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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第54回〜

 

 

〜連載第54回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

テッド・バンディという有名なシリアルキラーがいる。

1974年から1978年の間に30人以上の女性をレイプし殺した凶悪犯だ。

 

先日、彼のインタビューを織り込んだドキュメンタリー番組を観た。

そのインタビューの中で彼が次のように言っていたのが印象深かった。

「常に心に穴が開いているような気がする。女を殺すと、その穴が一瞬埋まったような気がするんだ。だが、またすぐに穴が広がって、もうひとり殺したら埋まるんじゃないかと考え始める……」

この発言を自分とはかけ離れた殺人鬼の言葉だと感じて震え上がる人はは大勢いるだろう。

だが私は、「わかる!」と思ってしまった。

買い物依存症時代の私とそっくりだ、と。

私もまた何かの欠落を埋めようとして高価なブランド物を買い、束の間、猛烈な快感とともに欠落が埋まったような充足感を味わっていたからだ。

だが、その充足感はすぐに消え、再びあの空虚さが私を苦しめ始め、それが次の買い物への渇望へと変わっていく。

 

シリアルキラーは殺人の依存症なのである。

逮捕されたら死刑確定なのに、リスクを冒してまで殺人を繰り返すのは、彼がその衝動を我慢できないからだ。

私が買い物の衝動を抑えきれなかったように。

 

彼と私に共通している「空虚さ」は、例の「覚醒度の低さ」に違いない。

刺激も変化もなく、毎日毎日同じことの繰り返しである安穏の日常に、我々は退屈してしまうのだ。

生きているという手応えや実感がなく、常にぼんやりとした不安と焦燥の霧に包まれて、我々は手探りで人生をさまよう。

何かが足りない。

ああ、自分には何かが足りない。

だが、それが何だかわからない!

 

他の人が何故、あんなに些細なことで喜んだり幸福に満たされているのか、わからない。

今日と同じ幸せな日々がずっと安定して続くことを願う、その気持ちがわからない。

明日が今日と同じなら、生きる意味などあるのだろうか。

毎日同じことの繰り返しの中で、私はこのまま緩慢に腐っていくのではないか。

欲しい! 私が私である証明が欲しい!

私が何者で、何を為せばいいのか、その手掛かりが欲しいのだ!

 

「求めよ、さらば与えられん」とキリストは言った。

だが、何を求めればいいのかわからない人間は、神に向かって何を祈ればいいのか。

我々は、生まれながらに餓鬼道に堕ちている。

食べても食べても満腹感がない。

何かが足りない、何かとても大事なものが欠けていると、いつも自分の中で呻く声が聞こえる。

 

そんな我々が、ついに求めていた高揚感と充足感を手に入れた瞬間、悲劇は始まる。

テッド・バンディの場合はそれが「レイプ殺人」であり、私の場合は「高額な買い物による浪費」であった。

初めてそれを手に入れた時のとてつもない快感を、我々は決して忘れない。

そして、もう一度あの美酒を味わいたい、もう一度あの万能感に酔いたいと、それからはブレーキの利かない暴走列車のように破滅へと一直線に突き進む。

 

それは恐怖でもあり、解放感でもある。

手綱を手放し、もう行くところまで行ってしまえと、自分の衝動に身を委ねる。

その先に待っているのが社会的な破滅であろうと、知ったことか。

社会が我々に何を与えてくれたというのだ。

そんな社会に順応したふりをして汲々と生きていくのなんか真っ平だ。

見よ、この果てしない自由。私はようやく解放された!

 

テッド・バンディと私が破滅と引き換えにしてまで求めた「生きている実感」とは何か。

それは、「万能感」だ。

自分が無力でちっぽけな存在であることを忘れさせてくれる、あのとてつもない快感と充足感。

「選ばれし者の恍惚と不安、ふたつ我にあり」

そうだ、我々は確かに他人とは違う。

だがそれは、我々が「選ばれし者」だからだ。

 

もちろん、これは大きな勘違いである。

我々は誰にも選ばれていない。

だが、これ以上ないほどにナルシシズムが満たされた瞬間、人は束の間、「神」を体験するのだ。

そして、「神」を体験した者は、もう後戻りできなくなる。

 

テッド・バンディは「神」を体験する儀式に「レイプ殺人」を選んだ。

私は「神」を体験する儀式に「際限のない浪費」を選んだ。

彼は女を凌辱し性的に支配することで「神」の万能感を味わったが、私は金持ちのシンボルであるブランド物を凌辱し(買ったものをゴミのように扱ったのはそのためだ)世界の頂点に立つ夢を見た。

選ぶ対象が違ったのは我々の生い立ちや人生経験による違いであろうが、やったことの本質は同じである。

肥大したナルシシズムと、それに釣り合わない現実の自分との溝を埋めるため、我々は「神」の万能感を求めたのだ。

 

テッド・バンディがサイコパスだったのかどうかは知る由もないが、少なくとも私は死体写真や残虐なシリアルキラーの伝説に興奮することはあっても、実際にこの手で他者を傷つけたり殺したりしたいという願望はない。

買ったブランド物を踏みつけても服やバッグは悲鳴をあげないが、人間や動物は違う。

そこがテッド・バンディと私の違いだとしたら、私は同じ生き物の恐怖や苦痛に共感する分、サイコパスとはまた別の存在なのだろうと思う。

ただ、社会的規範を軽んじ、己の欲望や衝動のためには社会的破滅や倫理的逸脱も厭わないという点では、テッドと私は同類の「反社会的人格」だ。

 

だが、もし我々が特別な異常者ではないとしたら?

ひと皮剥けば、誰もがこのような荒々しい欲望や衝動を身のうちに抱え、肥大したナルシシズムの渇望を別の形で無自覚に発散させているとしたら?

ネットで他者を叩き貶めて陶酔している人々や、愛という名のもとに伴侶や子供を支配して悦に入っている人々は、じつのところ、我々と大差ないのではないか?

我々は誰もが、機会さえあれば「神」の万能感を手に入れようと窺っており、あの手この手でそれを正当化しているだけではないのか?

 

そもそも「社会的規範」なるものが何故、存在するのか。

それがなければ誰もが本性を現して、憎み合い殺し合い「神の座」を奪い合って互いを凌辱し合うからではないのか?

私にとってテッド・バンディは「理解しがたい怪物」などではない。

きわめて残忍でナルシスティックであるが、あれが人間の本性だ。

その本性は私の中にもあり、もちろんあなたの中にも潜んでいるのである。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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