのがいるから、せめてデートくらいしなさいって」

「そうしたら彼とおかあさんが恋に落ちちゃって」

佳奈が笑っていた。

「おまえはおかあさんが浮気して平気なのか」

思わず大輔は声を荒らげた。

「おとうさん、私、今、つきあっている人がいるの。人を好きになるって素敵なことじゃない? おかあさんはおとうさんに愛されていない。少なくとも私にはそう見えた。家族としての愛情はあったかもしれないけど、おとうさんとおかあさんは男女の愛情では結ばれてない。だからおかあさんが若い彼と恋に落ちたとき、私はうれしかった」

「ふざけるな!」

そんなことがあっていいはずがない。女たちが仕組んだ反乱に苦しめられていたなんて。

「妻が浮気してはいけないとは言えないでしょ。あなただってさんざん浮気してきたんだから」

恵利も笑っている。

「彼は優しかったわ。一緒になりたいと言ってくれているの。あなた、どうする?」

容子も笑みを浮かべていた。

「どうするって……。佳奈はもう大人かもしれないが、亮と勇はどうするんだ」

「あなたはいつもそう。自分の気持ちをはっきり言わないのね。子どもたちは私が引き取ります。このことはね、おかあさんも知ってるの」

大輔は絶句した。おふくろまでグルだったのか。自分に関わるすべての女性たちに裏切られたのだ。

恵利と佳奈が目配せしあって部屋から出て行った。容子はじっと大輔を見つめてくる。その目に射貫かれたように大輔は動けなかった。

「私はずっとあなたに従って家を守ってきた。子どもたちは私の宝よ。だけど私はあなたを男として尊敬できなくなってる。尊敬どころか好意さえ持てるかどうかわからない。恵利さんはいい人よ。でも彼女もあなたを心から好きだとは言えないと言ってる。婚外恋愛の相手に本気で好きだとは言えないといわれてしまうあなたが、私は少しかわいそうだと思ってる」

自分では恵利に惚れているつもりだった。ところが恵利のほうは、本気ではなかったのだ。

「夫婦としてやり直す? それとも別れる? どちらかしかないのよ」

「きみはどうしたいんだ」

「先に答えるのはあなたよ」

窓を背にして立っている容子に後光が差しているように見えた。ここで彼女と別れたら、一生後悔すると大輔は思った。

「もう一度、始めよう。最初に出会った大学生時代に戻って。男と女として」

素直にそう言えた。

大輔は容子に近づき、唇を重ねた。胸がドキドキした。容子の手が大輔の背中に静かに周るのを感じていた。

(次章につづく)

 

イラスト:アイバカヨ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
亀山 早苗

亀山 早苗

1960年東京生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライターとして、女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に取り組む。『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋の決断』『妻と恋人』『渇望』『オンナを降りない女たち、オトコを降りるオトコたち』など、不倫や婚外恋愛に関する著書多数。『渇いた夜』、『愛より甘く、せつなく』などの小説作品やノンフィクション作品も手がける。

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