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大嘗祭は最古の食育?日本人が知っておきたい教養

 

 

天皇の代替わりの年に行われる伝統儀式「大嘗祭」。

大嘗祭で天皇陛下による儀式がつつがなく行われ、平成から令和に向けて日本の歴史が大きく動き出すのを感じられました。

儀式のあとは舞台となった大嘗宮の一般公開がなされ、古代史好きや建築好きにはたまらない光景を楽しむことが可能でした。

今回のMOCインタビューは、古代日本や阿波忌部氏の研究に邁進する林博章氏に、大嘗宮の一般公開の話を交えながら令和の大祭についてお話を伺いました。

 

 

──2019年11月14日から15日にかけて大嘗祭が行われました。

林先生は令和の大嘗祭をどのようなお気持ちでご覧になりましたか?

 

ひと言では言えないですけど厳かな儀式でしたね。

2000年の歴史を持つ日本の歴史の深さを感じました。

平成の大礼は、昭和天皇が崩御なされ、日本全体が自粛モードで喪に服す中、行われました。

今回は天皇が譲位なされ、明るい気持ちでの大嘗祭でした。

雰囲気は全く違っていましたね。

 

 

 

 

──ほとんどが秘密裡に準備が進められた大嘗祭。

当日はどのように祭が行われたのでしょう。

 

大嘗祭はもともと深夜に執り行われる儀式で、終わると朝になっています。天皇は先に廻立殿にお入りになり沐浴をし、御身を清められます。そのあと悠紀殿に入られ、お米や粟などの神饌を食されて出られると12時頃になります。もう一度お清めをし、主基殿でお米や粟などの神饌を食されて出られると朝になっています。

 

──神事では、脈々と受け継がれてきた天皇霊をおろすという儀式がされているんですよね。

 

公開されていないので内容の詳細は不明ですが、天皇の祖先である天照大御神と、天の神、地の神にお祈りを捧げます。

阿波忌部氏の麁服(あらたえ)調進のあり方から見ると、大嘗宮のなかで天皇の霊を受け継ぐ儀式をしていたのではないかと考えられます。天皇霊を受け継ぐ儀式を悠紀殿と主基殿で行うことで天皇になられます。

 

 

 

 

──儀式が行われた大嘗宮が一般公開されましたが、林先生はもちろん実際に見に行かれたんですよね。

 

はい。本を読んだり写真で見たりする大嘗宮とは大きく違いました!

大嘗祭というものは何なのか、ということが本質的に分かった感覚です。

そして建物の構造は、非常にコンパクトだと感じました。

大嘗祭の最中、悠紀殿や主基殿の隣では、歌舞が行われています。

天皇陛下が悠紀・主基殿で儀式をされているときは、歌舞が聴こえているということですよね。

夜はかがり火が灯り、厳かな雰囲気に包まれながら儀式が進められているのです。

全国からは各都道府県の特産物が供物として、悠紀殿と主基殿のすぐとなりの庭積帳殿(にわづみのちょうでん)に奉られます。

この供物は「庭積机代物(にわづみのつくえしろもの)」と呼ばれ、徳島からは、すだち、わかめ、しいたけなどがお供えされました。

平安時代の『延喜式』などの記録によると、供物(御贄)は「由加物」(ゆかもの)と呼ばれ、それを出す国は徳島、紀伊、阿波の南海道に位置する三国と決まっていました。

明治から、庭積机代物として全国から集められるようになりました。

 

 

 

 

──勉強したうえで見学に行くと、大嘗祭をよりくっきりとイメージすることができそうですね。

令和一年は阿波忌部氏がクローズアップされました。

古代日本成立の基盤を作ったとされる阿波忌部氏の一族は、日本の歴史を辿るうえではもはや欠かせない存在です。

 

阿波忌部氏が大嘗祭を考えるうえで重要な点は、阿波忌部氏の直系が古来からの慣習にのっとって、麻の反物(麻織物)を調進されてきたという歴史です。

2019年の紅白歌合戦が終わった後、NHKの『ゆく年くる年』が徳島県吉野川市山川町の「忌部神社」で放映されます。

そこで「麁服」(あらたえ)の紹介もなされると思います。

戦後、阿波忌部氏が全国の視聴者に向けてこんな風にテレビで紹介されたことは戦後ありません。

現代日本で初めて、阿波忌部氏の歴史のトビラが多くの人に向かって開かれます。

さらに、阿波忌部氏は黒潮で房総半島に上陸し麻やカヂを植え千葉県から関東を拓きましたが、その上陸した地点に祀られた神社が館山市の「布良崎神社」です。

昨年の台風で屋根は飛ばされてしまいましたが、その神社も『ゆく年来る年』で中継されます。

 

 

 

 

──阿波忌部氏が歴史の表舞台になかなか出てこなかったのはなぜでしょう。

 

大嘗祭が成立したのは、今から1300年ほど前の天武天皇の時代。

そのとき政治の主導権を握っていたのが中臣氏です。

そのあたりから忌部氏は中臣氏より階位を下げられ、役職を少しずつ剥奪されていき、彼らがずっと行ってきた仕事ができなくなってしまったのでしょう。

ところが2019年末から、阿波忌部氏が徐々に表舞台に出てきつつあります。

これはすごいことです。

そろそろ忌部の時代が来るのかな(笑)。

大正天皇の大嘗祭でも、「麁服」が調進されましたが、その生産の過程で織られた麻布が校旗にして残されています。

それが徳島県吉野川市にある徳島県立川島中学校・高等学校(旧川島高校、旧麻植中)で、その布に東郷平八郎が「至誠無息」という文字を書き残しています。

高校ではその旗を高宝として大事に保管しているそうです。

 

 

 

 

──令和2年に向けて日本の伝統はどんな風に紡がれていくと考えますか?

 

私の忌部研究所のテーマとしては「日本の原点を見つめ未来をつくる」。

大嘗祭や大嘗宮にみられる文化・精神こそが日本の原点をあらわしているのではないででしょうか。

その深い意味を見つめて、日本人は未来につながる何かをつかんでほしいと思います。

大嘗祭に関わる文化・思想のなかに、現代を生きる日本人へのメッセージが隠されていると思いますよ。

 

──メッセージとは?

 

一番大事なのは食べ物です。大嘗祭は日本を代表する「食育」だと思いませんか。

大嘗祭では、全国で選りすぐられた一番いいお米を神様(自然)に献上します。

日本国民を代表し、天皇陛下は自然の恵みに感謝を捧げ、「ありがとうございます。いただきます」と祈りながらお米を食べられます。

こういった食べることの重要性を、食べることへの感謝、自然の恵みへの感謝を今の日本人は忘れているように思います。

 

 

 

 

──選ばれているお供えを見ると、日本各地の特産品がわかりますもんね。

 

そうですね。庭積の机代物は全国の地域からの産物です。

今の日本は工業国になってしまいましたが、もともとは稲作を中心とした農業で成り立つ国でした。

『古事記』では豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)と表現されました。

大嘗祭の供物を提供することに選ばれた各地の農家さんは、育て上げたものを誇りに思い喜んでいる。

そういったことが今後の農業振興につながりますよね。

食は原点ですから、忘れないようにしなければ。

 

 

 

 

──林先生は阿波忌部氏研究所の活動として、令和二年はどんなことを進める予定ですか?

 

2019年、徳島では古代史を覆す大発見が出てきました。

水銀朱の坑道跡がみられる阿南市の「若杉山遺跡」、「加茂宮ノ前遺跡」など、これらはヤマト政権の成立の謎に直結する遺跡であり、非常に注目しています。

さらに、日本文化の源流は日本だけにあるわけではありません。

日本列島は周囲を海に囲まれています。

それ故、海流に乗せて人とともに、神話・農業・習俗・文化などが運ばれ、日本文化の底流・基盤を形成してきました。

『魏志倭人伝』や最近の神話学・文化人類学などをみると、中国南部や東南アジアなど南方系からの影響が大きかったことが分かってきています。

この南方系の文化は、縄文や弥生時代より日本に流入してきたと考えられています。

その要素を一番受け継いだのが徳島阿波だったのではないか。

そこが母体となって邪馬台国や、卑弥呼の擁立、ヤマト政権、古代日本の成立につながっていったと思うんです。

そして大嘗祭とは何なのか、というルーツにも深く関わってきます。

こういった倭国誕生の謎を紐解く本の出版をしたいと考えています。

 

 

日本の歴史において大きな節目を象徴する大嘗祭。

この大祭が無事に、つつがなく完了したことはなんとも嬉しいことです。

日本全国から集まったお供え、大祭のためにつくられた大嘗宮を知ることで、もっと日本の姿がくっきりと浮かんでくるよう。

今一度、自分たちが暮らす国について深く理解するきっかけとして、大嘗祭を振り返ってみるのがおすすめです。

 

写真:大久保嘉之 文:MOC編集部

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

林 博章

1965年(昭和40)徳島市生まれ。青山学院大学法学部卒。2005年鳴門教育大学大学院修士課程修了(地理学)。古代史研究家。市民・行政・産業界と連携し徳島や日本創生のための活動を展開。現在、忌部文化研究会会長

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