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恋のあとさき 12 ~隆史の場合【3】〜

 

 

~隆史の場合【3】〜

人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。実話をベースにした不倫小説をお送りします。

 

 

肉体が深い交わりをかわしたとき、精神もまた深く絡み合うものだと隆史は生まれて初めてしみじみと感じた。それを知ったのが、妻である由美子ではなく、二回りも年下の亜希子だったとは。いや、亜希子とだからこそ、そこまでの深さを知ることができたのかもしれないが。

亜希子を連れて、どこか1泊で旅行をしよう。彼女が望んでいるのだから叶えてやりたい。だが隆史は、ゴルフもしないし遠出する趣味もない。どうしたら不自然でなくひとりで車で遠出できるのか……。

「あら、実家に帰ってくるって言えば?」

亜希子はなんてことないという調子で言う。

「確かに高齢の母親がひとりで暮らしているけどさ、ウソをつきとおせるかなあ」

「こうしたら? あなたはちょうど実家方面に出張があるから車で出かけると言って、私とドライブがてら箱根に行く。箱根で1泊してあなたは次の夕方、実家に寄って帰ってくる。私は電車で帰るから」

「一緒に行ったのに別々に帰るのか」

「しかたないでしょう。バレないためにはそのくらいの犠牲は払わないと」

前より強くなった亜希子を、隆史はまぶしそうに見た。

「そうだな」

「一緒に休むと不審に思われるかもしれないから、私は金曜午後を半休にする?」

「そうだな。オレは朝からどこかに車を止めておくよ」

話がまとまった。家族を裏切るという実感はなかった。ただ、亜希子と出かけたいだけだった。

 

亜希子を車から降ろし、隆史は何度もミラーで亜希子を見ながらようやく車を発進させた。しばらく行ったドライブインで車を止め、ようやく携帯の電源を入れる。旅行が始まったとたん、亜希子に携帯の電源を切るように言われたのだ。たしかに誰にも邪魔されたくない時間だった。

丸1日ぶりに電源を入れると、妻の由美子から何度も連絡が入っていた。あわてて留守電を聞く。

「あなた、どこにいるの? 孝太が家を出て行ったわ」

言い訳も考えず、すぐに由美子に連絡をする。

「ああ、あなた、どこにいるの」

「それはともかく、どうしたんだ、孝太は」

「孝太が結婚って言っていた相手ね、二回りも年上の女性らしいわ」

「なんだって!」

「驚かないでよ。孝太の同級生の知治くんのおかあさんよ。恵利さん」

恵利という名前にかすかな記憶があるが、同級生のおかあさん、という言葉に驚いて隆史は黙り込んだ。

「いったい、どういうことなんだ」

「わからないわよ、私も。聞いてびっくりして……。孝太は彼女のことが好きでたまらなくて、もういても立ってもいられないって。それで出て行ったきり昨夜は帰ってこなかったのよ」

完全に家出したというわけではないらしい。出張先から近いので一応、実家の母親の様子を見てくると告げて、隆史は電話を切った。

実家に戻って玄関を開けると、中から母親の笑い声が聞こえる。

「おかあさん」

声をかけながら上がると、リビングに孝太がいた。

「あれ、おとうさん。どうしたの?」

「どうしたのじゃない、おまえこそどうしたんだ」

「たまにはおばあちゃんの顔が見たくてね」

「オレもだ」

母が立ち上がる。また少し小さくなったような気がするが、足腰はしっかりしている。

「珍しくにぎやかだね」

「あ、いいよ。お茶なら自分でいれるから」

「いいよいいよ」

母のお手製のいなり寿司をいくつかつまんで、「おかあさん、いつでも東京に来てよ。一緒に暮らそうよ」といつものように言う。そして母はいつものように「いいよ、私はここが好きだから」とニコニコしながら答えるのだ。夕方になると、近所の人がやってきた。

「今日はみんなでカラオケ大会なんだよ、うちで」

母には母の暮らしがあるのだ。

 

 

自分の恋と息子の恋

 

隆史は帰りがけ、息子とふたりで国道沿いのファミレスに寄った。息子の真意を尋ねたかったのだ。

席に着き、注文がすむと孝太がいつになく真剣に話し出す。

「おとうさんがわかってくれようがくれまいがいいんだ。とにかく僕は年上の女性を好きになった。彼女は独身だから結婚できる。大学をやめて結婚しようと思ってる」

「彼女は仕事をしていないのか」

「してるよ。フリーランスで、けっこう信用があるデザイナーなんだ。でも彼女に生活のめんどうをみてもらうわけにはいかない」

「だったら、大学を出て就職して、そこで改めて結婚を考えてもいいんじゃないか。おまえに生活のめどがたたなければ、結婚も何もないだろう。だいたい、彼女は結婚すると言っているのか」

孝太は黙り込んだ。どうやたら孝太ひとりが先走っているようだ。熱がさめれば、事態は変わっていくのかもしれない。だからこそ隆史は冷静に、「おまえの気持ちはわかるけど」と共感するそぶりも見せながら説得を続けた。

トイレに行こうと奥のほうの席まで行って、隆史は思わず立ち止まった。体中が固まる。喫煙席でタバコを吹かしながら男と顔を寄せているのは、亜希子ではないだろうか。なぜ亜希子がこんなところにいるんだ。駅まで送ったし、彼女は電車で帰ったのではなかったか。

隆史はあわててトイレで用をすませ、もう一度、そうっと喫煙席を見た。確かに亜希子だった。亜希子は艶っぽい笑みを見せながら、同世代の男とテーブルの上で指を絡ませている。それを見て我を失った隆史は、思わず亜希子のいるテーブルへと小走りに向かう。

「何やってるんだ」

亜希子は落ち着いた様子で隆史を見上げ、「あら、飯村さん」と立ち上がる。

「どうしたんですか、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」

「亜希子の会社の方?」

若い男も立ち上がる。

「そう。飯村さん。もうじき部長さんになられるの。優秀なんだけど気さくで優しくて、女子社員から大人気なのよ」

「亜希子がいつもお世話になっております。田中といいます。亜希子の婚約者です」

「こ、婚約者!?」

隆史の声がひっくり返った。亜希子は「そろそろ行こうか」と彼を促し、「じゃあまた会社で」と隆史に丁寧にお辞儀をして去っていった。隆史は呆然とするしかない。振り向いた亜希子は、片目をチャーミングにつぶって見せた。

 

「なに、知り合い?」

席に戻ると孝太が声をかけてきた。

「え、あ、ああ」

落ち着けと自分に言い聞かせるが、ショックのあまりまともに返事ができない。一気に水を飲み干してようやく少し落ち着いた。

「なあ孝太、女はわからんな」

「どうしたの」

「いや、さっきの彼女、うちの会社の社員なんだけどな。彼女にはつきあっている男がいるんだ、前に相談されたから知っているんだが。でもさっき一緒にいたのは別の男だ」

「そりゃ、よりよい異性を求める女の常じゃないの?」

孝太がさらりと言った。そうか、そうだよな。ふっふっふと隆史はひとりで含み笑いをする。

「なんだよ、おとうさん。気持ち悪いなあ」

亜希子にとって、自分は何のメリットもなかったのだ。ちょっと性的な快感が強くたって、それで一生暮らせるわけでもない。亜希子とはもう離れられないくらいの気持ちと快感で結びついていると思っていたのは自分だけだったのだ。

「人間って何のために生きているんだろうなあ」

ふとひとりごちた。顔を上げると孝太が心配そうな顔をしている。

「大丈夫? おとうさん」

「おまえの若さが羨ましいよ」

隆史の本音だった。

「ま、若いんだから好きなように生きればいいさ。だけどときどき立ち止まって考えろよ。後悔しないように」

隆史は自分に言い聞かせるように話す。それが説得力を増したのか、孝太も真顔でうなずいていた。

(次章へつづく)

 

イラスト:アイバカヨ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
亀山 早苗

亀山 早苗

1960年東京生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライターとして、女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に取り組む。『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋の決断』『妻と恋人』『渇望』『オンナを降りない女たち、オトコを降りるオトコたち』など、不倫や婚外恋愛に関する著書多数。『渇いた夜』、『愛より甘く、せつなく』などの小説作品やノンフィクション作品も手がける。

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