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恋のあとさき ~恵利の場合【2】〜

 

 

~恵利の場合【2】〜

人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。実話をベースにした不倫小説をお送りします。

 

 

部長の相田潤とはうまくいっていたのだ。その後、恵利は長男の知治を連れて夜逃げ同然に家を出た。離婚にあたっては潤が弁護士を紹介してくれたり、一時期はウィークリーマンションを借りてかくまってくれたりした。ようやく離婚できたのは、恵利が40歳、知治が中学2年のときだった。

小さいながらも自力でマンションを借りた。新しい部屋に入ったとき、知治がつぶやいた「これでようやくおかあさんも自分の人生を送れるね」という言葉に、恵利は涙ぐんだ。息子はいつのまにか母の人生を思いやれる大人になっていたのだ。

潤との関係はその後も続いた。彼女自身の実力に部長としての潤の後押しがあり、恵利は42歳のときにデザイン部のチーフになった。ところが前につきあっていた直属の上司が、相田部長と恵利の関係に気づき、恵利を脅してきた。

「相田との関係を会社にバラしてやる。相田もクビだろうな」

恵利は潤には何も言わず、辞職した。男を出し抜いて、どこまでも出世してやろうと思っていたのに、そうするには恵利は潤に愛情を持ちすぎていた。

 

「どうして言ってくれなかったんだよ」

半年後、フリーランスで四苦八苦いた恵利のもとへ相田潤が訪ねてきた。自宅近くの喫茶店でふたりは向かい合う。

「だって私が事情を言ったら、あなたが大変な思いをするから」

「申し訳なかった」

潤は深く頭を下げた。どうやら直属上司は自分が恵利と関係をもっていたことには言及していないようだ。どこまでも保身が強い男だったんだと恵利は納得する。

「これからどうする? 復職するならオレが会社にかけ合うよ」

「いいの、フリーランスでがんばってみる」

「わかった」

喫茶店を出ると、潤はもじもじしている。私的な関係を戻そうと言うのだろうか。本当は恵利から言い出したかったが、彼女は男の出方を待つ。

「あのさ」

「なに?」

「あの……やり直さないか? オレは恵利がいなくなってから、仕事にやる気が出なくてなあ。いかに恵利に支えられていたかよくわかった」

「私は支えてなんていないわ」

「いや、存在じたいがオレのエネルギー源だった。オレもきみのエネルギー源になれないだろうか」

潤の言うことはかなり支離滅裂だった。ふっと恵利が笑う。

「なに?」

「だって部長、自分が支えてほしいのか支えたいのか、どちらかよくわからないから。本音は『また、したい』じゃないの?」

潤は真顔になった。

「オレは恵利を近くに感じたいだけだ。恵利がしたくないならしなくてもいい。それでもそばにいたい」

「あら、私はしたいけど……」

今度は相田が笑い出した。

「だから好きだよ、恵利のこと。ついでに“部長”だけはやめてくれ。オレはもう恵利の上司ではないんだから」

地位や立場とは無関係に“男女”だけでつきあっていけるのがうれしかった。恵利はそのまま相田をホテルに誘った。「え、今から」と驚いていた相田もその気になる。

久しぶりに相田の愛撫を受けて、恵利の体は燃えた。もちろん、心も。

 

息子の友だち

そのまま恵利と潤の関係は続いている。恵利が大輔と関係をもっていた2年間は「ふたまた」だったのだ。だが恵利にはまったく罪悪感はなかった。

大輔を妻の元に返して、恵利は相田との関係も考え直さなければいけないと思い始めていた。従来の男役割に振り回されているような大輔と、恵利を尊重してくれる潤。ふたりとの関係は、恵利にいろいろなことを教えてくれた。男とは何か、女とは何か。自分自身が女役割に縛られているところもあると知った。

いっそ潤とも別れてしまおうか。恵利はなんとなくそんなふうに思っていた。少し自分の人生を変えたい。潤が外注として回してくれている仕事も順調だが、彼は男女の縁が切れたからといって仕事を回すなと圧力をかけるタイプではない。仕事と男女の関係はあくまでも別だと割り切っているはずだ。

恵利は鏡を見ながらため息をついた。40代後半になって、シミもシワも増えてきた。白髪の増殖も止めようがない。家でカラーリングをしてからシャワーを浴び、クライアントとの打ち合わせに向かった。

恵利のアイデアが受け入れられて打ち合わせが終わり、ほっと一息ついて街路に面したカフェでゆっくりお茶を飲む。これが恵利にとって至福のときだ。

「あれ、沢田さんじゃないですか?」

息子のような年齢の若者が話しかけてきた。

「わ、孝太くん!」

恵利は周囲の人が驚くほどの大声を上げた。結婚していたころ住んでいた場所での知治の幼なじみである。小学校も中学校も一緒だったが、中学途中で恵利と知治は人知れず引っ越したので、知治と孝太はそれきり会うこともなかったはずだ。

「知治、どうしてます? 僕、おばさんに会いたかったんだ」

「孝太くん、子どもの頃と同じ顔」

恵利は笑い出した。明るくて人気者だった小学校時代の孝太を思い出したのだ。

「覚えてる? 運動会の徒競走であなたが1位になったのに、振り向いたらうちの知治が転んでいたから、あなた、また戻って一緒にゴールしてくれたのよね」

「そんなことあったっけ?」

孝太はいつの間にか恵利の隣の席に座り込んでいる。

「それよりおばさん、知治、元気なの?」

「元気よ。今、大学2年になったわ」

「そうかあ、よかった。知治が急にいなくなって誰も連絡先を知らなかったから、みんな心配していたんだよ」

「あのころね、おばさんち、大変だったのよ。だんなさんとうまくいかなくてね」

「うん、あとからそんな噂が流れてた。だから行き先も告げずにいなくなったって」

「懐かしいわね。孝太くんのおかあさんは? 元気?」

「うん、うちはあのまま。父さんも母さんも元気。弟も高校生になって」

「そう。私のところは知治とふたり暮らしだから、また遊びに来てよ。知治から連絡させるから、電話番号教えて」

「ついでにLINEもね、おばさん」

孝太にコーヒーをごちそうしながら、夫と離婚して6年の月日がたったのかと改めて思った。夫婦の形をなさなくなってからはもっと長い月日がたっていたが。最近、夫は新たな作品を作っているのだろうかとふと思ってから、離婚後、まったく夫のことを考えていなかったと感じた。夫婦が別れると他人より興味が薄れるものなのかもしれない。

 

知治と孝太はすぐに連絡をとりあったらしい。数日後に、知治は「おかあさん、明日、時間ある?」と言ってきた。

「明日は大丈夫よ。どうしたの?」

「孝太が遊びに来たいって。おかあさんの料理が食べたいらしいよ」

そういえば商売をしていた孝太の両親は常に忙しく、孝太はときどき恵利の作った食事を食べていた。夫が別の場所にあるアトリエに籠もっているときは自宅は平和だったので、孝太を招くこともできたのだ。

「いいなあ、こういうごはん。うちなんて近所で買ってきたものばかりだよ」

孝太は手作りのハンバーグや野菜の煮物をほおばりながらよくそう言った。

「孝太くんのおかあさんは一生懸命働いてるの。だからごはんが作れなくてもしょうがないのよ」

恵利はそう孝太を諭したものだった。

「孝太くんは何を食べたいのかな」

「あのころみたいにハンバーグじゃない?」

知治はそう言って笑った。ふたりはすっかり昔の友だち感覚を取り戻したようだ。

「わかった。じゃあ、おいしいもの作っておくね」

「オレ、バイトが終わったらすぐ帰ってくるから」

知治の声も弾んでいた。

(つづく)

 

 

イラスト:アイバカヨ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
亀山 早苗

亀山 早苗

1960年東京生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライターとして、女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に取り組む。『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋の決断』『妻と恋人』『渇望』『オンナを降りない女たち、オトコを降りるオトコたち』など、不倫や婚外恋愛に関する著書多数。『渇いた夜』、『愛より甘く、せつなく』などの小説作品やノンフィクション作品も手がける。

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