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佐野史郎氏「生涯、俳優。生きている限り、問い続けていきたい」第2回

 

芸歴43年を迎えてなお、舞台、スクリーン、テレビなどフィールドを広げて走り続ける個性派俳優・佐野史郎さん。劇団の旗揚げに参加した“あの頃”や、多方面で活躍を続ける“今”について語ってもらいました。経験を積んだ“俳優の身体”を駆使し、表現者であり続けてきた佐野さんから見える世界とは?

 

――“俳優の身体”になるという言葉が出ましたが、それはどんな感覚でしょう。

 

どう受け止めるか、ということじゃないですかね。与えられたものをどう受け止めているかということが、言葉で説明できなくても、自覚できること。これは気持ちが悪い、とかね。わからなくてもいいんですよ。わからないことをどうしたらいいんだろうな、と。そこから探って行ったり、あるいは受け止める。そういったことを自覚できている身体かな。

僕の仕事は俳優なので、“俳優の身体”という言い方をしてしまいますが、みなさんそれぞれのお仕事によってどう自覚するかは異なっていても“身体の感覚”というところでは、きっと同じなんだと思います。

仕事の場合は要求されたものに応えなきゃいけないから、自覚的にならざるを得ないですよね。自覚的にお返しできないと仕事にならないので、それが俳優の身体ですね。

自分一人でお仕事をなさる方であっても同様だと思います。自分で要求したものに対して自分で応えるという。

求められたものに対してどう返すのかという事を自覚している身体。舞台や撮影現場での演出にどう応えるかということに限らず、天気にしても世の中の流れにしても、事件にしてもね。食べものにしても、周囲の状況にどう対応しているのかを自覚すること。

“俳優の身体”が仕上がったと思った瞬間? う~ん、仕上がったとは思ってないなぁ。

俳優の仕事をしていないとき、たとえばものを書いているとき、写真を撮っているとき、音楽を演奏しているときなどがありますが、良くも悪くも僕は“俳優の身体”として捉えているような気がします。それゆえの欠点もありますけどね。

それはすべてに自覚的であろうとするあまり、なんとか要求されることを成立させようとしてしまって、不純物が入りこんでしまうという欠点。

純粋な表現者だったら、気持ち悪いものはできるかできないか、やるかやらないかのどちらかです。それはやっぱり純度が高いですよね。自分の身体に嘘のない表現ができる。写真の話でいうと、見たものを考えずにわーっと撮って、「これがいいんだ。気持ちいいからいいんだ」と言える。そう言える人はいいけど。

そうじゃないなら不純物をいっぱい入れて、なんとかつなぎ合わせる……。ただ、僕はまたその作業が嫌いじゃないんだよね(笑)。

僕は完全に純粋なものにすごい憧れるし、そういったものにものすごいコンプレックスがあるんだけど、その一方でインチキみたいなものが大好き。それは自覚的だから。インチキだなぁ~、嘘くさいなぁ~というものが大好きなんですよね。ははは!

(純粋とインチキを)行ったり来たり。ずっと何十年も取材を受けてきて「で、どっちなんですか?」と訊かれることも多かったけど、それは両方なんですよね。両方と言っても、純粋と不純の滲んだ間というわけでもないんです。両方を丸ごと重ねちゃった感じ。そういった感覚は唐さんの舞台を初めて見たときにもあったし、ジミヘンにもあったし。エンケンさんやはっぴいえんどにもあった。振り返れば、そういうものが好きなんだな、と。

ものすごい純度の高い表現に見える、敬愛する小津安二郎監督の映画が純度の高さだけでできているかというと実はそうでもなくて。

芸術作品として崇められているのに、おもちゃのような作り物っぽいところがある。そこがまたいいんですよ。

 

 

――表現における“インチキ”の魅力。それを小津安二郎監督にも感じるというのは、驚きです。

 

小津さんは、全部わざとやってる(笑)。具体的な台詞の言い方にしても、ナチュラリズムはひとつもないですよね。リアルには感じるとしても。わざとやっている“作り物感”がある。見直すとすごく自然な演技なんだけどね。俳優さんは監督の指示にがんじがらめにされているかもしれないのに、とても自然に芝居をしているように見える。なのにそれをつなぎ合わせると、リアリズムは感じられない。そこがいい。なんとか自然に見せようとしていないところがいい。あんなに文芸的で芸術性が高いけど、ナチュラルじゃないですよね。

僕は特に映画を始めた頃の若いときに小津さんの影響を強く受けました。その時々によって好きな作品は違うけど、最近は『麦秋』(1951年公開)かな。3世代の家族の話です。おじいちゃんおばあちゃん、親の世代、子どもの世代。それぞれがバラバラになっていく感じがいいですよね。

最初(に好きだったの)は『戸田家の兄弟』(1941年公開)。『東京物語』(1953年公開)の原点になる作品です。大家族の話で、年取ったお母さんを誰も面倒見ないっつって怒っちゃうお兄ちゃんがいる。それぞれの家庭の事情があるけど、自分の都合を優先させるのは勝手じゃないかと怒るんだけど、これがなかなかね、お前が一番勝手じゃないかっていうところもあって。ははは。

小津さんの作品はどれも好きですけど、やっぱり30代と今とでは感じ方が違うかもしれないですよね。

 

――最近観た映画で「これはいい!」と思った作品は?

 

あんまり観れていなくてね~。新作だと何を見に行ったかな……。ぱっとでてこないよね。あ、『キングスマン:ゴールデン・サークル』観たか。ショーン・コネリー時代の007シリーズをオマージュした。何にも考えないで楽しめるアトラクション・ムービー。それはそれでいいですよね。

DVDだと『激しい季節』(1959年製作、1960年日本公開、ヴァレリオ・ズルリーニ監督)というイタリア映画かな。ジャン=ルイ・トランティニャンが大学生役を演じてる、青春ラブストーリー。若者たちが楽しくやっているんだけど、時代は戦争中で、徴兵に集められる恐怖をみんなどこか感じている。そこから逃れようとしている若者たち。だけどいつ戦争に行かされるかわからない。そんな中で青春を謳歌しているわけですよ、彼らは。そこに夫を戦争で亡くした未亡人がいる。若者役のジャン=ルイ・トランティニャンが恋に落ちる。世の中的には「なんというふしだらな!」みたいなね。それは激しい恋でね。メロドラマの大娯楽映画。いや~、よかったな~! な~んかみんな真っ直ぐで、イタリア語の響きがよくて、音楽もよくてねぇ。いや~、よかった……。

 

――音楽に親しまれている佐野さんですが、耳から入ってくる音や言語感覚の影響を、演技をするうえでも感じますか?

 

音ですよね、やっぱりね。出したい音が出るときは自由になれるし、そうじゃないときは無理をしちゃう。難しいね(笑)。

小泉八雲の朗読劇をもう十年以上続けています。一昨日もやったばっかりですが。自分でシナリオを書いてね。小泉八雲は松江ゆかりの人なので、はじめは松江市からの依頼を受けて。「やるんだったら徹底的にやってやろう」と思って、シナリオも怪談や紀行文、哲学的論考などを織り交ぜて自分で構成して、高校の同級生で天才ギタリストの山本恭司を誘って、2人で。エレキギターとマイクを使っての朗読ライブなんだけど、やっていることは浄瑠璃とか義太夫、三味線や琵琶との語りという日本の伝統的な芸能のスタイルだなといつもやりながら思っています。

小泉八雲のことはもちろん好きなんだけど、「これが好きでやってます!」ということではないんだよね。好きなんだけど、(小泉八雲の)何が好きなんだろうということを見つけていく感じ。

僕一人だったらもっとマニアックな内容になってしまうかもしれないけど、山本恭司の音楽のエンターテイメント性にも助けられ、お客さんに喜んでもらうためにはどうしたらいいか、ということを常に念頭に置いています。自分の好きなことだけではないですね。じゃあ、自分の好きなことはなんだろうっていうことにもなってくるんですが(笑)。

 

 

――佐野さんというと多趣味な方というイメージがありますが、今回インタビューを受けていただくにあたって調べてみたら、こんな本を発見しました。佐野さんは石が好きという一面をお持ちのようで……(『知楽遊学シリーズ NHK 極める! 石井正則の珈琲学、佐野史郎のなぞの石学』2010年発行,日本放送出版協会)

 

それは(笑)! 特別石が好きなわけじゃない。いや、好きだけど。プロデューサーさんやディレクターさんの要求されるがままにお応えしただけで。

 

――えぇー!松江ゆかりの勾玉について熱く語っていらっしゃいますよ、佐野さん!

 

ま~が~た~ま~!たしかに子供のときに瑪瑙を集めたり、鉱物の標本や図鑑を眺めたりしてましたから好きでしたよ、好きでしたけど(笑)! 最近も孔雀石購入したりしましたけど。ちょっと好きでも、メディアにいったん乗ると専門家みたいに好きだって言うから……。だから石の専門家というわけじゃないですよ。

「それのどこが好きなんですか?」と聞かれると、番組から求められることに対して応えようとしちゃうんですよ。俳優の身体で自覚的にお返ししようと思う。ちょっと好きの、“ちょっと”が表現する上でたいへん重要なことだから。そこに発見があるし、「あぁ、俺はこういうことが好きだったのか」と発見することがある。そこから連鎖していく。興味が膨らんでいったりしますね。実際、この番組では古墳の墓から出てきた弧帯紋のある御神体の石とか、大いに勉強させていただきました。

 

 

――そういったたくさんの“ちょっと”好きを記憶していらっしゃるのがすごいですね。

 

あぁ! 記憶だね。僕には自分でも特徴的だなと思う癖があるんです。それは、記憶を反芻すること。子供の頃からね。0歳の記憶があるって言っても、信じないでしょ?

こう言うと、「嘘だ~」といわれるから主張はしない。もしかしたら嘘かもしれないよね。だけど自分の中では記憶がある。2、3歳の頃からずっと、生まれたときの記憶を反芻してきていた。デタラメかもしれないけどね。僕はデタラメだと思っていないけど(笑)。

0歳の記憶はこれ。視覚の記憶じゃない。小さな僕がお湯に入ってるんだ。金だらいの音とお湯の感じを覚えてる。目はまだ見えていないのかもしれないね。

次の記憶はメリーゴーラウンドが(天井に)回っているところ。それが好きだった~。そのメリーゴーラウンドが外されちゃったあとも、あれがあったな、ということを(幼心に)考え続けていた。

お湯に入るのもメリーゴーラウンドも好きだったんでしょうね。メリーゴーラウンドの記憶のとき、僕はまだ歩けてもいない赤ちゃんだったと思うんだ。天井からメリーゴーラウンドが外されたときはショックで……だから覚えてる。

あと、初めてつかまり立ちしたときの記憶。テーブルの角につかまって立ちあがったんだけど、両親が喜んでいたのを覚えてる。

 

 

――立ったぞ!という自分の達成感よりも、ご両親が喜んでくれたことを?

 

いや、喜んでくれたっていうよりね。笑われることの痛みというかね。両親に笑われて、「えっ!なに!?」って感じ。嫌だったんですよね、笑われるのが。悪いことじゃないとは感じていたんだろうけど。突き放されてる感じもするしね。執念深いから忘れないで覚えておくんですよ。ははは!

あと、夢もよく覚えてる。3歳くらいの頃、おねしょしたときに見た夢。布団に寝たまま、魔法のじゅうたんみたいに空を飛んでいるんですよ、僕が。そうして飛んでいく。今もあるのかな~。桜台の駅(東京都練馬区)に、「桜湯」という銭湯があってね。(店先に)ピラミッドみたいに石炭が積まれていたんです。その上に魔法の絨毯みたいに布団に乗って飛んでいる僕が不時着するわけ。で、目が覚めたらおねしょしてた。それでまた笑われたし。そのときの夢をいまでもずっと思い出す。反芻し続けているんですよね。

 

――そんなに記憶力がいいと、好きな作品や好きなものが増えれば増えるほど、膨大な記憶が結びついていきそうです。そこから新たな発想に繋がることも?

 

それは日々そうじゃないですか。俳優の仕事でいえば、与えられたシーンや台詞を撮影するとき、ステージに立つとき、どこで台詞を言い出すか、どんな音量で、どんな身体の状態で……というのを瞬間瞬間で選び取っていく。そのためには、そういう背景を総動員しているんじゃないですかね。身体はきっとどこかで。それはきっとみなさんそうなんだと思いますよ。

ただその背景みたいなことがないと、物事を成立させるのに不純物をいっぱい導入して不純物だらけになっちゃう。思ってもいないことばっかりで。それだとなかなか説得力がないですよね。ほとんどが好きじゃないもので出来てしまう。

 

――2018年は2年連続となる大河ドラマに出演する佐野さん。実在の人物を演じることへの意識や、大河ドラマならではのエピソードをお聞きします。

 

実在の人物を演じることは多いですね。ただ、その人にはなれるわけはないし、(僕と演じる実際の対象は)違う身体なので、なぞらえてみるということですね。

それは自分ひとりでは出来ることじゃなくて、ロケ先やセットや共演者、演出家、プロデューサー、作家の皆さんのまなざしや世界観を、それこそ“俳優の身体”でどう受け止めるかです。与えられた情報なり、空気なり、気配なりを取り込んで、自分の身体になぞらえて、現場にお返しする。かつて実在していた歴史上の人物や空気や気配を「こんな感じだったのかな」と想像して“そこにいる”しかないですから。それが俳優の仕事だと思うんですけどね。

 

――今回の大河ドラマ『西郷どん』はキャスティングが面白いですよね。1990年の大河ドラマ『翔ぶが如く』の出演者が要所に配置されています。

 

それはもうおそらく意識的ですよね。どこかに『翔ぶが如く』からの世代交代があって、キャストやスタッフはもちろんですが、かつての大河ドラマに対して『西郷どん』でどう返答するかという気概やオマージュもあるでしょう。

『翔ぶが如く』は面白かったですから、NHKの伝統的な大河ドラマで今期自分たちで作るのであればこういうふうにつくるんだ!という気概と愛情とでサービスもあるんでしょうね。

西郷を演じていた西田さんがナレーターになって、大久保利通演じる鹿賀丈史さんが島津斉興になって、有村俊斎が井伊直弼かよ!とね。『翔ぶが如く』のとき、有村俊斎はかなりの跳ねっ返りでしたけど、今回の井伊直弼はどんなになるのかな?

変われば変わるもんだねぇ、という遊び心が(制作陣には)ちょっとはあるんじゃないでしょうか。ちょっとというより、かなりか(笑)。

 

 

――井伊直弼は佐野さんと同じく多趣味な人物だったそうですが、親近感を覚えますか?

 

そうですね。(井伊直弼が藩主を務めた)彦根の話を始めると何時間もたっちゃうよ。彦根にはご縁があってね~。

 

――映画『偉大なる、しゅららぼん』(2014年公開、水落豊監督)に出演されていましたが、彦根が撮影地でしたね。

 

そうそう、あのときは全身赤装束(佐野さんは特殊な力を持つ一族の当主役として出演。真紅の衣装を身にまとった)。あのときすでに“(井伊の)赤鬼”の格好をしていた(笑)。何かに呼ばれているんですね。不思議ですよ~。

小泉八雲の朗読でも昨年彦根にお招きいただきました。そのときは近江ゆかりの『果心居士の話』もしました。京都、琵琶湖、近江の国を中心とした怪談ファンタジーを上演したのはなんと、清凉寺(滋賀県彦根市)。井伊家の菩提寺で公演したんですよ。その時は『西郷どん』の話もまだ出ていなかった。

それからしばらくして、今度の大河ドラマで幕末、西郷の話をするらしいと聞いて、「へぇ~」なんて他人事だったのに。その一週間後くらいに、井伊直弼役のオファーがあった。近江の皆さんとも仲良くなったし、井伊直弼を演じるなら一度お墓参りに行って、ゆかりの地詣でをして、撮影に備えるかなみたいな。

舞台の関西ツアーで空いている日に彦根詣でのスケジュールを組んでもらったんですが、なんとその日は井伊直弼の誕生日だった。

安政の大獄は旧暦ではあるけれど3月3日でしょ。彦根で小泉八雲の朗読をしたのが3月4日。この日は僕の誕生日。たまたまだったけどね。そして、大河ドラマで井伊直弼の初登場の回が3月4日なんですよ。もう怖いでしょ?

今回、僕が演じる井伊直弼役は薩長史観から行くと大悪役にならざるを得ないですけどね。僕は敗者からの眼差しや、勝者に葬り去られた歴史が気になって仕方がない。国譲り神話の残る出雲だからですかね?古事記、日本書紀、出雲国風土記、明治新政府が示した教科書の日本神話との差異が気になって仕方がない。本当は何が起きていたのか?

そこを立ち上がらせることができるのがドラマ、表現、フィクションの面白さじゃないですかね。実際に今回の大河ドラマのシナリオのなかでは歴史上なかったであろうことが描かれていたりするけど、それはそれで本質を捉える手段として良いかもしれない。その“思い”は間違っていないので、会うことのなかったかもしれない二人が会えば、(井伊直弼は)そういうふうに話したんだろうというシーンも成立すると思うんです。そこが面白い。

そうやって歴史の事実を再考証しつつ、勝者の言うところの正義のもとに全てを淘汰するというのではないものの見方、勧善懲悪ではないものの見方が今、求められているんじゃないかなと思います。

 

 

――歴史に対する造詣が深いですね。時代を超えて人物を表現する佐野さんならではでしょうか。

 

『私が愛したウルトラセブン』(1993年放送,NHK)で、チーフライターの金城哲夫の役をいただいたときは、最初なんで琉球人の役を出雲人の俺がやるんだろうという戸惑いもありました。当時は(僕が出演していた)ドラマがヒットしていたのでその流れでキャスティングされたんだろう……くらいに思っていて。

ドラマでは香川照之さんが新人ライターの市川森一さん役を演じてらっしゃいましたが、実際にウルトラマンシリーズのライターでいらした市川森一さんの脚本だったので、市川さんのなかにも想うところがあったかもしれませんね。ウルトラシリーズを演出していた実相寺昭雄監督作品にも出演させていただいていましたし。

金城哲夫を演じているうちに、琉球と出雲の歴史的背景に気がついた。「あぁ。そうか」と。ウチナンチュとヤマトンチュの関係、出雲と大和朝廷の関係は、日本列島本土、大和朝廷に飲み込まれたというところで非常に似ているなと。まぁ、東北をはじめ日本中がそうなのかもしれませんが。それが現在にまで至っている。芸能に携わる出雲人としては古事記くらい読んでおかないとマズいんじゃないかと思って読み返すうちに、古事記の内容とウルトラマンとが重なるわけです。大昔じゃなく感じられてくるんですよ。

昨年、大河ドラマで演じた太原雪斎(2017年大河ドラマ『おんな城主直虎』で、佐野さんは戦国時代の武将であり政治家でもある太原雪斎を演じた)は戦国時代の人物で、井伊家に寄り添った役どころでした。そして今年は井伊直弼役。井伊直政とは戦国から幕末と、ずいぶん時代が離れていますし、菅田君と僕とではルックスも違いますけども(笑)、彦根、近江の国に導かれているような感覚を覚えます。(俳優・菅田将輝は『おんな城主直虎』で、井伊直政を演じた。井伊家では直政と直弼が“井伊の赤鬼”のあだ名で呼ばれていた)

芸能の面白さをこういうところに感じてしまう。井伊直弼のなかに、どこか金城哲夫がいて、スサノオがいる。多重露光みたいなことですかね。重ね合せた時代や人物から共通因子が浮かび上がってくる。それを発見するのが僕にとっての“俳優の身体”ということなのかもしれません。

「周囲で起こっていることを、状態を、敏感に感じ取らなければならない」と、信頼できる演出家や監督からはずっと言われてきましたし、とにかく自分が何かをやろうとするのではなく、周りがどうなっているかを全部感じて受け止めること。

あまりにも受け止めると翻弄されちゃって壊れちゃうんですけどね。演じていてあれこれ気にしすぎてよく壊れちゃう。それでもなんとか続けられているのは、僕がガサツな人間だからかな(笑)。多少壊れても気にしない。知ったこっちゃないという、ヒドイ男でもあるので、僕は。

 

連綿と流れる歴史をなぞり、真摯に受け止めながら、それでもどこか軽やかさを身にまとう佐野さん。その鋭いまなざしは、現代社会にも注がれています。

 

 

 

 

 

佐野史郎氏「生涯、俳優。生きている限り、問い続けていきたい」第1回

佐野史郎氏「生涯、俳優。生きている限り、問い続けていきたい」第3回

 

 

写真:田形千紘 文:鈴木舞

 

 

編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を生きる、
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PROFILE

佐野 史郎

1975年に劇団シェイクスピアシアターの創立メンバーとして初舞台を踏む。1986年映画「夢みるように眠りたい」で映画初主演。ドラマでは1992年TBS「ずっとあなたが好きだった」での冬彦役の演技が話題に。その後も、TBS「誰にも言えない」やフジテレビ「沙粧妙子・最後の事件」のほか、2016年日本テレビ「ヒガンバナ」などのドラマに出演している。また、映画「ゴジラ2000ミレニアム」に宮坂博士役で出演。NHK「音で怪獣を描いた男 ~ゴジラVS伊福部昭~」などのドキュメンタリーにも出演している。第30回ゴールデンアロー話題賞、第30回ギャラクシー賞を受賞。

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