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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第33回〜

 

 

〜連載第33回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

昔読んだカミュの短編の中で、忘れられないラストシーンがある。

とある有名画家が死ぬ前に残したキャンバスの隅に、ひとつの言葉が書き込まれていた。それは判読の難しい文字で書かれており、「孤独(ソリテール)」とも「連帯(ソリテール)」のどちらなのかわからなかった、というラストだ。

短編のタイトルすら忘れていたので「カミュ 孤独 連帯」でググったところ、「ヨナ」というタイトルだと判明した。「追放と王国」という短編集に収められている作品だ。

 

タイトルも内容もほとんど覚えていないのに、何故、この「孤独とも連帯とも見分けがつかない謎の言葉」というラストだけを鮮明に憶えているのか、自分でもその理由はわからない。

読んだのは高校生か大学生の頃なので、おそらく「孤独」と「連帯」というまったく正反対に思える概念が、じつのところ見分けもつかないほど紙一重だ、と言わんばかりのオチに感銘を受けたのだと思う。

 

人間はどんな時に「孤独」を感じるのだろうか?

会いたい人もおらず、会いに来る者もいなくて、たったひとりで部屋にいる時?

それとも、大勢の仲間や友人に囲まれていながら、この中の誰ひとり自分を本当には理解していないのだと気づいた時か?

間違いなく、後者である。

本当の「孤独」とは、関係性の中から生まれるのだ。

 

30年近く前に、何かの雑誌の企画で、女性作家4、5人と「恋愛と結婚」をテーマに座談会をした。

当時、離婚して数年ほどだった私が「結婚して気づいたのは、独りでいる孤独よりも二人でいる時の孤独の方が痛い、ということだった」と述べたところ、ひとりの女性作家さんがものすごく共感してくれた。

「わかる! それ、わかるわ! いま、あなたが言ったこと、すごく大事だと思う!」

それから10年ほど経った頃だったろうか、その女性作家さんは自宅で首を吊って自殺した。

恋人が会いに来る約束をしていて、家を訪ねたらもう死んでいた、と伝え聞いた。

「どうして自殺したのかわからない。彼氏とはラブラブだったのに」と語る友人の言葉を聞きながら、私は座談会の時の彼女の真剣な眼差しと熱い口調を思い出していた。

熱愛中の彼氏と会う約束をしていながら、彼女はどんな孤独地獄の中にいたのだろう。

 

恋は我々に「相手と繋がりたい」という激しい欲求を呼び起こす。

だが、じつのところ、我々は誰とも繋がれない存在なのである。

他人のことを本当には理解できないし、他人に理解してもらえることも少ない。

それでも「ひとつになりたい」という渇望が、恋をますます激しく燃え上がらせる。

ところが、他人とひとつになるということは、己の「個」を失う恐怖をも呼び覚ますのだ。

作家にとって「個を失う」ことほど恐ろしいことはあるまい。

 

「個でありたい私と、彼とひとつになりたい私」の間で揺れ動き、「彼とひとつになることを求めれば求めるほど、自分が個ではなく孤であることに気づいてしまう」ほど聡明で繊細だった彼女は、にっちもさっちもいかない袋小路に追い込まれたのかもしれない。

「連帯」と「個」は相容れない。

ゆえに、「連帯」への希求は、我々の「個」を「孤」に変える。

他者とひとつになることなど望まなければ、「個」は「己」であり続けられるのに。

 

ひとりひとりが自己を保ちつつ、孤独にも陥らずにいられる快適な「他者との距離」を、我々は模索すべきであろう。

その距離を獲得するには、各自が「他者の尊重」を肝に銘じなければならない。

他者を自己確認の道具として使いがちな我々は、ついつい他者を自分の支配下に置こうとしてしまうからだ。

他者はあなたを映す鏡だが、あなたのために存在する鏡ではない。

他者はあなたのものではないし、あなたも誰かのものにはなれない。

SMの「主人と奴隷」のように一時的な主従関係は作れるが、それはあくまでフィクションであり、真の所有や従属ではない。

SMの人たちはそれがわかっているから、その関係をプレイとして楽しめるのだ。

 

あなたが「個」を捨てられないように、他者も「個」を捨てることができない。

自分が「個」であり続けるためには、他者の「個」を尊重しなければならないのだ。

「連帯」はとかく「個」を飲み込もうとするものなので、「個」の侵略戦争が起こりがちである。

その戦争は「結局は他者の『個』を奪うことなどできない」という意味で限りなく不毛であり、その果てには孤独と絶望しか待っていない。

あなたは、どれだけ他者の「個」を尊重できているか?

あなたが「愛」とか「絆」とか呼ぶものは、他者の「個」を侵略してはいないか?

あるいは、他者の「個」に自分を完全に預けることで、偽りの一体感を味わおうとしていないか?

 

あなたは他者と一体化なんてできないのだ。

抱き締めて飲み込んでひとつになりたい欲求は、侵略以外の何物でもない。

恋とは侵略戦争である。

だから我々はこんなに恋に傷つくのだ。

恋をするたびに満身創痍になって、恋が終わった時には抜け殻になる。

まるで帰還兵のようにトラウマを抱える人もいる。

そして、おそらく相手もボロボロになっている。

 

恋が侵略戦争なら、その戦争責任を相手に押し付けている限り、あなたは何度も同じ過ちを繰り返してますます孤独になるだろう。

我々は恋を通して「他者」というものを学ぶのである。

それは孤独や絶望を生むが、同時に、ものすごく大事な発見にも繋がる。

永遠に自分のものにならない他者を知ることで、我々は謙虚になれる。

そして、互いの「個」を侵略しない距離を測れるようになるわけだ。

 

恋をするなら、孤独を覚悟しなさい。

その孤独から、他者との距離を学びなさい。

そうすることで、我々の「個」は「孤」にならず、成熟した「己」を形作っていくのである。

(つづく)

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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