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恋のあとさき ~秀夫の場合【1】〜

 

 

~秀夫の場合【1】〜

人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。実話をベースにした不倫小説をお送りします。

 

 

安西秀夫は、学生時代の友人である相川慎一郎の通夜に向かっていた。彼が急死したことは彼の母親から連絡をもらった。秀夫は卒業してからも慎一郎によく会っていたし、彼の北陸の実家にも何度か遊びに行っていた。

通夜と葬儀は都内の葬儀場でおこなわれるという。生まれ育った場所より東京での生活のほうがずっと長くなっているのは秀夫も同じことだ。

「おう」

大学時代の仲間たちの顔が見えた。誰もが、どうしてここにいるのかわからないような顔をしている。

「いったい、どうしたんだよ、相川は」

「オレもわからないんだ。お母さんから連絡をもらったんだけど、とにかく会社帰りに駅のホームで倒れてそのまま亡くなった、と」

「心臓かなあ」

「そうかもな。とにかく信じられない」

慎一郎の母親の姿が見えた。焼香をしてから秀夫は、母親に「大丈夫ですか、おかあさん」と話しかける。母親は秀夫の顔を見て泣き崩れた。隣には慎一郎が残した子どもたちもいた。

 

「急性心筋梗塞か。本人がいちばん何が起こったかわからないんだろうな」

精進落としと称して、会場の近くの居酒屋に仲間が数人集まった。

「あいつ、離婚してたんだよな」

「ああ、子どもたちはいたが、奥さんはいなかったな。相川は離婚してからも、よく子どもたちには会っていたらしいよ」

「おまえがいちばん相川と会ってたよな」

うん、と秀夫はうなずく。子どもの進路の相談に乗ってほしいと、彼の上の息子と3人で食事に行ったこともある。

「つきあっている女性はいなかったのかな」

誰かが言う。

「さあ」

秀夫は言葉を濁したが、実際には少しだけ聞いていた。慎一郎が亡くなる数日前のことだった。

「風俗に勤めている人妻!?」

あのとき秀夫は面食らったのだ。久々に会った相川慎一郎から、そんな言葉を聞いたから。

「オレは本気なんだ。彼女も本気だということがわかった。大学生の息子が就職して独立したら、離婚して一緒になろうと約束している」

「いや、しかし、風俗で知り合ったんだろう」

「どこで知り合おうと、本気は本気だ」

慎一郎は怒ったような顔で言った。そして、彼女がどれくらい魅力的かを語り続けたのだ。

「まあ、おまえが本気ならオレは祝福するよ」

秀夫がそう言うと、慎一郎はやっと笑顔になった。

「よかった。おまえにだけは否定されたくなかった」

「オレがおまえを否定することはあり得ないよ」

今度は彼女と3人で食事でもしようと言って別れたのが最後だ。せめて彼女の勤めている店の名前くらい聞いておくべきだった。

「つらいな」

秀夫がそう言うと、その場にいた仲間もいっせいに目を伏せた。

 

 

彼女を尋ねて

 

翌日の葬儀のあと、秀夫は慎一郎の妹にひそかに尋ねた。彼が本気になっている女性のことを知っているかと。だが妹は何も知らなかった。

「そうですか」

肩を落としていると、慎一郎の息子の健太から声をかけられた。

「安西さん」

「おお、久しぶり。就職活動、してるか?」

「おかげさまで第1志望からさっき内定をもらいました。おとうさんに知らせたかった」

健太の目が赤い。

「実はこれ……」

健太は、小さな紙を差し出した。一見して風俗店とわかる名刺で、「ゆかり」と書いてあった。

「父はこの人とつきあっていたんじゃないかと思うんです」

「どうして……」

「亡くなる前の日、僕、父に夜遅く、駅前のバーに呼び出されたんです。ご存じのとおり、うちと父のアパートは近かったでしょ。だから駅前のバーまでは5分もあれば行けるんですけど、呼び出されたのは初めてだった。行ってみたら父はけっこう酔っていて。あんなに酔っている父を見るのも初めてだった」

「それでその名刺を渡されたのか」

「渡されたわけじゃなくて、父が酔って上着を脱いで、その上着から落ちたんです。父に返そうかと思ったんだけど、なんとなく僕が持って帰ってしまって。この人が何か知っているということはないでしょうか。父の最期を知りたいんです。父がこの人にとって単なる客かどうかも含めて」

以前からスーツのポケットに入れていたものなのだろうか。独り者だから妻に見つかる気遣いがないために入れたままになっていたのか。

「あの日、父がしみじみ言ったんですよ。『仕事もいいが恋をしろ』って。本気で人を好きになるのは大事なことだって。父と母は大恋愛というわけじゃなかったみたいで」

「そうかな」

秀夫は曖昧に言葉を濁した。その昔、慎一郎にその件で相談されたこともあったのだ。つきあっている彼女とは別の女性と遊びで寝たら、たった一度の関係で妊娠させてしまった、その女性を愛しているわけではないが責任をとって結婚するしかないと思う、と。そのときの子が、今目の前にいるのだ。本当のことを息子に告げるわけにはいかない。

「まあ、大恋愛で結婚するなんてめったにないことだよ」

「でも父にはきっと、母と結婚したことを後悔する気持ちがあったんでしょう。今までそんなことを言ったことはないのに、あの日はやけに『本気の恋をしろよ』と何度も繰り返していましたね。自分が死ぬことをどこかで悟っていたんでしょうか」

「オレはその何日か前に会ったけど、普通だったなあ」

「あ、言ってましたよ。安西さんとはいつ会っても楽しいって」

「オレのほうこそ楽しかった」

「安西さん、この女性のこと探ってみてもらえませんか」

「オレが?」

「ええ。たぶん息子の僕が嗅ぎ回るより、安西さんが真相を突きとめてくれたほうが父も喜ぶと思うので」

しっかりしたオトナになったなあ、と秀夫は健太を見つめる。わかった、この女性が誰かを突きとめて、できれば会ってみるよと彼は慎一郎の息子に約束した。

 

 

「ゆかりさん」はどこに?

 

数日後、秀夫はゆかりの名刺を握りしめて風俗店の前に立っていた。風俗にはあまり縁がないので入りづらい気持ちはあったが、自分が楽しむために行くわけではない。親友の相川慎一郎のためだ。

「こんばんは」

「いらっしゃいませ」

若いが感じのいい男性が迎えてくれた。

「お客様はご予約で……?」

「いえ、あの……実は人を探しておりまして。責任者の方はいらっしゃいますか」

「私が店長の小倉といいます」

「折り入ってご相談がありまして」

「ちょうど私が休憩に入りますので、あちらへどうぞ」

代わってやってきた若者に簡単に引き継ぎをすませると、小倉は先に立って店の奥へと進んで行った。

店長室と書いてある部屋に入り、ソファを勧められた。

「つかぬことを伺いますが、こちらにゆかりさんという女性はいらっしゃいますか」

「ゆかりさんならもう辞めました。2週間ほど前でしたか……」

「そうですか。ゆかりさんに相川という客はいませんでしたか?」

「ええと……」

店長が渋い表情になったのを見て、秀夫はあっと気づいた。

「申し訳ありません。私は相川の学生時代からの友人で安西と申します。実は相川が急死しまして」

「えっ」

「相川は離婚して独身でした。亡くなる2,3日前に実は風俗に勤めている女性を好きになった、彼女は風俗を辞めると言っている、彼女の息子が就職したら離婚して一緒になるんだと言っておりました。この名刺は、たまたま彼がスーツのポケットに入れていたものなんですが、このゆかりさんが、彼の好きになった人ではないかと思いまして」

小倉は痛々しそうに顔を歪めた。

「ゆかりさん、幸せになるねって明るくでて行ったのに……」

どうやら“ゆかり”が、相川の好きになった相手だというのは間違いなさそうだ。

(つづく)

 

イラスト:アイバカヨ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE
亀山 早苗

亀山 早苗

1960年東京生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライターとして、女性の生き方を中心に恋愛、結婚、性の問題に取り組む。『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『不倫の恋の決断』『妻と恋人』『渇望』『オンナを降りない女たち、オトコを降りるオトコたち』など、不倫や婚外恋愛に関する著書多数。『渇いた夜』、『愛より甘く、せつなく』などの小説作品やノンフィクション作品も手がける。

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