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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第38回〜

 

 

〜連載第38回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

記憶とともに家族への信頼や情愛を失ってしまった母に残されたのは、「所有」への強い執着だった。

ということは、だ。

もしかすると我々のアイデンティティは「所有」という概念の上に築かれているのかもしれない。

そしておそらく、そのもっとも根源にある概念は「私」の所有だ。

私は私のものである……という、この確かな感覚。

これこそが「アイデンティティ」の基盤ではないか。

 

「我思う、ゆえに我あり」と言ったのはデカルトだが、「私」の存在を証明するのは「私は私である」という確固たる思い込みである。

「私は私であり、私以外の何者でもない」という自己所有の感覚。

これがあるから我々は自己と他者を区別し、「私」という主語で語れるのだ。

そうして、この自己所有の感覚は、「私の身体は私のものだ」「私の心は私のものだ」「私の家族は私のものだ」「私の財産は私のものだ」……と、どんどん「所有」の領域を広げていく。

 

その範囲が広がれば広がるほど、人は安心する。

アイデンティティの基盤がゆるぎなきものになっていく気がするからだ。

他者への「支配欲」や「独占欲」もここから生じる。

他者を所有することで、我々の「自己」はますます拡張し、大いなる力を得た気分になるのである。

だから人は、自分を安心させるために他者を所有したがる。

「所有」は「私」の領地拡大なのだ。

 

では、この「所有」を失った人はどうなるか。

以前、私は統合失調症患者の幻聴に興味を持ち、精神科医に尋ねてみた。

「統合失調症の人たちの幻聴って、どこから来るの?」

「本人の脳内からですよ」

「自分の脳内の声なのに、なんで彼らは外からの声だと思うの? 彼らには外から聞こえてるわけでしょ? でも普通、心の中の声は外からの音声として聞こえないよね?」

「ああ、それはね、自己モニタリング機能が壊れているからですよ」

「自己モニタリング???」

「自分の考えは自分のものであり、他人の声は自分の声ではないと、普通は認識できるんですよ。それを『自己モニタリング機能』って呼ぶんですけどね、統合失調症の場合は『自分』と『外部』の区別が曖昧になって、自分の考えが他人の声として聞こえた気がしたり、他人の思念が自分の中に入ってくるという妄想も生じるんですよ」

「あ!いわゆるデンパってやつね?」

「そうそう。自分が脳の中で考えてるのに、それが外から侵入してきた考えだと感じてしまう。その感覚を『電波が来た』と表現するわけです」

 

自分の考えを他人のものだと感じてしまう……それは、「私は私である」という確信を大きく揺るがすものだ。

「自己モニタリング機能」とは、すなわち「自己所有」の感覚であり、我々にとってもっとも重要なアイデンティティの基盤である。

それが常に他者から脅かされていると感じる統合失調症患者は、さぞかし恐ろしい思いをしていることだろう。

自分が侵食されていく感覚、自分が自分でなくなっていく不安。

それは、人間にとってもっとも深刻な危機である。

 

私は昔から、統合失調症や覚醒剤常用者が判で押したように揃いも揃って「被害妄想」に捕らわれるのか、不思議に思っていた。

誰かに監視されている、誰かに狙われている、誰かが自分の物を奪おうとしている、誰かが自分を乗っ取ろうとしている、誰かが、誰かが、誰かが……!

誰が?

そんな「誰か」は存在しない。

それは「自分」なのだ。

「私」から分離した自分の幻影なのだ。

「自己モニタリング機能」の壊れた人間は、自分の影に怯えて暮らすのである。

 

私を形成しているのが「自己所有」概念であり、私を増強していくのが資産だの他者だといった「外部」の所有であるとしたら、被害妄想の行きつくところは「私が奪われる」という恐怖であろう。

私が私のものでなくなっていく。

私が外部に侵食され、私が他者になっていく。

まるでSFやホラーのようだが、そもそもSFやホラーというものは、人間の普遍的かつ根源的な不安や恐怖を物語化しているものである。

 

我々の中には、常にこの「物語」が潜んでいるのだ。

普段はそんな物語はそれこそSFやホラーといった非現実的なフィクションとして処理されているが、ひとたび理性を失うと、人はこの物語に回帰する。

その「理性」を失わせるのが、「統合失調症」であり「ドラッグ」であり「認知症」なのだ。

 

母は記憶を失うにつれ、他者を失っていった。

今は必死で「私」にしがみついているが(だからこそ、「私」の延長物である財産や家族の所有に執着するのだ)、そのうちに「私」を失う日が来るだろう。

「私」を失ってしまったら、彼女はもう所有に執着しなくなるに違いない。

そもそも所有する「私」がいないのだから。

それは母にとって救済なのか?

 

仏教は「我を捨てよ」と教える。

夏目漱石は死の直前に「則天去私(天に則って私を去る)」を志した。

「私の喪失」は、ある人々にとっては間違いなく救いであるらしい。

 

確かに「私」が消えれば、我欲も執着もなくなって、平和な極楽の境地が得られるだろう。

だが、そこに行き着くまでに、母のように「私」に必死でしがみつき、「私」の延長である金やら家族やらを盗られまいとなりふり構わず執着する我執の地獄を通らねばならないのだ。

それはもう、いくら食べても満腹にならない餓鬼地獄にも似て、果てしない我執の鬼と化す地獄だ。

 

母は今、鬼になっている。

だが、そんな母も、いつか極楽に行けるのだ。

極楽に着いた母は、もはや自分が誰かも忘れているだろう。

それは周囲にとっては痛々しい状態かもしれないし、もはや人間ではないと感じて悲しい気持ちになるかもしれないが、本人にとって極楽ならばそれでいいではないか。

 

我々はいつか何もかも失くす。

築いてきた地位も財産も、家族も友人も、記憶もアイデンティティも、すべて失って「誰でもない者」になってしまう。

そして、その果てに、「完全なる無」と化す「死」が待っている。

 

人として生き、鬼となり、最後に何者でもなくなって、大いなる「無」に吸収されていく。

それが我々の一生なのだ。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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