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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第16回〜

 

 

〜連載第16回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

勝手にステロイドの服用をやめてから、しばらくは何も起こらなかった。

急激にやめたら急激なリバウンドがあるものと覚悟していたが、私の日常に特に変わった様子はなかった。

 

なんだ。もう薬なんか必要なかったんじゃないか。

必要もない薬を飲まされ続けて、私は無意味な副作用に悩んでいたのか。

そう考えたら何だか心が軽くなり、私はダイエットに真剣に打ち込むことにした。

夫は私が肥満に苦しんでいたのをよく知っていたので、積極的にカロリー制限に協力してくれた。

毎日体重を計り、メモを取って、私は順調に体重を減らしていった。

ステロイドをやめたら顔も細くなり始め、ダイエットのおかげで見た目も元に戻ってきて、私は本当に幸せだった。

肥ったせいで着られなくなっていた服がまた入るようになって、私は少し自分を許せるようになってきた。

 

あの病気以来、久々に味わう自己肯定感だった。

身体の自由も仕事も何もかも失い、容姿も崩れ、醜くて役立たずの自分を呪うばかりの日々から解放された気がしたのだ。

相変わらず杖なしでは歩けないが、家の近所になら何とかひとりで行けるようにもなった。

順調だ! このまま回復すれば、ひとりでタクシーに乗ってどこにでも行けるようになるかもしれない!

私は有頂天になっていた。

 

だが、目に見えない異変が、影のように私の背後に迫っていたのだ。

それは、本当に不可解な形で現れ始めた。

 

当時、私の住んでいた家の中には階段があった。

私はもっぱら上の階で暮らしていて、その階段の下は物置となっていた。

なのでその階段を降りることはなかったが、玄関に行くために階段の前を通り過ぎることはしょっちゅうだった。

その階段が、突然、怖くなったのだ。

 

階段の上に立つと、自分が頭から真っ逆さまに落ちるような気がして、足が竦んでしまう。

そう、歩行練習を始めた頃によく襲われた、例のネガティヴな未来予想のイメージだ。

とっくに克服していたつもりのそれが今さらのように蘇り、階段を通り過ぎるたびに身体が緊張して足が動かなくなるのだ。

 

おかしい! こんなはずはない! 私はもうあの時とは違う。家の中でなら杖なしで歩き回れるほど回復したというのに、どうして階段が怖いんだ?

 

何故、唐突にそんな恐怖に取り憑かれたのか、自分でもわけがわからなかった。

だが、足は勝手に竦んでしまい、膝がガクガクと震え、そのうちに私はひとりで玄関まで行けなくなってしまったのだ。

外出する時は、夫にしがみつくようにして階段の前を通り過ぎる。

「大丈夫よ。落ちたりしないわよ。どうして怖いの?」と訊かれても説明なんかできない。

ただただ、むやみに怖いのだ。

階段の下の暗闇に足を引っ張られ、吸い込まれていくような気がする。

 

やがて、階段の前を歩こうとするたびに足が攣るようになった。

階段だけではない、洗面所に続く段差も怖くなり、足が不自然な形に引き攣って歩けなくなってきた。

せっかくひとりでトイレに行けるようになっていたのに、また夫に連れていってもらう羽目になったわけだ。

 

何かがおかしいと感じ始めたが、病気の再発とは捉えなかった。

あくまで「恐怖」の問題、つまり精神的な問題だと考えていたのだ。

精神的な問題なら、克服できるはずである。

いや、克服してみせる!

心療内科に行って事情を説明し、精神安定剤を処方してもらったりもした。

ネットで「恐怖症」を調べて、克服法を学ぼうともした。

だが、何ひとつ役に立たなかった。

 

今にして思えば、あの謎の恐怖が既に病気再発のサインだったのだ。

私の病名はいまだに確定していないが、主治医によると「スティッフパーソン症候群」という病気にかなり近いらしい。

そして「スティッフパーソン症候群」の症状には、全身の突っ張りや強張りの他に、謂れのない恐怖というのがあるようなのだ。

そういえば最初の入院の頃、夫に車椅子を押してもらって外出していても、ちょっとした事が怖くてすぐにパニックになりかけていた。

その当時も階段が怖くて、下り階段のそばを通る時には目を逸らしていたものだ。

 

「スティッフパーソン症候群」は脳神経の病だが、その原因や仕組みの詳細は解明されていない。

だが、手足が突っ張ったり激痛が走ったりという身体的症状と一緒に、奇妙な恐怖症的症状も出現するところが非常に興味深い。

身体と心が連動しているのは言うまでもないことだが、この意味不明の「恐怖」はどこから来るのだろう?

 

「恐怖症」について調べてみると、幼少期のトラウマが原因として挙げられていたりするが、私の幼少期に、階段に対してトラウマを抱えるほどの事件があった覚えはない。

そりゃ小学校の階段を踏み外して転落したりしたことくらいはあるけど、それで大怪我をしたわけでもないし、それより痛い目には何度も遭ってる(車にはねられたりとか)。

何より、この「階段恐怖症」は例の病気に伴って発現したものであり、それまでの私の半生にはその片鱗すらなかった。

したがって、これはいわゆる「恐怖症」ではない。

「恐怖症」は過去の体験によって学習された恐怖が原因だが、私のこの症状は体験ではなく、脳が勝手に作り上げたフィクション(階段から真っ逆さまに転げ落ちて大惨事、という架空の物語)であり、いわばヴァーチャルな恐怖なのである。

そのヴァーチャルな恐怖が、四肢の強張りという身体症状を作り出す。

 

階段が怖くなり始めてから数週間後には、私はもはや家の中も外も歩くことができなくなり、再び車椅子生活になってしまった。

それどころか、全身の力が抜けて、ベッドから自力で起き上がることすら困難な状態となった。

ベッドの足元に長い紐を縛りつけ、目が醒めるとその紐を手繰って上体を持ち上げる。それから夫に手伝ってもらって車椅子に移り、パソコンの前まで運んでもらって原稿を書く……そんな毎日だ。

 

そして、ある日のこと。

私の身体は車椅子に座ったまま激しく引き攣ってのけぞり、ついに呼吸すらできなくなって、夫が慌てて救急車を呼ぶという事態に至ったのであった。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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