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恋のあとさき ~恵利の場合【1】〜

 

 

~恵利の場合【1】〜

人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。実話をベースにした不倫小説をお送りします。

 

 

つきあっていた大輔が妻の容子のもとへ戻り、恵利はほっとしていた。容子とその娘の佳奈と組んで、大輔をとっちめる結果になったが、結果、これでよかったのではないだろうか。だが、容子と駆け落ちした若い俊幸は大丈夫だろうか。

 

気になった恵利は、俊幸に連絡をとってみた。彼は父親が経営する町工場の跡取りなのだが、あまりまじめに仕事をしていない。だからこそ駆け落ちができたのだ。

<大丈夫?>

俊幸からはすぐ返事が来た。

<大丈夫じゃないっすよ。なんでオレがこんな目にあうの? オレ、マジで容子さんに惚れてたのに>

<しかたないでしょう。彼女は夫を選び直したのよ>

<オヤジもおふくろもカンカンに怒ってるし、オレ、ずっと家に監禁状態>

<仕事してるの?>

<してますよ。まっとうに生きなかったら、家を追い出すって言われてる>

ふふ、と笑って恵利はスマホを閉じた。これで俊幸も少しはまじめに働くようになるかもしれない。

さて、今度は自分のことを考えよう。まずは仕事をしてから……と、恵利は仕事部屋に籠もった。

 

大輔が自分を心から好きでいてくれたことを恵利は知っている。だが、それは愛情というよりは、「今まで自分の世界にはいなかった生きもの」を見るような物珍しさではなかったかとも思っている。

恵利自身は、従来の男役割を押しつけられた不自由な大輔をおもしろがっていたところがある。形としてみれば惚れ合ったふたりなのかもしれないが、実態はそんなもの。恋愛とは残酷なものなのかもしれない。

ただ、恵利自身が本当に自由を満喫しているのかと言われると、即答でイエスとは言いかねた。恋愛に何も期待していない、男に何も期待していないからこそ何も得られずにふわふわしているだけなのかもしれなかった。

「でも、どんな人生でもあのころよりはマシ」

恵利は自分に言い聞かせる。

 

 

結婚に疲れて

恵利は結婚していた時期を思い返す。美術系の大学時代にアルバイトをしていた美術館で知り合った15歳年上の彫刻家と、恵利は卒業後すぐに結婚した。燃えるような恋だったのだ。ところが彼は気まぐれでプライドが高く、結婚するとすぐ恵利に飽きた。

どこで知り合ったのか、深夜に酔っぱらったまま女性連れで帰宅したこともある。

「あんた、結婚してたの?」

素っ頓狂な声を出して女はゲラゲラ笑い出し、ふたりは夫婦のベッドでいちゃつきだした。

「やめてー」

恵利が絶叫すると、夫は女を追い出して恵利にすがりついてくる。

「オレが好きなのは恵利だけだ」

床に押し倒され、拒絶しようとすると頬を張られた。自分の欲求がそのまま暴力に結びつくような男だった。その強烈さは魅力でもあったが、恵利はだんだん疲れていった。独占欲が強く、恵利が仕事から帰ってくると「男と話していただろう」と意味なく嫉妬をぶつけられたこともある。

若いときは天才ともてはやされ、それなりに業界では地位もあったが、夫の精神は常に狂気をはらんでいた。そうでなければああいう彫刻は作れないと言われるほど、彼の作品は大胆で、見るものを立ち止まらせずにはいなかった。

それでも恵利が妊娠したとわかったときは、夫は目を潤ませて喜んだものだった。

「オレも人並みに父親になれるんだ。恵利、ありがとう」

それなのに恵利が妊娠中は浮気三昧。お腹がふくらむにつれ、恵利は離婚を意識するようになっていった。彼には芸術家としての魅力はある。だがともに生活していくには、あまりに常軌を逸していた。だが、彼との結婚を強行したことで恵利は実家と縁が切れてしまった。両親は、この結婚に大反対だったのだ。

恵利はひとりで病院へ行き、ひとりで出産した。親にも知らせなかった。置き手紙を見た夫が病院に来たのは、息子が生まれてから2日後だった。

「オレ、生まれ変わるよ」

そのとき夫は息子を抱きながらそう言ったのだ。だが、変わらなかった。彼がどんなに変わろうとしても、彼の心の奥の核がそうさせなかったのかもしれない。彼は根っからの「変わった芸術家」だったのだ。

仕事が行き詰まると、ふらりと飲みに出る。帰ってくると授乳している恵利に迫ってくる。前に赤ん坊を抱えながら、後ろから夫に貫かれたこともあった。江戸時代の春画のような構図である。恵利がもしそれを楽しめたなら、夫との関係も変わっていたかもしれない。だが、恵利はよくも悪くも「常識人」だった。だから子どもに乳を飲ませながら、肉体の悦びは得ることができなかった。今だったら、あれをエロスと感じられるだろうか。そう思い返して、恵利は首を横に振る。

 

 

初めての浮気

離婚を考えながらも、恵利は夫を見捨てることができなかった。自分自身も行き場所がない。乳飲み子を抱えて生きていけるとは思えなかった。

恵利は保育園に子どもを預け、すぐに働き出した。美大の先輩を頼って本格的にグラフィックデザインの仕事を始めたのだ。自立するためにはなりふりかまっていられなかった。そのころには両親と行き来するようにもなっていた。親は孫を見ると、娘の伴侶がどういう人間であれ、全面的に協力してくれた。だから保育園のお迎えに間に合わないときは、母が息子を連れ帰ってめんどうをみてくれたのだ。

そんな母がある日ぽつりと言った。

「がんばりすぎなくていいよ。戻っておいで」

母は何をきっかけにあんなことを言ったのだろう。恵利の留守に自宅へ息子を連れてきて、「あんなヤツに息子は渡せない」と怒ったあとだったから、ひょっとしたら夫が女を連れ込んでいるのを見てしまったのだろうか。

そのころ、夫はモデルだと言って公然と自宅に女を連れ込んでいた。確かにモデルではあるのだが、そのうち必ず夫は女といちゃつき始める。自宅の小さなアトリエではデッサンをするだけだが、女の嬌声は昼夜関係なく響き渡ることがあった。

息子が4歳になったころ、恵利は職場の上司と浮気をした。仕事を褒められ、一緒に食事をして気を許してしまったのだ。自宅でも職場でも、母との関係でも、常に気持ちが張りつめていたから、上司に抱きしめられた瞬間、体からすべての力が抜けた。

夫は常に自分の欲求のままに恵利を求め、彼女が感じるかどうかは眼中になかった。それがセックスだと思っていた恵利は、上司とベッドをともにして涙が止まらなくなった。優しいキスがいつまでも続き、指をやわらかく使って肌をなぞられると全身があわだつような気分になる。上司がそうっと入ってきたとき、恵利の全身がしなった。そんな感覚は初めてだった。

「こんなにいいの、初めて」

恵利はつぶやいた。上司はうれしそうに「恵利はいい女だよ」と体を打ちつけてくる。男の情熱を感じたような気がして、彼女の体はさらにしなった。

その上司はそれ以降、恵利にいい仕事を回してくれるようになった。恵利はその仕事を自分のものにした。依怙贔屓されているだの、あのふたりは怪しいだのと会社の中では噂が駆け巡っていたらしいが、期待以上の仕事をしている自信があったから、恵利は噂など気にもしなかった。

半年ほどたったとき、上司は「妻にバレかかっている」と情けない顔をした。

「大丈夫、ほとぼりが冷めるまで会うのをやめましょう」

恵利はさらりとそう言って、その上司よりさらに上の部長と関係をもった。部長は異動してきたばかりだったから、部内の情報をお知らせしたいと恵利から誘って食事に行った。

そしてその夜のうちに部長を籠絡したのだ。

「この会社でのし上がってやる。そしてこの業界で名をなしてやる」

恵利は部長の背中に手を回しながらそう思っていた。セックスと愛情がセットになるのではなく、彼女にとっては仕事とセックスがセットになっていた。

(つづく)

 

 

イラスト:アイバカヨ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
亀山 早苗

亀山 早苗

1960年東京生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライターとして、女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に取り組む。『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋の決断』『妻と恋人』『渇望』『オンナを降りない女たち、オトコを降りるオトコたち』など、不倫や婚外恋愛に関する著書多数。『渇いた夜』、『愛より甘く、せつなく』などの小説作品やノンフィクション作品も手がける。

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