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恋のあとさき ~由美子の場合【2】〜

 

 

~由美子の場合【2】〜

人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。実話をベースにした不倫小説をお送りします。

 

 

由美子は店長のあとについて部屋に向かう。とある部屋の前で、店長は「今日は、ゆかりさんという名前にしましたので」と小さな声で言った。店長がドアを開ける。

「太田さん、今日、体験入店のゆかりさんです。よろしくお願いします」

由美子も頭を下げた。店長はそのまま行ってしまう。

風俗の生き字引などとミエコが言うから、てっきり高齢者かと思っていたのだが、ベッドに座ってニコニコしている太田は、由美子と同世代に見えた。

「緊張してる?」

「はい」

「ここに座ってよ」

隣に座ると、由美子は大きく息を吐いた。太田は、男はどういう会話が好きか、どうされると疑似恋愛を楽しめるかなどを淡々と語る。

「もちろん、個人差が大きいからね。相手が何を望んでいるのかわからないときは聞いちゃったほうがいいと思う」

手順は店長に聞いていたので、シャワーを浴びるという太田について由美子もバスルームに向かう。小さな洗い場で、由美子は太田の体を洗っていった。目の前で裸の男の姿を見るのは久しぶりだった。少しだけ上向きつつある太田の“オトコ”の部分を、手で包み込むように洗いながら、由美子はぱくりと咥えてみた。

「おお」

太田が声を上げるのがうれしい。実際は由美子は、夫にこうした行為をした記憶がほとんどない。してみたくて挑戦したことはあるのだが、隆史はそのとき「そういうことは妻というのもはしなくていい」と言ったような気がする。もっと夫と身も心も密着した関係を欲していたのかもしれないと由美子は思う。

したこともないのに太田にそんなことができたのは、あまりに目の前にあったからだ。メスの本能として咥えてしまったのかもしれない。

その後、部屋のベッドに戻って、舌や手などを使って太田を最後まで導いた。不慣れなため、流れるような作業にはならなかったが、太田はかえってそこが新鮮だったと言ってくれた。

にこやかに太田を送り出した由美子だが、店長室に入るとぐったりとソファに座り込んだ。ぺらぺらしたランジェリーが今さらながら恥ずかしい。自分は何をしているのだろう。

「大丈夫ですか」

店長が水をもってきてくれた。一気に水を飲み干して、由美子は深く息を吐いた。

「どうですか。やっていけそうですか」

「私、技術的なことがほとんどできないんです」

「それは努力でなんとでもなります。ただ、あなたの誠実さはきっと男性たちの心を打つと太田さんは言ってましたよ」

「女として合格なんでしょうか」

言いながら、私はそれが知りたかったのだと由美子は感じた。50歳という年齢になってはじめて、自分が女であることを意識したくてたまらなくなったのだ。どうしてなのかはわからない。若くもきれいでもない自分が、誰かに女としてもらえることがあるのかどうか、それを知りたかったのかもしれない。

「うちで働こうが働くまいが、どちらにしても飯村さんは女性として素敵だと思います」

社交辞令でもうれしかった。うれしさついでに「明日から来ます」と言ってしまった。

 

 

恋愛ってなに?

由美子はスカートの裾を翻して、今日も仕事に出かける。着ているものも生活も決して派手にはなっていないが、貯蓄額だけが増えていった。

あれから半年、由美子の口座にはすでに二百万円近いお金がたまっている。彼女の楽しみは、ときおりデパートの地下で息子の孝太が好きな牛肉を買うことくらいだった。しかし、ここ数日、由美子の気持ちは弾んでいた。

店に着くと入り口で周りを見渡す習慣だけは今も抜けていない。

「おはようございます」

「あ、ゆかりさん、おはよう」

結局、店での名前は“ゆかり”となった。

「今日も指名3件入っているからよろしくね」

「はあい」

間延びした返事をするとき、由美子はこの業界に染まっている自分を感じる。それは決して嫌悪感をともなわなかった。

店長の小倉が予感したとおり、由美子はすっかり売れっ子になっていた。若くも美人でもないのに、年配のサラリーマンたちが彼女を指名する。

「ゆかりさん、最初は相川さんだからね」

そう言われて由美子はドキッとした。相川はここ2ヶ月ほど毎週のようにやってくる。53歳、5年前に離婚して以来、ひとりで暮らしているが、「夜になると寂しくてさ」と最初のころはよく言っていた。だが、由美子のところに通ってくるようになってから運気が変わったと言い始めている。

由美子が自前のランジェリーに着替えるとすぐ、相川がやってきた。

「とうとう大口の商談、契約にこぎつけたよ」

部屋に入るなり、相川は言った。

「ほんと? すごいわ。相川さんならきっと大丈夫だと思ってた」

「ゆかりさんのおかげだよ」

相川はそう言って、「これ、プレゼント」と有名ブランドの袋を差し出した。中をのぞくと箱にもブランドのロゴがある。

「こんな高いものいただけないわ」

「いいんだよ、ゆかりさんのおかげで商談がまとまったようなものなんだから」

由美子は箱を開けてみる。輝くようなオパールのペンダントだった。いつだったかオパールの神秘性が好きだと由美子が言ったのを覚えていてくれたのだろう。

「どうしましょう、こんな素敵な……」

それ以上、言葉が出ずに見とれてしまう。

「私は何もしてないのに」

「いつも励ましてくれたよ。だからがんばれた。それは僕の気持ちだから」

「ありがとうございます」

由美子は心からお礼を言った。

「今日はゆかりさんと話したくて来たんだ」

相川はコーヒーとケーキを買ってきていた。近くの店で、店長の小倉に買ってきてもらったのだという。

「僕が持ち込むと、万が一、食中毒でも起こったときに毒を盛ったと思われちゃうから」

「相川さんがそんなことするはずはないけど、そこまでお気遣いいただくなんて」

「今日はずっと話していようよ」

「いいんですか」

「ゆかりさんと話したい。それだけでいいんだ」

「本当は私のほうがお祝いしないといけないのに。今度来るときは、何日か前に予約入れてくださいね。私もお祝いしたいから」

コーヒーとケーキで、ふたりは世間話を続けた。むずかしい話はしたくないのだろう、いつにもまして相川は学生時代にフラれたことなどをおもしろおかしく話している。由美子が相づちを入れたり、ときどき冗談交じりにツッコミを入れたりしたので、相川はますます調子に乗ってしゃべり続けた。

1時間半はあっという間だった。

「また来るね」

相川がそう言ったとき、由美子は急にせつない思いにかられた。後ろから彼を抱きしめ、「本当に来てね。さみしいから」という声がくぐもる。

「わかった」

相川は向き直って由美子を抱きしめた。自然と唇が合わさる。由美子は思わず本気になった。舌を絡め続け、ようやく顔を離したときは、彼女の目が潤んで光っていた。

「ゆかりさん……」

「相川さん」

もう一度、抱き合った。静かに話していただけなのに、ふたりの気持ちがぴったり一致していることを、それぞれが感じ取っていた。

好き、と由美子は言いたかった。この人を帰したくない。もっと一緒にいたい。だが客を本気で好きになるのは御法度だ。店外デートは固く禁じられている。連絡先を教えてもいけない。ここは風俗店なのだ。

由美子の目からぽろりと涙がこぼれた。

「ゆかりさん、大丈夫?」

相川もまたせつなそうな表情をしている。

「オレ、ゆかりさんのことが大好きだからね。本当に好きだから」

「私も」

由美子は自制が効かなくなった。たとえ半年とはいえ、プロとしてやってきたのに、こんなことではいけない。そう思いながらも涙を止めることができなかった。

(つづく)

 

イラスト:アイバカヨ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
亀山 早苗

亀山 早苗

1960年東京生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライターとして、女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に取り組む。『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋の決断』『妻と恋人』『渇望』『オンナを降りない女たち、オトコを降りるオトコたち』など、不倫や婚外恋愛に関する著書多数。『渇いた夜』、『愛より甘く、せつなく』などの小説作品やノンフィクション作品も手がける。

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